四話 二週間ぶりの職場
レクトとの模擬戦の翌日。
「ギルドに行ってこようと思う」
「そう?なら私も行こうかな」
「何か用事でも?」
「いや、特に用事は無いんだけど、今日は一日暇だから」
「そうか」
まあ、特に問題は無いだろう―。
―ということで現在、俺とレインはギルドに来ていた。
ギルドとは、世界各地に拠点を置く完全中立組織である。各地で発生する問題を依頼として集め、冒険者と呼ばれるギルド会員に斡旋している。
ちなみに冒険者には階級があり、下級、中級、上級の三段階に分けられる。ただし、階級はあくまでも実績を基にしているだけであり、実力には散らばりがある。
俺はそこの中級冒険者というわけだ。
今日は調査の報告のために来た。
その調査とは他でもない、俺が死にかけたきっかけだ。
決して明るくは無い報告をするために、俺はギルドの扉を開く。
「あ!スメラギさん!無事だったんですね!」
中に入るなり、受付嬢の一人が駆け寄ってくる。茶髪を肩のあたりで切り揃えた人当たりの良さそうな人だ。
よく俺の依頼を担当してくれている人でもあり、ギルド内での人気も高いと聞く。
「二週間も顔を出さないから死んだのかと思いました!」
これである。そう、この受付嬢は縁起の悪いことを平気で言う。その上、上司相手でも毒を吐くといいう毒舌っぷりだ。その癖、明るく、仕事ができるというのが人気の理由、らしい。
「死んでなくて悪かったな」
「ほとんど死んでたけどね」
痛いところをつく。
「おや?そちらの女性は?」
「ん?ああ、こいつはレイン。俺を助けてくれた恩人だ」
「そうでしたか。ところで先ほど死にかけていたとおっしゃってましたが、それはどういう?」
「ああ、それも込みで調査の報告をしたいんだが」
気が重くなってきた。
「はい!ではこちらへどうぞ」
受付に通される。
大抵の冒険者は日銭を稼ぐために朝早くから依頼にあたるため、日が高いうちは基本的にギルドは空いている。いるのは帰りが朝になるような依頼をこなした冒険者かあるいは滅多にないが、日銭を稼ぐ必要が無いくらいには稼いでいる上級冒険者だ。
そのためギルド内は閑散としており、受付も待つ必要が無いわけだ。
「むむ。なんだか浮かない感じですね。調査に向かった先の村が壊滅してた!とかでしょうか」
な。いたって平常運転のつもりなのだろうが今回ばかりは冗談になっていない。それどころかもっと酷い。
「全滅だ」
「へ?…あの、それは何かの冗談という訳では無く?」
「俺が冗談を言ったことがあったか?」
「そう…ですよね。指折り数えるくらいしか…」
「(あ、あるんだ)」
「何か言ったか?」
「ううん、なんでもない」
どんどんと受付嬢の顔色が悪くなっていく。
「しょ、少々お待ちください。記録を取ります」
そう言うと紙にペンを走らせ始めた。
「できるだけ詳細にどうぞ」
それから俺は、あの日の出来事を報告した。
この町から馬車で二日半ほど行ったところに奇妙な宗教が広まっている村があり、そこへ赴いた商人が行方不明になったことで今回の依頼が発生したのだが、俺が調査に向かった時には村は無かった。
人がいないという訳ではなく村そのものが無くなっており、そこら一帯は不自然なほどに生物がいなかったのだ。
ひとまず調査を開始し、日が落ちてしまったため野宿を始めようとするがそこへ謎の化け物が現れ、それらと交戦。
間もなくして俺は敗北し死にかけていた。
というわけだ。
「大方分かりました。今回の件は精査の後、すぐにでも王国騎士団へと報告が行くと思います。調査お疲れ様でした。こちらが今回の報酬となります」
報酬が入った袋を渡される。実は今回の依頼は王国騎士団の依頼であり、報酬が調査依頼にしては破格だっために受注していたりする。
それにしてもこの受付嬢のこんな態度は初めて見た。やはり仕事ができるというのは間違っていないらしい。
「ふう。ひとまず終了。いや~、災難でしたねスメラギさん。生きていてホッとしますよ」
「そういえば、俺の右目には触れなかったな」
「ああ、それですか。それはですね、スメラギさんも遅めの中二病に罹ったのかなと思いまして。さすがに中二病に突っ込むのってかわいそうじゃないですか。そっとしておいたほうがいいかなと」
「断じて違う」
えらい誤解だった。ここまでの流れで中二病なんぞではないことくらわかるだろうに。
「あ、もうこんな時間ですね」
そう言われてギルド内に人が増え出した事に気がついた。そろそろ日帰りの依頼をこなした冒険者が帰ってきだす頃だ。
「ん?おお!スメラギじゃねえか!」
聞き覚えのある声が聞こえた。
入口のほうから筋骨隆々のいかにも荒くれものといった風貌の男が近づいてくる。
「生きてやがったか!ったく心配させやがって!」
「生憎と死にかけていたがな」
「スメラギ、この人は?」
「ん?ああ、この人は上級冒険者のドント。見た目通りの脳筋だが、実力は折り紙つきだ」
「おお!えらく別嬪な嬢ちゃんだな」
「初めましてドントさん。私レインって言います」
「スメラギと違って礼儀も正しい。お前には勿体ないくらいだな!」
そう言って笑った。
「それよりさっさと依頼を完了しろ。他の人の邪魔になってんだよ」
「おうよ!」
ドントはさっさと依頼を完了して報酬を受け取る。
「んじゃあ折角だし、飲んでいこうぜ!俺の奢りだ」
「まだ日も落ちきってないだろうが」
「いいじゃねえの。ほら嬢ちゃんも」
「行こうよスメラギ。この人にお世話になってるんでしょ?ちょっとくらいいいじゃない」
「…まあいいか」
ギルド内の酒場へと移動して、適当に注文するとドントが話し始めた。
「で、どういう事情だ?お前が二週間も顔を出さないなんて」
「依頼が大変だったんだよ。色々と」
そして、事のあらすじをかなりざっくりと説明した。
「なるほどなあ。それでその嬢ちゃんか。ありがとうな、スメラギを助けてくれてよ」
「いえいえ、偶然ですよ、偶然」
「にしたって羨ましい偶然だぜ。あでっ!」
突然ドントが斧に小突かれた。誰の斧かといえばドントの物だ。巨大な戦斧がひとりでに動いたのである。
「わりぃわりぃ。こいつは中々にじゃじゃ馬でな」
「え?え?今のって…?」
レインが困惑している。だが俺には見慣れた光景だ。
「そいつはドントの魔剣だ」
「え?でも、斧じゃない?」
「魔剣といってもはっきりとした定義が決まってなくてな。魔剣に分類されているんだ。ほら、レクトの武器も剣ってよりは刀だ」
「あ、あれ刀って言うんだ。そういう剣なのかと思ってた」
ふむ、魔剣には疎かったか。
「中でもこいつはかなり変わっててな!リビングウェポン、生きた魔剣でなあ。銘はピカロアッシュ。喋ることはできんが意思疎通ができる」
「へ~。よろしくねピーちゃん」
「ピーちゃん?」
「そ、ピーちゃん」
ピカロアッシュがレインにお辞儀した。
すると、受付のほうから喧騒が聞こえてきた。普段からこの時間になってくると騒がしいのだが、今は特段騒がしい。
「なんかやけに騒がしいな」
聞き耳を立ててみると、「おいおい!早すぎんだろ!」「一週間で中級かよ…」「最速じゃねえか?」「俺辞めようかな…」といった声が聞こえてくる。
どうやら中級冒険者に昇格した奴がいるようだが、一週間だと?中級冒険者に上がるには少なくとも半年はかかるのが普通だ。あるいは冒険者稼業を日銭を稼ぐためだけに行い、中級に上がらない者だって珍しくない。
だが、一週間など聞いたことが無い。間違いなく最速だろう。
「一週間で中級?どうやったんだ?いくらなんでも早すぎる」
「ありゃあ、魔眼の嬢ちゃんだな」
「知っているのか?」
「ああ。なんでも、アーティファクトを持った元貴族の令嬢が冒険者になったとかでなあ」
「元貴族?」
「おう。家出したって聞くぜ」
それで冒険者になって生きようとしたのか。
「俺も顔を見たことがあるが、ありゃあレインの嬢ちゃんくらいの別嬪さんだったぜ」
「別に容姿に興味は無いんだが…」
すると人が群がっている中から声が響いた。
「散りなさい。有象無象に興味はないわ」
刺すように放たれたその一言で群がっていた人々は徐々に去っていった。
それにより、最速で中級に昇格した冒険者の姿が露わになる。
透き通るような銀髪を後ろで纏めており、毛先は見る角度によって色が七色に変化していた。
「む、どうしたのスメラギ?そんなにまじまじと見て。容姿に興味な無いんじゃなかった?」
レインの語尾にやや棘があるように感じた。
「いや、あいつの眼、変わってないか?」
「眼?」
そう、何よりも違和感があるのはその眼だ。比喩ではなく、宝石のような輝きを持っている。
特筆すべき持ち物が無いようなところを見るに、あの眼がアーティファクトである可能性が高い。
などと推察していると、銀髪の少女はそそくさとギルドを出て行ってしまった。
「ああ、魔眼にしては違和感がある」
「すごいねスメラギ。私全然分からないよ」
「いや、はっきりはしないんだがな」
銀髪の少女と入れ替わるように、今度は全身を鎧に包んだ二人組が入ってきた。見慣れない連中だ。
「見慣れないな。誰だ?」
ドントに問う。
「ありゃあ、煌光神秘騎士団だな」
「騎士団?新しく作られたのか?」
「いやそうじゃねえ。騎士団てよりは宗教だ。何でも魔剣を集めてるとかなんとか」
「魔剣を?戦争でも始めようっていうのか?」
「分からねえ」
「だが関わりたくはねえな」と付け加える。同感だ。
鎧の連中は、ギルド内を見回した後何か話し合ってからこちらへと向かってきた。
「失礼、そちらの豪傑よ。そなたが持っているのは魔剣ではあるまいか?」
そう鎧の一人が問うのに対し、ドントはあくまで知らぬといった表情をする。
「なんのことだ?これはただの戦斧だ。愛用のな」
「知らぬはずはあるまい。その戦斧は紛れもなくリビングウェポン、魔剣だ」
「だったら何だってんだ?」
ドントは早々に隠すのを諦め、面倒臭そうな表情を隠そうともせず言った。
「話すと長くなるのだが、我々は魔剣を集めていてな」
「知ってるよ」
「おお、つまり―」
嫌な予感がした。この先に続く言葉は何があろうとも厄介事になるに違いないと、そんな気がした。
「―そのピカロアッシュを譲ってくれると」