十三話 王都
「と言う訳で、やって来ました、王都!」
「誰に向かって言ってるのよ、レイン?」
「そもそもまだ王都に入ってないだろうが」
現在俺達三人が居るのは王都を囲む巨大な壁にいくつか存在する門の手前であり、王都に入るための行列に並んでいる状態である。
大抵の国では王都や主要都市などには関所を設けている場合が多く、審査を通らなければ、金を払わないと入れないらしい。とはいえ、俺とスティカは冒険者であることを証明する記章を身に着けているし、レインは顔パスで入れるようなことを言っていたため、問題は無いだろう。
「次の方どうぞ」
待っていると列に並んでから十分程で俺達の順番が回ってきた。
「身分証の提示をお願いします。込み入った事情が無い限り、頂いた個人情報をこちらから開示することはありませんのでご安心ください」
俺とスティカは記章を見せ、レインは得意気に胸を張っている。
「…あの、身分証の提示を」
「え?私ですよ!私!レイン!」
「そうは言われましても…こちらでは把握しかねますが……」
「おいレイン。顔パスじゃないのかよ」
「いやいや、行けるって!」
「どこからその自信が来るのよ」
全くだ。
その後もレインと衛兵は何度も似たようなやり取りを繰り返し、倉皇しているうちに他の衛兵がやってきた。
「おい、何をしている」
「た、隊長。お疲れ様です。その、こちらの方が身分証やその代わりになる物を所持しておらず…」
「む。あなたは…」
隊長と呼ばれる衛兵にはどうやらレインに見覚えがあるらしい。
「通せ」
「しかし、身元がはっきりとしない人間を通すわけには」
「構わん。上も何も言わん」
「……了解しました。どうぞお通りください」
少しトラブルはあったもののあの衛兵は笑顔で通してくれた。ビジネススマイルというやつだろうか。仕事ができる人間なのだろう。
「ね!行けたでしょ!」
「隊長って呼ばれてた奴が来なかったら入れなかっただろ」
「でも入れた!」
「前向きね。で、王都に来てどうするの?」
「まずはいろいろ見て回ろうよ。王都に来るの初めてでしょ?」
「私は来た事あるけど、本当に用事のためだけだったからほとんど知らない物ばかりね」
「俺は近くまで来たことはあるが入ったことはなかったな」
「でしょ?」
「だけど、わざわざ王都まで来たってことはべガードの手がかりがあるってことでしょ?ならさっさと見つけてスメラギの呪いを解除しちゃわない?…って聞きなさいよ!」
「いいから行こ」
レインは鼻歌まじりに俺とスティカの手を引っ張って石畳の上を歩き出した。
「なんであんたは大人しくレインに従ってんのよ?」
スティカがレインに聞こえないよう、囁いてきた。
「呪いって言っても別に死ぬようなものじゃないならレインの行きたいところに寄ってからでも問題無いだろうと思ってな。レインの気が済んだらすぐ探しに行けばいい」
「あなた、自分の事をまるで他人事みたいに言うのね…」
「二人とも何の話してるの?」
「何でもないわ」
「あ、着いたよ」
「動物的な興味の変わりようね…って、ここは…」
目の前にあるのは、ただでさえ大きな建物が立ち並ぶ中、それらよりも更に高く、王都の近辺に冒険者としての依頼をこなしに来た時には王都を囲む壁の向こうに王城以外に唯一見えた建物だった。大きさからして用途が一つということではないだろう。前方に見える出入口からは絶えず人が出入りしている。
慣れた足取りで入口へ向かうレインの後を追う。
中は広い空間になっており、向かいにも出入口があった。左右には通路と階段があり、人の流れを見るに通路の横にもさらに先がありそうだ。
「ほとんど知らないとは言ったけど、流石にここは知ってるわよ。来たことは無いけど…」
スティカが歩きながら言う。
「そっか、スティカは元お嬢様だもんね」
「で、ここは?」
「ここは王都で最も有名な高級魔法雑貨店。専属の職人によって作られた多種多様な商品が並ぶ場所よ」
「ちなみに、上の階に行けば行くほど高価値の物と面倒ごとが増えていくよ」
「なるほど。ってことは貴族連中も来るわけか」
上の階に行けるのはそれほど財力が大きい者であり、高層ともなれば貴族連中がごろごろといるのだろう。金のある連中というのは自衛用の魔道具や、ただ腐らせるだけの魔宝石などに目ざとい上に、権力争いを勝ち抜くためにこういう場所に集まるものだ。
反面、スティカはそういった一般的な貴族とは異なり、貴族らしさが少なからず欠如しているように感じる。俺自身は貴族など見たことも無いのだが。
「スメラギ、今何か失礼なこと考えなかったかしら?」
「?何も」
「そう?ならいいけど。それより、結局ここに来て何するの、レイン?もう四階だけど」
階層が上がるにつれて段々と周囲からの値踏みするような視線を感じることが多くなってきた。なるべく厄介ごとに巻き込まれないように目立つ行為は控えなければならない。
「もうすぐ着くよ。ほら」
そう言って立ち止まったのは周囲の豪華な風景から若干ではあるが浮いた印象のある、体裁は保っただけと言わんばかりの最低限の装飾だけ施した無骨な店だ。目に入った中で、唯一人が全く出入りしておらず、しかも孤立していたため気になった店でもある。
「これ、何の店…?」
「入ればすぐに分かるよ。多分二人とも好きなんじゃないかな」
多少浮いた雰囲気であろうと構わずにレインは店のドアを開けた。すると、ドタドタという音とともにレインに飛び込む影が見えた。
「レインさん!!お久しぶりですぅ~!!」
「久しぶり、ユニ」
途端に響いてきた泣き声にも似た大声にスティカがビクッと肩を震わせた。俺は自分でもよく分からない謎の第六感が反応して防音魔法を張ることで回避したが、よほどの音量だったようで、通路を往く人達からの視線が刺さった。
何となく居心地が悪くなり、俺とスティカはそそくさと店に入ってドアを閉めた。
「どうしましょうどうしましょう!!あれからお店に来てくれたのはたったの三人なんですが!!このままじゃ開発費が無くなっちゃいますぅ~!!」
「分かったから、放してもらっていい?極まってるから」
「あ、すいません。はっ!!」
完全に目が合った。
「お客さんですか!?ですよね!?どんな魔道具をお求めですか!?あ、見たところ右目が映らないようですね。となればこの義眼なんてどうでしょう!?クリアな視界と魔法制御の向上に効果があるんですが、実はそれだけじゃなく取り外して視界を確保したまま自律飛行させることができるんですよ!!しかもメンテナンス不要!!冒険者をしてるお兄さんならこれは買うしかないじゃありませんか!!おっとこちらにもお客さんが!!」
物凄い早口でまくし立てるように販促する青髪の少女の頭に手刀が振り下ろされる。
「こら」
「あだっ!」
「そんなにがっついたらお客さんが逃げちゃうでしょ?それにこの二人は私が連れてきたの」
「そうでしたか!!まぁそりゃそうですよね。こんな店に一日で二人も来るなんてあり得ませんよね…」
瞬く間に声のトーンが落ちていく。情緒の起伏が激しすぎて身震いしそうである。
「なあ、これ全部あんたが作ったのか?」
言いながら周囲を見回すと、即座にこの店が何なのかがはっきりとわかった。敢えて長々と言うこともない。魔道具屋だ。魔力制御の補助をする杖、魔力によって動く義手・義足、自動制御の小型自律飛行装置など、全容を掴むのが不可能なほどの量の魔道具が所狭しと並べられている。
これだけの量が有りながら,客が入っていないのは不自然だ。普通は接客に向いた人材を転倒に配置するはずだが、この青髪の少女はあからさまに作業着である。一人で経営している可能性は高い。
「その通りです!!戦闘用の魔道具を作るのが専門という訳では無いですがね!!」
足元の箱に雑多に詰め込まれた眼鏡のような物を手に取ってみる。
「ゴミだな」
「はぁ!?ちょっと…!いきなり何てこと言うのよ!作った本人の前で…!」
「ゴミですよ?」
「へ?」
「ゴミです」
スティカが間の抜けた声を出した。
「い…いやいやいや、店に並べてあるのがゴミってことは無いでしょ?」
「ええ、まあ。以前は役に立ちましたが、ゴミですよ?」
「じゃあ何かしら。あなたはゴミを商品として店に並べているって言うのかしら…?」
「ムムム?」
「あのねスティカ。ここは――」
レインが口を挟もうとすると、合点がいったというような顔で青髪の少女が声を上げた。
「ここは特注魔道具店です。説明が遅れて申し訳ありません。そして私がここの店主のユニです。ここに並んでいるのは全て廃棄する予定の試作品なんです。勘違いするのも無理ありません」
「そういうことね。売り物じゃないなら納得だわ」
「いえ、売り物ですが?」
「…………………?」
長い間を置いた後にこちらを見たスティカの表情は、完全に理解を超えてしまったと言っているかのようだ。
「もう。そんなんじゃダメだよ、ユニ。ごめんねスティカ。ユニは説明が下手だから、いっつもややこしくなるの」
「要は試供品みたいなものだろ?特注をメインにして、試作品をサンプルとして販売してるわけだな」
「その通りです!!私は基本、工房に籠っているので作って売るよりもできた物を売るほうが楽なんですよ。なのでまあ、注文されて作る物よりも数世代ほど劣るんです」
「……なんていうか…怠惰な経営ね」
「だから売れないんだろうな。客を呼び込む気が全く感じられない。せめて店の外観くらい少しは目立たせたらどうだ?」
「いいんですよ、これで。ここに店を構えておきながらそれに気づけないようじゃ、買う側の見る目が無いってことですから」
「あれだけ大声でレインに泣きついてたら説得力が無いわね」
「うっ。それはその……開発費が…」
「利益ゼロで好きに作ってるもんね」
「うう…」
レインがさらっと言ったが、これだけ商品があってなお全く売れていないと言うのか。予算が持ったことに驚きである。それと同時に少し憐れでもある。
と、そこで俺はあることを思いついた。
「なあ、俺のブーツを改良してみな――」
「いいんですか!?是非やらせてください!!」
俺が最後まで言い切る前に食いついてきた。行動原理が金か情熱かは不明だ。
「やるとなれば早く始めましょう!!工房へどうぞ~!!」
背中を押されて店の奥へと案内される。
「お二人も折角なのでどうぞ!!まあ、何があるわけでもないですが!!」
顔を出したユニがそう促すと、すぐさま奥へと消える。
工房の中では既にユニがスメラギのブーツを作業台の上に載せて作業を始めていた。
「スメラギのブーツって魔道具だったのね。どんなものなの?」
「魔力を流すと移動補助ができて、簡単な魔法陣を設定しておくと何回でも使える。あと、側面にある印を押すと丈が伸縮する」
壁際にある石造りの作業台に片足を乗せて腰掛けたスメラギが答える。
「ただ、中の印がほとんど焼き切れてますね。変形機構も動きが悪いです。…火山地帯にでも行きました?」
「あー……魔剣使いとやり合ったな」
「煌光神秘騎士団のべガードって人」
「あぁ、それはまた……」
「知ってるの?」
「いえ、その人ではないですが以前にここに来た事がありまして」
ユニが作業の手は止めずに続ける。
「魔剣を打てとか抜かすので追い返しました」
「魔剣を打てって、なんでまたそんなこと」
「全くですよ。依頼かと思って張り切ってたのが台無しでしたから。はい、終わりましたよ」
「早いな」
「ええ、まあ。このブーツ、なかなか融通が利かなくて出来ることが少ないので、自動修復だけつけておきました」
履き心地を確かめるようにスメラギは地面を足で打つ。ひとしきり確かめると、ポーチの中から何かを取り出してユニに渡した。
「えと……これは?」
「代金だ。仕事したんだから当然だろ?」
「っ!!ありがとうございます!!」