五話 虹色の眼の少女
「そのピカロアッシュを譲ってくれると」
こいつは一体何を言っている。魔剣をよこせと言ったのか?
そもそもそんな話は一切していなかったはずだ。それがなぜそこまで話が飛躍するというのか。
ドントを見ると、眉間に皺が寄っていた。
「…あんた、対話って言葉を知ってるか?」
「む?何の話だ。いきなり話を飛躍させるでないぞ」
「そらあんた達のほうだろうが…!」
ドントは声を張り上げてこそいないものの、今にも殴り掛かるのではないかというほどの怒気を湛えていた。
普段の彼ならばむしろ、冗談として笑い飛ばしていたはずだ。だが、彼も上級冒険者であり、特段人を見る目はある。そんな彼にも連中の発言が冗談に聞こえなかったのだろう。
無論、俺もだ。
「何を熱くなっておる。その戦斧を渡すだけであろう」
「いいか?これは初対面の人間に寄越せと言われておいそれと渡せるようなもんじゃねえんだ」
「そんなはずはあるまい。我々が魔剣を集めていることを知っておったのだろう?ならば譲渡の準備はできているということではないか」
ドントがテーブルに拳を叩きつける。その音に、周囲からの目が集まった。
「それが飛躍だっつってんだ!どうして俺があんたらのために魔剣を持ってちゃならねえんだ!?こいつは俺を選んだんだよ!お前らじゃねえ!」
「あんた達、さすがに魔剣を寄越せってのはないだろう」
「なるほど。そなたらは我々の思想を知らぬということか。ならば教えてやろう」
鎧はまだ訳の分からないことを抜かしている。こいつらは人の話を聞かない奴らのようだ。
いや、正義が自分にあると疑っていない手の連中か。
ドントも訳が分からないといった様子で先ほどまでの勢いを失ってしまっている。
「この際だ。他の者もよく聞いておくがよい!」
酒場内が静まり返り、人々の目が鎧の連中に集まった。
「我々は煌光神秘騎士団。世界平和と悪の成敗のため、魔剣を収集している。魔剣を持つ者は魔剣を献上することで平和のための行いに貢献できるのである」
辺りは静まり返ったままだ。そうしているうちに事態をを察知した受付嬢がやってきた。
「すみません。ギルド内ではトラブル回避のため、魔剣の取引は正式な場でなければいけないことになっております」
「ならば問題あるまい。我々の行いは常に厳粛であり、正式なものなのだ」
「問題あります。あなた達のしていることは恐喝です。他の冒険者さん達にも迷惑が掛かっていますし、これ以上揉め事を大きくするようであれば、上に報告が行きますからね。」
途端、受付嬢の首元に剣が突き付けられた。あと数センチでも押し込めば喉元を切り裂ける距離だ。
剣を構えているのは今まで口を開かなかったほうの鎧である。
恐ろしい速度だ。抜剣のあまりの速さに俺は反応できなかった。
「貴様、我々の崇高な行いを愚弄するか!」
初めて口を開いた。
現状受付嬢に危害を加えてはいないが、今にも切り払いそうな剣幕に受付嬢も声を失った。
これには俺も動かざるを得ない。
「おい、それはやりすぎだろう。世界平和と謳っておきながら、私情で人を殺す気か?」
俺は剣を構えている鎧の首に剣を突き付けてやる。
「よい、ベガード。確かにそちらの受付嬢殿の言う通りだ。これ以上は我々の理念に反する」
「しかし!」
「我々は平和と主のためのおるのだ。よいな?」
「…は」
ベガードと呼ばれる鎧の男は渋々といった様子で剣を引く。それと同時に俺も剣を引いたが、その際俺の剣を見たベガードが「反魔剣」と呟いたのが聞こえた。
「度重なる非礼を詫びようその…」
「ドントだ」
「ドント殿。我々は礼を欠いていた。」
「お前さん、名前は?」
「相すまぬ申し遅れた。我はブラハである」
「ブラハさんよ、俺だって熱くなっちまったがな、こいつは大事なもんなんだ。分かってくれ。ってことでこの話は終わりだ。どうだ、一杯飲まねえか?」
「いや、ありがたい誘いだが遠慮しておこう。行くぞベガード」
「は」
鎧の男達は踵を返した。その際、ベガードが俺にのみ聞こえる声で「痴れ者が」と呟いていった。
「不穏だな」
「ああ、あのブラハって男、口ではああ言うが反省の色は無かった。上に報告されるのはまずいってことか?」
「だろうなあ」
「奴ら、大人しく引き下がる可能性は低いな。気を付けろよドント」
「はっ。お前に心配されるほど弱くねえさ」
「俺が心配してんのは斧のほうだよ」
「それもそうか」
はっはっはとドントが笑う。鎧の男達への怒りが収まったわけではないだろうが、笑うくらいには落ち着いたようだ。
「外、暗いな」
「そうだね」
見ると月明かりと街灯が表を照らしている。酒場内では酔っぱらった冒険者達が力自慢をしている。
「そろそろ帰るか」
「あ?なんだよもう帰るのか?楽しくなってきたとこじゃねえか。どうせすぐ近くの宿屋なんだろ?」
「悪いな。俺は宿屋じゃない」
「どういうこった?」
「屋敷に厄介になっててな」
俺は横目でレインを見る。
ドントは合点がいったという表情で一度頷いた。
「別に厄介じゃないよ」
「そりゃどうも。さあ、帰るぞ」
「うん」
「盛り上がりすぎんなよ若者」
「そんなんじゃねえよ」
「何の話?」
「なんでもない。ほら、行くぞ」
「さっきは静かだったな」
俺とレインは門を使うために人目につかない所を探して人通りの無い裏道を歩いていた。
「うん。宗教関係の人にはなるべく顔を覚えられないようにって言われてるから、あんまり目立ちたくなくてね」
「そういうことか」
レインとレクトによると、色欲の異能は世界のバランスを崩壊させる力として、理神という秩序を守護する神に狙われやすいのだとか。
そして、宗教はたいてい神を信仰しており、そいつらに知られると神に勘付かれる可能性が高くなるというわけだ。
「それに、言いたいことはだいたいスメラギとドントさんが言っちゃったしね」
「そう言う割には言い足りないって感じだが?」
「あれ、分かっちゃう?えへへ。実はもうちょっと言ってやりたかっ―」
そこまで言いかけたところで俺は咄嗟にレインの口を手で押さえ物陰に隠れた。
「んー!」
「静かに」
「ぷはっ。い、いきなりどうしたのスメラギ?ちょ、ちょっと大胆…」
「何言ってる。今でかい魔力を感じただろうが」
「え?嘘、気づかなかった」
「しっ」
横道から小太りの男が飛び出してきた。どうやら何か焦っているようで、こちらには気づいていない。よく見ると左腕の肘から先が無くなっている。
「くそ!おい逃げるぞ!命がなくちゃ意味がねえ!」
小太りの男に続いて中肉中背の男が三人飛び出してくる。と同時に聞き覚えのある声が聞こえた。
「逃がすわけないでしょう!」
さらに男達を追うように光弾が飛び出してきて命中する。
男達は光弾の直撃を受けて建物にぶつかり動かなくなった。死んではいないようだ。
「ねえスメラギ。今の声って…」
「ああ、最速で中級に昇格した銀髪の冒険者だ」
「行ってみよう」
「そうだな。…面倒なことにならないといいが」
面倒なことになるだろうなどと考えながら、俺とレインは現在気絶中の男達が出てきた横道へと入る。
そこには予想通り、件の銀髪の少女が太ももから血を流しながら座り込んでいた。
「!あなた達は…」
「スメラギとレインだ。今治療してやる。レイン」
「うん」
レインが異能での治療を行おうとする。
「結構よ。治癒なら自分でできるわ」
「だったらなぜすぐにしなかった?傷が深いからだろう?」
半ば無理矢理に太ももの傷を確認する。
「やはりな」
酷い出血だ。恐らくナイフのような物で刺されたのだろう。刺し傷が貫通している。
生半可な魔法では治せないほどだ。さすがに俺もこの傷を治せるような幾何魔法は知らない。属性魔法ではなおさらだ。
だが、レインの異能ならそれが可能になる。
レインはその異能により、銀髪の少女の細胞を複製することで瞬く間に治癒を完了させた。
「すごい、どうして…」
「それは秘密。傷は治ってるけど痛みは和らがないから帰って安静にすること」
「というか帰る場所があるのか?この近くには宿屋なんて無かったと思うが」
「無い…わ」
そうだろうな。家出した元貴族の令嬢って言うくらいだ。帰る場所も無いまま冒険者になったのだろう。
「どうする?」
俺はレインと銀髪の少女の両方に問う。
「どうするって言われても…」
「屋敷に連れていくかってこと?私は別に構わないよ」
「あんたは?」
「いえ、遠慮するわ…」
そう言う少女の目は暗い。当てが無いのだろう。
宿屋まで連れて行ってもいいのだが、屋敷に連れて行ったほうが元貴族の令嬢には過ごしやすいはずだ。
「はあ。ほら、行くぞ」
俺は銀髪の少女を抱え上げた。
「や、ちょっと放してよ!やめて!私はいいから!」
途端に暴れ出すが、やはり弱っているようでまるで力が入っていない。
うるさい小荷物を抱えながら俺とレインは人目につかない路地の突き当りに到着する。
「ね、ねえこんなところまで来てどうするつもり?まさかあなた達、人さらいじゃないでしょうね?」
「うるさいな。屋敷まで連れてってやるって言ってるだろ」
「だからいいって言ってるでしょ?宿屋にでも置いてってくれれば…。それに、どう見たってここに屋敷なんてあるはずないじゃ―」
「門」
レインの一言で巨大な門扉が現れる。ただし巨大とは言っても路地の幅に合わせて今回は控えめだ。何気に初めて見る機能だったりする。
そして俺達は有無を言わさず輝きゆらめく鏡面の中へと進んだ。
(金が居るなら銀も書かなきゃ!)