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天才が存在することの証明

 

「才能がなくてもいいんだ。努力さえしていれば、いつかきっと報われる日が来る」


 幼いころ、当時の教師がそんなことを言っていたのを覚えている。安っぽい、誰でも考えつくような、何の価値もない励まし。

 別にその言葉に感銘を受けたとか、頑張ろうと思えたとか、そんなことは全くなかった。ただ、なぜか今まで覚えていた。


 人は生まれながらにして平等で才能の格差なんて存在しない、なんてのは幻想にすぎないと知っている。生まれながらの才能は存在するし、同じ努力量であっても習熟が早い人と遅い人が存在する。仕事ができる人とできない人がいて、暗記が早い人と遅い人がいて、ひらめきがある人とない人がいる。そして往々にしてその比率は劣っている人の方が多い。

 

 ただ、才能が絶対的なものであるとは思っていなかった。例えば、知っているものと知らないものの格差は大きい。いくら才能があってもその壁を超えるのは難しい。ある特定の分野の成績において大きく作用するのは、ふつう努力などの要因だ。才能の下積みは、努力によって容易に覆される。


 だから頑張った。才能に勝てる唯一の武器である知識を身に着け、世間で天才と称されていた者たちと戦った。効率的な努力はどうしようもなく実在する生まれながらのハンデを覆し、才能は超えられない壁ではないことを証明した。考えうる限りのすべてを自らの研鑽に努め、結果生活は犠牲となってしまったが大した問題ではなかった。


 ただ、才能を超えようと思ったきっかけである「彼女」だけはいつまでたっても超えることができなかった。他に類を見ない才能を身に着け、かつその頭脳が故に才能の活用法も努力の方法も考えだすことのできた幼馴染には。

 そして――


 ■


 Ichika Amatsu (Doctor) G、expulsion


 一番上で大きく書かれた“The final grade”の文字の、その少し下に目を移し、もう一度だけ自らの評価を確認する。

 評価は9段階あるうちの最低、その横には退学処分を示す英単語。

 

 周囲の視線が集まるのを肌で感じる。知った顔も中にはいるが、誰も話しかけては来なかった。これまでの苦労を彼らは知っていて、そしてこの学校における退学処分がどれほど重いものなのかを知っているからである。


 科学分野における最高学府と呼ばれている学校に入学し、幼馴染の天才に追いつくために凡人の身ながら努力した。特に今回の最終課題は持てる全霊を駆使して一位を目指しに行った。彼女に勝つために。


「で、その結果がこれか……」


 自らの半生の努力が否定されたのにもかかわらず、心は不思議なほどに穏やかだった。むしろ呪縛から解き放たれたようなすがすがしさすら感じていた。

 血反吐を吐いて健康を削りながら努力して、それでもいつも超えることはできなかったから、もうとっくに諦めてしまっていたのかもしれない。負けて、泣いて、悔しがって、恨んで、決起したあの頃の自分はもういない。もう、彼女に勝とうとすることすらできないだろう。

 

 天才はいた。自分には才能がなかった。そして、努力で埋められない才能も存在した。それを理解するのに、退学処分はいいきっかけだった。


 結果表の周りに彼女の姿はなかった。いつもそうだ。きっと他人からの評価なんて気にはしていないんだろう。そのくせ結果を見に行った俺の顔を見て「またボクの勝ちだね」と嬉しそうに言ってくる。


「……あいつには会わずに、帰るか」


 最終結果が張り出された翌日。

 研究所の正式な通達を待つことなく寮を去りった。朝起きてから敷地を出るまでに、誰とも出会うことはなかった。


 努力が報われなかったその日、雨の中慟哭することも理不尽に絶望することもなかった。

 ただ、自分の中でわずかに残っていた何かが燃え尽きたのを感じた。



 ■



 神が嫌いだ。

 こんな不平等で愚かな世界を作った、神が嫌いだ。

 仮にもしそんな絶対者が存在しないんだとしたら、それでも平等で努力が必ず報われるような世界を創ってくれなかった、神が嫌いだ。


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