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第九  作者: 天上/トロあ
第二章 異世界転移編
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十五話 幕開け

 ようやく本編の始まりです。

「おーい。起きろー」


 白衣を纏った黒髪の男が、女性的な意味で彫刻のように整った顔立ちの青年の頬を痛まない程度に叩いていた。青年は起きる気配がない。

 男は二十手前であったが、近頃根を詰めすぎたことによる疲労とストレスで年齢よりも幾分老けて見えた。加えて、目の前の青年から漂う厄介事の匂いも男の心労を後押ししていた。

 青年から得られた情報は二つ。まず、日本どころか科学界の生まれではないこと。男には生まれ持った才能のおかげでどうにかそれが推察できた。そして、男性であること。どうやって確かめたのかを敢えて言う必要は無いだろう。つまりはそう言うことである。こんなところを他人に見られれば解けぬ誤解の嵐に苛まれるだろう。幸い、誰にも見つからずに自室へと運び込むことはできたが、この青年の存在が外部に知れれば異界法に触れる可能性が高い。

 そもそも何故ゲートから三百キロメートル以上離れた絶海の孤島であるこの地に通行証を持たない異世界人が居るのか。本人が起きるまで分かることではないのだから考えても仕方がないと思考を打ち切り、隣の研究室へ戻ろうとした時、ピピと部屋のロックが解除される際のの電子音がしたことで男は自らの失念に気付いて硬直した。

 静かな駆動音とともに部屋のドアが開き、来訪者は部屋に入ったところで足を止めた。ドアの閉まる音が聞こえ、ため息を一つ。そのまま男のいる居間へと歩を進める。


「ねえ、亜真人あまと。見たこと無い靴が出しっぱなんだけ……ど」


 来訪者の視線は部屋主からその横、一人用ベッドの上で横たわる青年に流れた。


「……来るなら一言連絡しろ」


 男は敢えて何事も無かったように平時通りに振舞ってみることにした。

 声をかけられた来訪者は半目で男を見ながら言う。


「まさか女の子を誘拐するような変態だったとは。十五年間の付き合いでまだ知らない面が出てくるとは思わなかった」


 来訪者の右肩辺りには握り拳程の大きさの白い魔弾が浮かんでおり、短く切り揃えた黒髪を風に吹かれたようにたなびかせていた。

 この女――江野寺えのでら南海みなみ――は部屋主である希詠きえい亜真人の幼馴染であり、十五年の付き合いである。二人とも魔法適性があり、そのまま太平洋上にある国際魔法研究島の魔法学校へ入学して四年が経ち、今に至る。

 南海が得意とする魔法はいわゆる回復魔法と言われる類のもので、どういう訳が妙に痛い。本人曰く癒しの属性に傾き過ぎている魔力を攻撃に転用したとのこと。しかし体に有益な魔法に対して人体は対抗する機能を持たないせいで亜真人は南海の魔弾を防ぐ方法を知らない。


「言っておくが俺は誘拐などしていないしこいつはおと――」


 弁明空しく白い魔弾が亜真人の鼻づらに直撃した。

 亜真人は疲労のせいかバランスが保てず尻餅をついてしまった。


「部屋暗すぎ。一日十五分は日光浴びなきゃ健康に悪いんだぞ」


 言いながらカーテンを開ける。東に面した窓から昼過ぎの間接光が差し込み、地上六十三階からの眺望が広がる。

 絶海の孤島にしては下手をすれば先進国の大都市以上に発達した街並みと平らな水平線の遥か向こう、一見樹木にも見える翳みがかった超大な空間異常が、いつも通りの、しかし二人にすれば部屋に辿り着く短くも決して少なくない苦労を想起させる景色だった。


つつつ……今日はコンビニ行ったからノルマクリアだろ。……鼻、へこんでない?」


 座り込んだまま亜真人は鼻をさすった。南の魔力の性質上純粋な魔力の塊で怪我をすることは間違ってもあり得ないが、痛みだけは本物である。

 南海は亜真人の頬に手を添え、親指で目の下を軽く引っ張るようにして目の奥を覗いた。


「こんなんで歪むわけない。てゆーか隈も酷いし。まともなもの食べてないでしょ」


 接触して魔力を送り込むことで亜真人の魔力循環に干渉することで疲労からくる体調不良が改善された。

 さらに手の甲に魔法陣を描き、目の隈を親指でなぞることで消していく。

 体の凝りはひと眠りすれば体が勝手に治すはずだ。


「んで、このコはどういうわけ。変な匂いするしやっぱそういうこと?」

「俺をなんだと思ってんだ。俺の男嫌いは知ってんだろ。ましてや手を出すなんてありえん」

「こんな可愛いコが男なわけ無くない?そもそもどうやって男女の判別をするって……おい目逸らすな」

「ノーコメント……」

「手ぇ出してんじゃん……!気失った可愛い男女不詳のコ触るとか引くわ。最低」

「触ってねぇよ!魔法だ魔法」

「痴漢魔法?」

「喧嘩か?」

「冗談。どんな魔法?」

「測量の術式を応用して極短距離での測量精度だけに特化した術式と測量したデータを等倍で立体可視化する術式の複合魔法だ。加減次第で間に遮蔽物があってもお構いなしだな」


 亜真人が描いた魔法陣を観察しながら南海が言う。


「人の等身大モデル作ってじろじろ見るほうがキモいとは思わなかったわけ?」

「港の持ち物検査なんかで使えるからセーフだろ」

「はいはい。で、何が分かった?」

()()()の世界出身。男」

「通行証は?」

「なし」

「この右目は?」

「流血は無かったけど出血痕があったから巻いといた」

「ってことはなんかの事故でこっちに飛んできた感じかな」

「だとしても犯罪者として扱われるからな。いっそ突き出すべきか……だが上手く匿って恩を売ればあっちの魔法が学べるかもしれないし。保身か研究か……」

「ひとまず昼ご飯でも食べながら考えよ。頭も休めなきゃ二週間後まで持たないぞ?」

「それもそうか」

「すぐできるから待ってて」

「了解」


 ベッドの脇に腰を下ろすと、スマホを取り出してゲームアプリを開く。普段一緒にプレイするフレンドが今日はオフラインのため、期間限定のクエストを一人で周回することにした。

 一年ほど前まではこの島にはインターネット回線が通っていなかったのだが、二つ上の研究生が魔力波を遮断する合成樹脂を発見してくれたおかげで安全な回線が開けるようになった。個人的にはノーベル魔導工学賞ものの大発見だと思っている。そんなものは無いが。

 本土にいた時にやりこんでいたゲームの数々がプレイできるようにしてくれた上級生に、インターネットが開通してしばらくが経った今でも感謝しながらクエストを周回していると、南海が丼を二つ運んできた。


「はい。できたぞ」

「ん」


 昼食は肉うどんだった。久しぶりのまともな食事としてはこういう胃に優しいものがありがたい。個人的にはもう少ししょっぱくても良かったかもしれない。


「オッケー」

「エスパー?」

「顔見ればわかる。それよりこのコ、これからどうするの?」

「目を覚ますまではここに置いておくが……目を覚ました後はこいつ次第だな。第一言葉が通じるかどうかもわからん。最悪は敵対する可能性だってある」

「敵対って、こんな可愛いコに限ってそれはないでしょ」

「だといいんだけどな」


 うどんを啜りつつも亜真人の注意は常にベットの上に横たわる男に向いていた。いつ覚醒してもいいようバイタル測定魔法でモニターしたいところだが、少しでも体内を知ろうとする魔法は全てレジストされてしまっている。意識を失ったまま無害な魔法に抵抗できるのは向こうの世界でも少ないと聞く。その域まで魔法抵抗を高めるには専用装備でなくては身体に悪影響を及ぼすような環境に日常的に身を置くくらいはしなくてはならない。そんな人物が知らない閉鎖空間で目を覚ませばこちらは警戒され、穏便に住む可能性は比較的少ない。


「ま、俺の安全だけは守れるから問題ないな」

「おいこら。レディーを守れレディーを」

「いないもんを守れるわけないだろ」

「その節穴でろくに魔法使えるわけ?」

「生憎と俺は魔力を嗅ぐもんでな」

「眼も使わなきゃ研究は進まないけど」

「……俺の眼は至って正常だから。研究も間に合うからな」

「はいはい。食べ終わったなら箸置きな?」

「行き詰ってるのはまだ実験データが足りないだけで、上手くいかない要因だって大体予想は付いてるんだ。前提として魔法陣が二次元なのに欠陥があって、これだと地球が平面であることにしか対応しない。界門が二つあるのにおそらくは一つとしてすら対応させらていないから二世界間でも双方向性が確立できてないんだ。だからスパゲティコードにならないためには平面ではなく球面として地球と魔法陣を上手く合わせないと……」

「はーい研究頑張りましょうねー」


 使った食器を洗浄魔法で洗って片付け、マシンガンのように喋りだした亜真人の背中を押して隣の研究室へと押し込むと、耐魔・耐爆加工が施されたドアを閉めた。


「振り方間違えた」


 南海は閉まったドアに背を預けて独り言つ。

 昔からそうであった。亜真人は得意の事となると特別言葉数が増える。話の流れなどお構いなしだ。上手く誘導しようとしても超高感度地雷に当たると止まらない。


「ま、誘導できてたとしても望んだ答えは聞けないのは分かってるから。その答えと違う結果になることもね」


 その言葉の真意も、それを聞いていた者がいることも、その一切を誰も知らない。




「全く。どういうことだ?《星間異神臨誕ヴィエユーム・ナフス・虚洞界門グアニドノード》は起動したはずだ。結界の中だったからか?あるいは干渉されたか。いずれにせよ魂を酷使し過ぎた」


 夜の林に舌打ちが響く。


「まさか科学界に跳ぶとは思っていなかったが、脅威はないはずだ」


 鎧を外し、辺りを見回す男の瞳には二つの虹彩のような模様があった。

 周囲百メートルに人の気配はなく、木々が立ち並ぶばかりだ。

 野宿のために魔法陣から薪をいくつか取り出し、指先から魔力で火種を生み出そうとするが上手くいかない。仕方なく鞘に収めたままの火焔剣の柄から火種を飛ばす。


「今はこの程度にも使えそうにないか。開発した本人である貴様がこの体たらくとはな。一体こんな魔法で貴様は何をするつもりだったのだ?その身を火焔剣等に変え、その魂をこうして奪われ、一体何を望んだ?」


 答える者はいない。男は燃える薪を眺めたまま続ける。


「雛鳥は翼を広げようとしている。だが貴様の願いは知ったことではない。私はあの人のため、あらゆる手段で以て任務を遂げるぞ。何を犠牲にしようとも。勝つのは我々だ」

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