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第九  作者: 天上/トロあ
第一章 始まりの夢
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十四話 失敗

「それはそうと、今すごいこと言ってなかったかしら?」

「言いましたっけ?」

「魔剣を打てって言われるってことは打てるってことでしょ?」


 確かにスティカの言う通り、魔剣を収集している煌光神秘騎士団が魔剣を打てと言ってくるのだからそれは妄言ではない可能性が高い。


「へー、ユニ、魔剣が打てるの?」

「いえ、全く。打てるのは師匠のほうですね」

「いるにはいるのか。この国に」


 納得だ。ユニの師匠ということはユニも打てるはずと考えるのも無理はないのかもしれない。ただ、それなら直接頼めばいいだろうに。


「あ、打ってもらおうなんて考えないほうがいいですよ。師匠は魔剣を打つことはできますが、神託であっても打たないと言い張ってるので」

「へぇ、どうして?」

「詳しいことはわかりません。私が聞いた時はただ打つべきじゃないとだけ言ってました」

「そうか」


 神の命令でも打たないというのは煌光神秘騎士団に対する言い回しだろう。煌光神秘騎士団が直接依頼を断られたことが伺える。


「師匠に会いたければここの最上階に行ってみてください」

「別に今はそこまであなたの師匠に興味は無いわね。それより、煌光神秘騎士団のことで聞きたいことがあるんだけど。王都に活動拠点があったりしないかしら?」

「それでしたら王城を挟んでここの反対側にあったはずです。ですが、どうしてあんなのに用が?やりあったんですよね?」

「さっき言ったべガードって人に会いたくてね。スメラギが呪いを受けちゃって」


 レインがこちらに目配せしてきた。見せろということだろうか。

 俺は掌から炎のように揺らめく灰を出して見せた。


「うへぇ。それが呪いですか……?」


 ユニは顔をしかめた。


「解呪するには術者本人が必要らしい」

「なるほど。よりによって、灰ですか……それ、ここでは出さないほうがいいですよ。魔道具に関わる職人は灰を好まないので」

「どうして?」

「魔道具作りにおいて、灰が発生するのは刻んだ術式が焼き切れた場合か魔法効果と魔力が釣り合わずに媒体が焼けた場合です。これらの場合、修正が不可能になります」

「あー……なるほどな」


 完成してから不具合が発覚すればその心境は想像に難くない。作った物が破棄せざるを得ないというのも堪えることだろう。


「ですので、その辺の通路で出そうもんなら白い目で見られると思います。っと、話が逸れましたね。皆さんはこれから煌光神秘騎士団の拠点に向かうんですよね?」

「そういうことになるな」

「でしたら二度と来るなとでも言っておいてください。またのお越しをお待ちしております」




 煌光神秘騎士団の王都活動拠点である神殿の前にて。


「お断りします」

「どうしてよ?こっちはあんたらのとこのべガードって奴に話があるだけよ。話くらいならいいでしょ?」

「ですから、べガード様は聖騎士になるための修行へ赴いているため現在お呼びすることはできません」


 スティカと煌光神秘騎士団の下っ端らしい教徒が入口の前で言い合っていた。

 神殿は大きな広場の中にあり、それなりに人通りもある。


「だったら今どこに居るかを教えなさいよ」

「修行内容は秘匿されているため我々では把握しかねます」


 道行く人達から距離を置かれながら、かれこれ十五分ほどは同じことを言い合っている。

 別の手段を考えようと言っても、スティカはもう少しと言い張るため、俺は広場にある噴水に腰掛けて暇を潰していた。レインもいつの間にかいなくなっており、手持ち無沙汰になってしまった。


「……そういえば、道具類が無かったな。王都に来たついでだし、買っておくか」


 あの時の依頼で俺が使っていた野営用の道具などが無くなってしまった。スティカの下手な交渉――交渉とすら言えないが――がいつ終わるか分からないため、今のうちに済ませておこう。

 広場からいくつも伸びた道を適当に選んで歩くと道具屋はすぐに見つかった。そこで適当にナイフや非常食、ロープ、布などを買っておいた。王都の道具屋だけあって相当な品揃えだ。


「いねえ。……どこ行った?」


 広場に戻ると、スティカもスティカと言い合っていた教徒も姿が見えない。話が終わって俺かレインを探しにでも行ったのだろうか。

 魔法陣を描き探知魔法を飛ばしてみるが周囲に魔力は見つからない。この辺りにはいないという事か。


「いや待て。魔力が、見つからない……?」


 そう、周囲には人の発する魔力が一つも見つからないのである。それは周囲に人が一人も居ないということを意味する。

 簡単なものとはいえ探知魔法は周囲五百メートルほどを指定した。そこにはつい今しがた入った道具屋も含まれている。さらに、今は日の高さからして昼食時である。だというのに人が一人も居ないとはどういう事だ。

 より正確に王都の状態を把握するべく魔法陣を描き、より高位の探知魔法を発動する。指定した領域は王都全体。もしもの場合のトラブルを防ぐため、魔法陣を描き加えて逆探知を困難にするおまけ付きだ。

 街並をかなり正確に反映したジオラマが同心円状に広がりながら現れ、続いて目立った魔力波を探索していく。

 探知魔法が王城の手前ほどまで広がった頃、初めて目立った反応があった。指定した範囲よりもはるかに狭い範囲で探知魔法が停止した。そして探知魔法が停止したラインを沿うようにして魔力反応があった。


「囲まれている……のか?」


 探知範囲を上空へと伸ばしたところでそれははっきりとした。


「結界……」


 それも高位の。

 俺が開発した最上級幾何魔法《虹晶光宮結界フィル・プリズミナル》と同等かそれ以上のもの。

その存在を知覚した途端、結界が本来の姿を現した。景色が灰色に染まり、辺りに火の粉が漂い始める。記憶に新しい魔力反応に、俺は脱出の機会を失ったことを悟った。

 同時に気付く。位置は俺のすぐ近く、二メートルほど。しかし、見渡す限りは何も見えない。違う。探知魔法は三次元的に放った。ならば最優先で警戒すべきは下あるいは――


「――上!」

「正面だ、愚か者」

「ッッ!」


 空気を焦がすほどの熱気とともに首元に刃が迫る。滑り込むようにして咄嗟に逆手で抜いた反魔剣が黒い刃を受け止めた。


「不意打ちで声を上げるのは三流だな」

「不意打ちなどしていない。お前が見当違いなだけだ」

「幻術で姿を消しておいてか?」


 剣を弾いて互いに後退する。


「べガード」


 目の前にいるのは師と呼んだ男を殺した魔剣使い。手には黒い刀身の直剣を握っている。


「お前が目を逸らしたと言ったはずだが?」

「………」


 べガードが剣を払うだけで火の粉が舞い、呼吸するだけで喉を焼きそうなほどの熱を感じる。半ば無意識的な魔力循環の調整によって環境にある程度は寄せてあるにも関わらずだ。

 あまりの高温故か、視界がぼやけてしまっている。蜃気楼だったか。経験は無いが恐らくこういう現象に近いものだろう。だが、視界が悪いというのは厄介だ。べガードの『視覚を騙す』戦法からしてそもそも視界に頼り過ぎないようにするのが幸いだが、目が効かないことは魔力が見えないことに直結してしまう。


「できればやりたくないんだけどな」

「ならば剣など抜くまい」

「護身だ護身」

「一度は不覚を取ったが、この状況ではもはや貴様に勝ち目はない。しかしな、私に致命傷を与えるだけの貴様の力量は評価しよう」

「冥土の土産ってか?」

「あぁ、何も殺すのは私の目的ではない。むしろ死なれては少し面倒でな」

「?」


 怪訝に思っていると、べガードが握った火焔剣をゆらりと動かした。構えも無く、なんの力も込められていない緩慢な動きであるにも関わらず、俺は反応できずに持ち上げられた剣先が右目に触れそうな位置まで突き付けられた。


「………ぁ」


 閉ざされた瞼に触れた剣とは思えない温度を感じ、生殺与奪を握られたことを悟る。


「余計なことはするな。私はあくまで殺さんだけだからな。まあ、これに反応できぬのでは捨て身でもひっくり返らん」


 まずい。殺されないと割り切って動いても、もはや逆転はおろか一歩と逃げることはできないと、そう直感した。

 環境不利、装備不利、自力不利、そのうえで形勢は絶望的。考えうる全ての策が一手で詰んでいる。独力での打破は不可能。


「そう。貴様は一手で敗けたのだ。諦めろ。この結界に居る限り仲間の乱入も期待しないことだな」


 べガードが剣を引く。


「……っ!!」


 右目に激痛が走った。眼球の内部とでもいうのか、とにかく右目の奥、頭の内側の痛みに耐えられなくなり右目を抑えて膝をつく。

 形容しがたい痛みだ。確かに激痛の発生源は右目の奥なのだが、肉体ではなくより根源的な部分が外傷を受けたような不快な痛みで、魔力循環の調整による緩和など焼け石に水といった程度である。

 激痛の発生源は徐々に体表へと向かい、ずるりというような音とともに右目から何かが飛び出すと、嘘のように消え去った。


「……っく。はぁ……はぁ……!」


 呼吸を整えながら前方を窺うと、ちょうどべガードと俺の間のあたりに何かが浮かんでいた。

 俺はそれに既視感を覚えた。それはあの夜、あの廃村で俺を死の淵へと追いやった眼球の化け物と酷似している。随分と小さいが脳裏にこびりついたその姿は忘れようがない。

 それはふよふよとべガードの周りを漂い始めた。


「魔導の分野において扱われる趣味の悪い魔法生物にも見えるがこれはれっきとした神の眷属でな。星神より借り受けた。本来ならば貴様に寄生させたままいいように使おうと思っていたのだが逆に潰されては敵わん」


 べガードが地面に火焔剣を突き立て地面に多重魔法陣を描いた。

 右目は不思議と出血していなかったため、息を整えながらその魔法陣を観察する。知らない魔法だ。多重魔法陣の基盤となる魔法陣の性質からすると結界に影響を与えるものになるはずだが、全体の半分ほどには連続性が見られない。ともすればそれらは一つ一つが独立した魔法、あるいは別の不明な何かと考えるのが妥当か。

 答えはすぐにわかった。落ちている。ただし魔導幾何学的に。


「魔導幾何学において、魔力の濃度はしばしば物理的な空間として扱われる。魔力は濃度の高い場所から低い場所へと流れ、差を小さくしようとするという世界の根底に位置する理からくる異常現象のためだ。ここで、魔力の差が著しく大きい、かつ濃度が極端に低下し続ける時、魔力という空間において異常な歪みが生じ、世界の理による干渉力が弱まる。よってこの特異点では、外なる神、星神を召喚できる」




「まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい……!」

「何これ……すごい引力……!」


 べガードが創り出した結界の外では特異点が発生した影響で結界を中心に強い引力が働いていた。

 この現象をスティカは知っていた。魔導の極地に至るためには理すらも枷となる。読み漁った幾万もの文献のうち魔法使いの魔導の終着点の一つとして、それはごくありふれた結論だった。つまり、目の前で起ころうとしているのはすでに禁忌の領域に踏み込む行いに等しく、巻き込まれれば禄でもない末路を辿りうる。

 スティカの知る限り、これへの対抗策は膨大な魔力の供給による現象の相殺――最も現実的ではないが――、術式そのものの破壊――成功した前例はない――、影響範囲外への退避の三つだ。


「レイン、退避!」

「でも、中にまだスメラギが!」

「駄目よ!巻き込まれたら取り返しがつかない!せめて引力が届かないところまで!」

「でも……!」

「お願い!周囲の人も避難させなくちゃ!」

「…………分かった」


 相当な葛藤があったのだろう。レインの表情はひどく歪んでいた。スティカは出会って数日もない少女にこんな表情をさせることに胸が締め付けられた。

 レインは自らの複製体を、スティカは魔法を使って、多少強引にでも目に付く民間人を避難させつつ後退する。


「それで、どうすればいいの?どうやったらスメラギを助け出せる?」


 スティカが持っている知識を伝えると、レインは僅かに逡巡した後、口を開いた。


「私があれを相殺するからスティカは結界に穴をあけて」

「相殺って……今一番非現実的だって……」

「大丈夫、できるよ。神族に感知されるかもだけど……魔力を塊で出せる?私でも分かるくらい」


 言われるがまま、スティカはレインの前方に保有する魔力のうち実に三分の一ほども出現させた。


「うん。なんとか見えるよ。ありがと」


 レインは前方二メートル程に滞留する魔力の塊に手を向け、さらに奥の結界のすぐ傍へと複製を開始する。二つ複製した魔力塊をまとめてさらに複製すれば、二倍、四倍、八倍と魔力が膨れ上がっていく。

 その様子を畏怖にも似た気持ちを抱きながら見ていたスティカも、急な魔力消費による若干の不快感を押し殺して結界の分析を始めた。事前に聞いていた通り、レインの能力はその強力さ故にあまり長い時間使わせたくない。幸いにも、レインのおかげで歪みがほぼ無くなり、結界内部の様子が観測できるようになってきていた。


「あれは……」


 断片的な魔力信号だ。


『魔………星神…召喚……………界ごと…………せ』


 スメラギがこちらに何かを伝えようとしている。レインにも共有したほうがいいだろう。


「レイン、スメラギが何か――」

「まずい……見つかった」


 レインの言葉とほぼ同時に辺りに異質な魔力が立ち込めた。機械的で温度のない、しかし精神の内側に入り込もうとするような極めて異質な。

 スティカはそれに違和感を覚えた。レインの言葉通り神族に気取られたのだとしたらその魔力は精神を汚染するような作用は無いはず。知識として憶えている神族の魔力も持ち合わせているということは、顕現しようとしているのは神族よりもずっと質の悪い何かだ。


「――――」


 遅れてレインも気づき口を開いたが、言葉になるより早く、スティカの意識は彼方へと吸い込まれた。

 最後の瞬間に銀髪の少女が見たのは、こちらへと手を伸ばす少女の顔と、結界のあるはずの位置に生まれた形容しがたい黒洞だった。

大変なお知らせ

 ここまでがプロローグであり、前日譚となります。

???「本当に申し訳ない」

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