六話 教会へ
私、スティカ・シンフォードは辺境に暮らす野心家の貴族の家に末っ子として、兄や姉よりも強い魔力を持って生まれた。
喋れるようになってすぐ、私の魔力に目を付けた両親から英才教育を受け、六歳になる時に魔眼を移植された。
それによって私の髪の毛は銀色になり、毛先の色が変化するようになっている。
最初は両親も何とか私に魔法教育を施していたが、魔眼によって得た力を持つ者は私しかおらず、その上魔法制御がどの魔法よりも難しいということもあり、魔法訓練はどうしても上手くいかなかった。
そのせいか、私の魔法使いとしての素質はあまり向上せず、私に負けまいと努力を続けた兄や姉のほうか私よりも魔法に秀でていた。
さらに十三歳の時、ある日、ほぼ徒労に終わるのが分かりきっている日課の魔法訓練で私は唯一の自慢であった魔力が弱くなっているのを感じた。
それを報告した結果、とうとう両親は見切りをつけた。
私は魔法使いとしてではなく、一人の貴族の娘としての教育を受けることになったのだ。
しかし、十五歳の時、両親が都市に住む貴族の子息との縁談の話をしているのをぼんやりと聞いている最中ふと、庭に虹がかかっていることに気がついた。
私はその虹が私の魔力を持っているのを感じたが、私の使ったことの無い魔法で、不審に思って調べている時に出会った古い物語を読んでいる際に私の魔眼と酷似した魔眼を見つけた際に魔眼の本当の力を知ることとなった。
「《虹霓の魔眼》。所有者に光属性の魔法適性をもたらすアーティファクト。後天性の魔眼でありながら成長する。これを持つ者は二次性徴期になると魔力が弱まり、二年ほどで魔力が強化され、より強大となる。…これのせいだったのね」
両親は私の魔法適性が分からず難儀していたが、ようやくはっきりした。光属性だったのだ。失われた魔法であり、どうりで誰にも分からないわけだ。
それがはっきりしてからは早かった。
自分の力を理解した私は密かに独自の訓練を行った。
次第に私は魔法以外にもこの世界に興味を持つようになった。
一年が経ち、ふと冒険者になろうと思った。この辺境にはギルドは無いが都市に行けばそれがある。
思い立ったが吉日と、近くの都市へ行き冒険者となった。
だが、光属性魔法が使えるということもあり、途轍もない早さで実績を積んでいき、このまま冒険者として生きていけるのではないかと思っていた矢先、長男に密告され冒険者であることを両親に知られてしまった。
さらにその数日前に侯爵家の子息との縁談を破談にしていたということもあり、両親にとっては最悪の娘であったろう。
さすがにまずいと思い、このまま家に居ては両親に迷惑だろうと考え家出を提案。双方合意の上での破門となった。
ひとまず町に行き、中級冒険者へと昇格したのだが、行く当ても無く、かといって貴族の家で育った私は狭苦しい宿屋も中々気が引けていて、町を彷徨っていた。
そして人気の無い裏通りを歩いていたところ、闇討ちに遭ってしまった。
賊を倒したはいいものの、不意打ちで足に深手を負い、回復魔法も今使えるものでは効き目が無い。
「このままじゃ…」
他にも賊はいるかもしれない。今の状態では、治療も逃走も不可能だ。そんな状態では、新手に負けることは無くとも失血死する可能性が高い。
詰みという単語が過った時、人の気配がした。
見ると、女が二人、こちらへ向かってきていた。
「!あなた達は―」
そして今、とある屋敷の一室に女二人と男一人が居た。
「まあ、大方の事情は大体把握したが…」
「ちょっと、なんていうか…」
((ツッコミどころが…))
「それにしても驚いたわ、あなたが男の人だったなんて」
銀髪の少女の事情を聞いたはいいものの、割と濃い人生を歩んでいるというか、それに対して本人は抜けているところがあることが分かった。
なんの準備もせずに家でなどしないだろう、普通。
「考えてもみろ、あんな危なっかしい地域を女二人で歩くなんて普通避けるだろ」
「それもそうだけど…にしたってその容姿なら仕方ないじゃない」
(それは同感)
そう、当の本人は思っていないらしいが、スメラギの容姿は実際可愛いとして扱われる類のものである。男だと言われても信じない者もいるほどだ。
「というか抵抗してたのが嘘のようだな」
「連れてこられたんだからもうどうしようもないじゃない」
とは言いつつも実は予想以上にいい環境だったという理由だったりするのだが、それは心にしまっておくのだった。
「なら明日になったら出ていくのか?」
「う…それは…」
できればここに居たいのだが、抵抗していた手前意外と言いづらい。
ともすれば―
「い……居て欲しいって言うなら、居てあげなくもないわ」
「そっかー。居なくなっちゃうのかー」
「そ、そうは言ってないでしょ!あ…」
しまったと思ったが既に遅い。レインがニヤニヤとこちらを見ている。
「は、図ったわね…!?」
「あはははは。だって分かりやすいんだもん」
「そうかしら?」
「そうだよ。目に出てる」
レインがどこからともなく小さい鏡を取り出した。そこには宝石のような眼の銀髪の少女が映っている。
そういえば瞳の色が以前見た時とは違っている。
「そういえば…虹霓の魔眼って感情によって瞳の色が変わるって読んだ気が…」
ということは自分が考えてることがバレるのでは?と思った途端、鏡に映った自分の瞳が赤く染まってしまった。
咄嗟に顔を逸らすが、二人には気づかれてしまっただろう。それでもなんとか隠そうとしていると、スメラギが立ち上がった。
「俺はそろそろ自分の部屋に戻るぞ」
「私も戻ろうかな」
「必要なものがあったらいつでも言ってね。じゃあまた」
レインがスメラギに続いて部屋を出ていくと、スティカはベッドに身を預けた。そして、今日の出来事を思い出す。
不意打ちだったとは言え、移動を阻害されるほどの深手を負ってしまったことを思うと、傷は完治しているはずなのだがまだ痛むような気がしてくる。
結局自分は驕っていたいたのだ。
一週間という異例の速度で中級冒険者に昇格し、いい気になっていた。
だが、二年ほど前に同じような心理状態になったことがあるスティカは、後ろ向きな思考を打ち止め、前向きになったほうがいいことを知っていた。
今回の件も、住む場所が見つかったと、そう割り切って目を閉じるのだった。
翌日。
ギルドへ来たスメラギ、レイン、スティカは異変を感じ取っていた。
ギルド内が何やら騒がしいのだ。
普段ならば、朝は賑わっているものだが、今回は訳が違う。依頼のために騒がしいのではなく、何かの話題で持ち切りといった様子だ。
「おい、聞いたかよ。ドントが闇討ちに遭ったって」
「いやわからねえよ。今日は顔を出してないだけかもしれないだろ?」
「でもよ、いつもはこの時間に顔出すじゃねえか」
「だとしても、ドントの野郎が負けるなんて考えられるかよ」
唖然としてしまった。
こういった不確定な情報は冒険者ならばよくあることではあるが、上がってきた名前が名前だ。
ドントが闇討ちに遭った。その情報はどうしてか単なる噂と切って捨てることができない。
スメラギにはどこか確信があった。
「ドント…だと?」
「ドントさんが?」
「えっと…ドントって誰かしら?」
「でかい斧を持った上級冒険者だ。実力も折り紙つきで、昨日は酒場で飲んでた」
「昨日…って、大変じゃない!そんな人が襲われたなんて!」
「なんでお前のほうが焦るんだ。まだそうと決まったわけじゃない」
というのはむしろ、自分に言い聞かせているに過ぎない。
噂に過ぎないはずだが、こちらも内心焦っているのだ。
仮にドントが襲われたとすれば、真っ先に疑うのは昨日の連中だ。ドントのピカロアッシュを求めていた上、諦めた体を装っている様子だった。
だが、例えそうだったとしても、これではあまりにお粗末だ。
あからさまに疑われると分かっていながら犯行に及んだのならば無計画が過ぎる。そんな馬鹿ではないはずだ。
ならば一体誰が…。
「ねえ、スメラギ。今、私が聞いてきたんだけど、昨日の鎧の人達、あの時ギルドを出て行ってから誰も見てないんだって」
「ほとんど黒じゃない。そいつらで決まりじゃないかしら?」
「だが、それでは間抜けすぎるだろう。怪しめと言ってるようなものだ」
「うん。それと、ドントさんを見た人もいないんだって」
「そうか。…やはり、怪しいのはあいつらか?」
「取り敢えず、そいつらの所へ行ってみましょう。宗教っていうくらいだもの。拠点があるはずだわ」
町の中では目立たないところに寂れた教会あり、ひとまずはそこへ向かうことにした。
「ここが…」
「勢力が大きい宗教なんでしょ?こんな裏通りでこそこそとやってるなんて余計怪しいわね」
「勢力が大きいとは言っても、この国ではあまり知られていないようだがな」
「とにかく入ってみましょう」
ドアを開け、小さな教会の中へと入っていく。
礼拝堂になっているようではあるが、手入れがされていないのか埃っぽい。
さらに奥へと進むが、他に部屋は見当たらない。
手分けして探しているとレインが何か見つけたようだった。
「ねえ、ここ、通路がある」
そう言って示した先には確かに階段が隠れていた。妙な位置取りで置かれた長椅子によって、入口からは見えないようになっていたのだ。
長椅子をどかして床の隠し階段に入る。
松明などが設置しているわけでもなく、先は真っ暗だ。
「任せなさい」
スティカがそう言うなり、手前から奥に向かって明るくなった。だがまだ先は見通せない。
「どれだけ長いのよ。魔力制御が可能な範囲を超えてるわ」
「いや、助かる。行くぞ」
俺達が階段を下るのに合わせて魔力の照明が移動するため困ることは無い。
「本当に長いわね。魔鉱石でも掘る気かしら」
「いや、そろそろだ」
階段の終わりが見えてきた。どうやらその先は部屋になっているようだ。
警戒を高めつつ部屋に入る。
「何者だ?」
部屋の奥にある通路のほうから声が響いてきた。聞き覚えがある。ブラハだ。
俺はより一層警戒を高めた。
「む。貴殿らは確か…そう、昨日ドント殿と共にいた二方ではないか。もう一人は…知らぬ顔だな。どうやってここへ辿り着いた?」
「答える義理は無い。ドントはどこだ?」
「ここにいるはずが無かろう。だが、邪魔立てするのであれば斬り捨てようぞ」
居ない?やはりこいつらでは無かったのか?だが、そうであるならば俺達が何の邪魔になると言うのか。戦う意味も無いはずだ。
奴は腰に下げた鞘から炎を抜き放った。否、単なる炎ではない。あれは―
「我が魔剣、火焔剣・レーヴァテイン。悪を焼き払う平和のための一振りだ」
まずい。奴は確実に俺よりも強い上に、魔剣を持っている。三人で勝てるかどうか…。
奴の火焔剣は炎がそのまま直剣を形作っている。俺の反魔剣ならば斬り合えるだろうが、まともに受ければ焼かれかねない。
「レイン、なるべく能力を勘付かれないように戦えるか?」
「あ、まずい…。私の剣、整備中だった」
さすがにブラハともなればレインの能力が異端の力であることくらいは気づくだろう。使うリスクは高い。
ならばと近接戦闘を想定してみたが、レインの剣は生憎と手元に無いとは酷く間が悪い。
「ならもしもに備えておいてくれ」
「うん、分かった」
「スティカ、行けるな?」
「勿論よ。最速の中級冒険者だもの」
スティカの光属性魔法は戦闘においてかなり心強い上、失われた魔法でもあるため鬼札となり得るはずだ。
俺は反魔剣を抜いた。
「ほう。珍しいな、反魔剣とは。教義においては邪道と扱われることもあるが、我はさして気にせぬ」
「そりゃどうも」
べガードとは反応が違うな。あいつは反魔剣を認めない様子だった。人にもよるのか。
「我はこれから野暮用があるのでな。時間はかけられぬ。安心せい、殺しはせぬ。では行くぞ!」
スティカの目は怒っている時と恥ずかしがっている時で赤の濃さが違います。恥ずかしがっている時は朱色っぽかったり桃色っぽかったりですね。