二話 手合わせ
「戦い方?」
「そう、戦い方。君は冒険者なんだろ?だったら戦い方は身に着けていたほうがいい。それに何もせずにただここで暮らすってのもあれだしね」
確かにその通りだ。ただここで暮らすだけというのは気が引ける。
その上、冒険者の身なのだから強くなっておいて損はないだろう。
「分かった。頼む」
「うん。じゃあ行こうか。門」
目の前に巨大な両開きの門扉が現れる。
それはひとりでに開き、水面のように波打ちながら輝きを放つ鏡面を露わにした。
「…これは?」
「付いてきて」
「あ、ああ」
レクトは吸い込まれるように扉をくぐり、姿が見えなくなった。
それに続き、恐る恐る扉をくぐる。
一瞬温度の無い液体に触れるような感触があったがすぐに違和感は消え、体が飲み込まれていく。
扉の先は不思議な空間だった。
陽光も無いのに昼間のように明るく、地面は白く50センチほどのグリッド線がどこまでも広がっていた。
「さあ、訓練場へようこそ」
遅れてレインとウィズが入ってくると、先ほど通ってきた扉が消えた。
「ここは大罪が許可した者のみが入れる亜空間でね。訓練にはもってこいなんだ」
「この中には部屋も作れてね、屋敷の一部の部屋はここに繋がってるんだよ」
そうは言っても部屋などどこにも見当たらないのだが…。
そんな思考を察したのかレインが付け加えた。
「この付近にはないけどね」
「ここなら心置き無く鍛えれるからね。来たかったらいつでも言って。それとはい、君の剣」
剣を受け取る。確かにあの時無くしたと思っていた剣だ。
レクトを見ると、いつの間にか彼の腰には剣がぶら下がっている。
いや、厳密には剣では無いのか。たしか刀という珍しい武器だったはずだ。ギルドに飾ってあるのを見たことがある。
まあ、あれは模造刀といって刃が鋭くない物だったが。
「ああ、これかい?これは君の当分の目標だよ」
「目標?」
「そう。僕と模擬戦をする時は、これを抜かせるのを目標にして」
「つまり魔法戦ということか?」
「いやいや。君は武器も使っていいよ。それに僕、というか異能力者っていうのは不便なことに魔法が使えなくてね」
つまり、魔法も武器も使わないと?
さすがにそれは厳しいだろう。俺とて中級冒険者だ。それなりに戦える。
いや待て。
そうか、異能を使うということか。となれば納得がいく。
「ああ、僕は異能も使わないよ。安心してかかっておいで」
何?
それは煽っているのか?
武器も魔法も異能も無しで俺に勝つと言っているのか。
リーダーだけあって、あのギルとディーよりも強いのだろうが、さすがに少し思うところがある。
「さあ、どこからでもいいよ」
「まずは挨拶だ」
周囲に魔力を集中させる。思念により魔力は形を持ち、中空に炎弾が無数に現れる。
間を置かずに打ち出された炎弾は途中で形を変えながらまっすぐとレクトへ襲い掛かる。それをレクトは防御姿勢をとることもなく、ただ悠然と手を振った。
直撃するはずだった炎弾は例外なく弾かれ、明後日の方向へ飛んで行った。だがそれはフェイクだ。
炎弾がレクトへと飛んでいく最中に魔法陣を描き、魔力を注ぎ込む。
「《崩雷》」
白い雷光が走り、稲妻となって四方からレクトを貫かんとする。
それをレクトは少し体を傾けて迫りくる稲妻に手を添えて避け、それぞれをぶつけて相殺した。
「魔法は使えないんじゃなかったのか?」
「使えないとも。だが魔力は生成されるし、体表までなら操作はできるのさ」
魔力を魔法に同調させて弾いたのか。だが完全に同じ性質の魔力では魔法を相殺できない。
レクトは魔法に自分の魔力を混ぜることにより、魔力の性質が違う同じ魔法を成立させることで《崩雷》を相殺したのだ。
だが発動済みの魔法に自分の魔力を混ぜるなど並大抵の技では無い。ましてや、高速系の幾何魔法だ。
「属性魔法を発動後に変化させるなんて器用だね」
「相手の魔法に魔力を混ぜれるような奴に言われてもな」
「君にもできるようになるさ」
「だといいが」
魔力を腕に纏わせ、レクトに向かって駆けだす。
途中、ブーツへと魔力を流し走行速度を上げる。このブーツは魔道具であり、魔力を流すことでより速く走れるようになる。
そのまま魔力に形を与え、帯のような炎を作り出して拳を繰り出す。
それをレクトは右手で受け止め、俺の体勢を崩して足元に投げる。
「少し動きが単調かな」
「どうだろうな」
「!」
「《風刃》」
俺の踏んだ場所にはいくつも魔法陣が描かれている。このブーツのもう一つの機能だ。踏んだ場所に予め設定しておいた魔法陣を描くことができる。
かまいたちが襲い掛かる。だがそれも全て捌かれた。
「なるほどね。魔法陣を隠すためにまっすぐ走ってきたわけだ。でもまだ足りないね」
「まだだ」
今度はレクトの掌に魔法陣を描く。
「《紫獄煉炎鎖》」
魔法陣から紫炎が溢れ出し、鎖となってレクトの右腕に巻き付き固定する。それだけにとどまらず、紫炎は周囲に広がり、円形のリングを作り出した。
《紫獄煉炎鎖》は自分だけでなく相手の魔力も消費して相手の部位を拘束し、さらに周囲に結界を張る魔法だ。その性質上相手に魔法陣を描かなければならないという制約があるものの、発動者には結界が有利に働く。
これならば魔力の上書きは意味を成さないはずだ。
すかさず剣を抜き放ち胴体を狙って横に振るう。だが―。
刃は人体を斬ることは無かった。
レクトは右腕を固定されているのを利用して右腕を軸に横向きに宙返りし、地面に繋がっている紫炎の鎖を剣にぶつけて鎖を断ち切った。
そして空中で体が逆さになったまま、こちらの肩に向かって真下に蹴りを放つ。
それをすんでのところで避け、一旦距離を取る。
「チッ。なんだ今の動き」
「それ、反魔剣でしょ?」
俺の握っている剣を指さして言う。
「魔力を一切受け付けない性質をもつ剣なら、鎖という形で繋がった魔法線を切れるんじゃないかと思ったんだけど、どうやら正解みたいだね」
「今の一瞬でそこまで頭回るか普通」
「いやーギリギリだったけどね。なにしろ全然見たことの無い幾何魔法だったからね。彼女がいなかったらさすがにダメージがあっただろうね」
レクトは腰にぶら下げた刀を撫でながら言う。
だが、彼女?誰のことだ?
「これはもしかして君が?」
「ああそうだ。俺が開発した」
「驚いたね。これは上級魔法クラスだ」
「そりゃどうも」
辺りを見回すがどうやら結界は無事、つまりまだ《紫獄煉炎鎖》の完全な攻略はされていないようだ。
「どうも君は駆け引きは間に合ってるみたいだから、より上位の技術を教えようかな」
「というと?」
「第一関門クリアだ。これより魔法を解禁する」
「は?」
何を言っているんだこの男は。いや待て、そもそもこいつは男なのか?
一応男として認識してはいるものの、声といい容姿といい別に女だと言われても特段違和感があるわけでは無い。
閑話休題。
こいつは模擬戦を始める前に魔法が使えないと自分で言ったはずだ。
「おや、呑気に考え事をしてる暇なんてないんじゃないかい?」
途端、レクトの周囲に想像を絶する事が起きた。
まず現れたのは炎弾だ。そして水の槍、風の刃、雷の矢、終いには闇よりも黒い光すら飲み込みそうなほどの球体。
最後のは分からないが、これだけで基本属性のうち四つに適性があることがわかる。
本来誰しもが魔法属性に一つは適性を持っており、二つであることは稀だ。にも関わらず四つの属性、いや黒い球体も含めれば五つの属性に適性があるなど聞いたことが無かった。
あるとすれば史上に一人だけ、基本属性である炎、水、雷、風、土、光、闇の全てに適性があったとされる《混沌の魔女》だ。だがそれも五百年前に討たれたとされている。
ならば今目の前で起こっていることは何なのか。
「全て捌き切るんだ。僕がしたようにね」
「嘘だろ…」
思わず出た言葉とは裏腹に、俺の口は笑っていた。
レクトの魔法が打ち出されると同時に俺は駆け出した。
魔力操作に神経を集中させつつ紫炎のリングを駆け回る。魔法線が切断されているが、まだしばらくは持つ程度の魔力は残っているはずだ。
速度を上げるがレクトの魔法はしっかりと俺を捕捉し追ってくる。
最初に届いたのは雷の矢だった。
俺はその左目でそれを確と見据え見極める。
―ここだ!
当たる直前で雷の矢を掴み、抵抗するのでは無く受け入れるように魔力を流した。その瞬間、雷が俺に味方し、俺はそのまま風の刃に向かって投げ飛ばす。
「チッ」
だが間髪入れずに迫った水の槍によって腕を浅く切ってしまった。
続けざまに炎弾が迫る。こちらは先ほどのように見極め、接触の瞬間に魔力を流し込んで握りつぶした。
そして最後、黒い球体を睨んだ途端背筋に怖気が走った。
それは魔法と呼ぶのもおこがましい単なる破壊の力だった。魔力は感じる。だがその性質が通常の魔法とは明らかに違いすぎる。
そう思った時には遅く、回避は間に合わない。
咄嗟に魔力を流し込むという意識を切り替え、反魔剣を中段に構え魔法障壁を展開した。
何重にも張った魔法障壁を突破した黒球を反魔剣で斬りつける。幸い魔力を受け付けない性質のおかげで、黒球は分断され霧散した。
「まさか、一回目でそれを習得するなんてね。僕なんか半月かかったのに」
「俺を殺す気か?」
「まさか。直撃しても大けがはしないように加減したさ」
レクトがケラケラと笑う。
全く。こっちは必死だったってのに、楽しみやがって。
「おっと、まだ終わりじゃないよ」
再びさっきと同じ魔法がその数を倍に増やして現れる。
だが今度は先ほどとは違い、コツをつかんでいる。
俺は再び駆け出し、まずは真っ先に黒球を潰す。その後で四属性の魔法をそれぞれぶつけ合って相殺した。
そのままレクトへ迫り剣を振る。
レクトは襲い掛かる斬撃を次々と躱し、捌いていく。その中で俺は敢えて深く踏み込み斬撃ではなく拳を突き出した。
俺はレクトの体に魔法陣を描く。
「《紫獄煉炎鎖》」
魔法陣から紫炎が溢れ出し鎖となってレクトの足を縛りつけ、地面に固定する。
そうしてレクトの意識が逸れた一瞬で俺は準備しておいた魔法陣に魔力を流し込む。
「《龍炎業焼刃》」
レクトの魔法を捌きながら走っている最中に紫炎のリングを利用して描いておいた魔法陣から青い炎が上がる。
レクトは上を見上げた。
「これはちょっと…まずいね」
上空に集まった炎は十字を形作り、レクトへ向かって打ち出される。
そして―。