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第九  作者: 天上/トロあ
第一章 始まりの夢
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十二話 魔女

「何だこれ…」


 目の前にあるのは自分のものではない魔法。炎のように揺らめく灰だ。

 見つめていると、《紫獄煉炎鎖ゲイド・グランズ》の魔法陣が崩れるようにして消滅した。それはつまり、この灰は炎属性魔法ではないということを表す。

 何度か魔法陣を描いてみるものの、《紫獄煉炎鎖ゲイド・グランズ》の魔法陣だけは描くことができなかった。


「それ、べガードのだよね」

「ああ。だが、何故だ…?」

「あ、スメラギ!何よそれ、新しい適性?!」


 突然声が聞こえたと思えば、スティカが戻ってきたようで、駆け寄ってきた。


「灰属性魔法。炎属性魔法の派生かしら?こんな事ってあるのね」


 スティカは平静をできるだけ装いながらも内心では焦っているこちらの気持ちなど気に掛ける様子も無く、気楽に考察し始めた。


「そんなんじゃない。炎属性が、使えないんだ」

「へ?」


 一瞬の沈黙。


「何よそれ大変じゃない!基本属性が使えないって、そんなこと有り得るの?!というかなんで本人は平気そうなのよ!」

「お前が俺の代わりに焦ってるからだろ」

「落ち着いて、スティカ」


 自分よりも先に焦ってる奴を見ると結構冷静になれるものだ。

 レインが落ち着かせようとするが、スティカはあたふたしている。


「お困りかな?美男美女諸君」


 という声が聞こえた途端、スティカが静かになった。

 声の元に目をやると、性別不詳の白髪の少年がドアから顔を覗かせている。


「レクト」

「入ってもいいかい?」

「ああ」


 レクトが部屋に上がると、俺とレクトが向かい合う形で円形になって座った。


「それじゃあ早速、何があったんだい?」

「さっきまで俺達が煌光神秘騎士団の聖騎士と戦っていたのは知ってるか?」

「それはまた…。強かっただろう?」

「厄介なことにな。一人は仲間に殺されて、殺した本人は逃げた」

「だいぶ端折ったね」

「で、これだ」


 俺は手を広げて属性魔法を見せる。俺自身は炎属性魔法を行使してるつもりだが、手の上で発生するのは炎のような挙動をする灰だけだ。改めて《紫獄煉炎鎖ゲイド・グランズ》の魔法陣を描いてみるも相変わらず上手くいかない。

 レクトが考え込むような素振りを見せる。


「……三人が戦ったのは本当に煌光神秘騎士団だったかい?」

「本人がそう名乗っていただけではっきりとは分からないな」

「魔剣を持っていただろう?彼らは自分の魔剣を他人に教えたがる傾向があるんだけど」

「《火焔剣・レーヴァテイン》って言ってたよ」

「相伝の魔剣…。となれば間違いないか……。その灰属性魔法…みたいなのに見覚えは?」

「べガードが逃げる直前に使っていたものと似てるな」

「分かった。それじゃあ、君の体の異常を何とかしよう」

「原因が分かったのか?」

「いいや、全く」


 大袈裟に首を傾げて肩を上げるレクト。


「でも頼れる相棒がいるんだ。さあ、起きて」


 レクトはどこからともなく刀――《憑妖呪剣・ムラマサ》といったか――を取り出した。すると、鍔のあたりから紫色の粒子が立ち上り、レクトの頭上に集まって何かを形作った。

 現れたのは猫だ。瞳の黄色いしなやかな体の黒猫。レクトの使い魔かとも思われるが、そんな悠長な俺の思考とは裏腹に震える体がそれを否定する。この猫が何かしたわけでは無いだろうが、存在するだけで恐怖を覚えるほどの力を秘めていることは疑いようがない。

 横を見れば、スティカも小さく震えていた。目の前の黒猫から決して逸らさず注視している眼は青く染まっていた。

 しかし、体に反して冷静な頭で考える。この状況で黒猫が敵である可能性は無い。レインだって至って平常だ。ならばこの震えは意に介さないほうがいい。


「怖がることはないわ。今の私に実体は無いもの」


 黒猫から声が聞こえる。言語を介す使い魔などもいるため、喋ることに驚きはない。


「実体が無くたって初めて見る人は大抵恐れるものだよ。魔法に精通していればいるほどね」

「でも恐怖なんてするだけ無駄じゃない。生存本能としてそれが役に立つのは猿までよ。社会を形成している以上恐怖は必要ない。いつだって人を惑わせるのは恐怖だもの。さ、震えは止まったかしら、お二人さん?」

「おかげさまでな」

「ええ」

「ふふっ、強いのね。普通はあなた達くらい魔法が使えると吐くのだけれど。あれはあれで失礼よね」


 頭が冷静ならば体の震えを止めることは意外と容易い。スティカも俺とほぼ同時に震えが止まっていた。やはり中々に肝が据わっている奴だ。


「それでもまだ刺激は強すぎるみたいだね。始めないほうがいい」

「猫の姿じゃ動きにくいのよね」

「じゃあ、先に自己紹介したら?」

「それもそうね。初めまして、私はニア・フリックス。今はレクトのパートナーだけど、《混沌の魔女》と言えば分かりやすいかしら?」

「やはりか」

「こっ、《混沌の魔女》?!」


 スティカが素っ頓狂な声を上げる。

 レクトと模擬戦をした時から薄々考えてはいたが、まさか本当にかの《混沌の魔女》だったとは。


「五百年前に討たれたと言われてるんだが?」


 横で激しく首肯するスティカ。


「確かに討たれはしたけれど、それくらいで滅びるわけないじゃないの。言っちゃなんだけど史上最強の魔女よ?」

「本人はこう言うけど、実際のところ肉体は完全に滅びてて、魂が刀に入って憑妖呪剣ができた感じだね」

「その言い方されると最強の箔が落ちるわ」

「でも今はもう最強じゃないじゃないか」

「あら、だから貴方がいるんでしょう、レクト?」

「それもそうだね」


 二人は仲良さげに会話する。これだけ見れば別段変わったことは無い人と使い魔の関係にも見える。その力は常軌を逸しているが…。


「そろそろ大丈夫かな」

「あぁ」


 レクトが言ったことで、かなり落ち着いてきたことを自覚する。先ほどまでは体の奥深く、体内のようでそうでないところに刺されるような感覚があったが、それが無くなっていた。


「それじゃあ、何から聞きたいのかしら?」


 スティカが先に聞けと言わんばかりに合図してくる。


「あんたは属性魔法が何種類使えるんだ?」


 スティカがずるっと体勢を崩した。


「何でこの状況で最初に聞くことがそれなのよ?!」

「五種類も属性魔法を使われたら気になるだろ?」

「う…そうだけど!そうじゃないでしょ!属性魔法も気になるけど!」

「スティカ、ちょっと引っ張られてる」

「あらあら、仲が良いのね」


 気になったものは仕方がないだろう。


「いいわよ。教えてあげる。私の魔法適性は一つだけ。混沌よ。空っぽでいながらにして全てを内包する、始まりと終わりを司る私だけの魔法にして属性魔法そのもの。コウに使ったのは炎、水、風、雷、闇の五種類ね」


 黒猫の頭上に列挙した順に各属性の球体が現れる。

 いくつかの疑問は残るが、そんなことよりも気になることがある。


「コウって誰だ?」

「あなたのことよ。スメラギなんて名前可愛くないじゃないの。だからもっといい呼び方無いのってギルに聞いたら、日本語でコウって呼び方があるっていうじゃない。そっちのほうが可愛いと思ったからそう呼ぶことにしたのよ」

「僕としては知らないうちに憑妖呪剣から出るのはやめて欲しいんだけど…」

「その時はギルとしか会ってないから大丈夫よ」

「スメラギ。私はスメラギって名前も可愛いと思うよ!」

「いや、別に可愛さは求めてないんだが」


 名前なんて個人を特定できれば何でもいいだろうに。


「次はスティカの番ね」

「はぁ。ならスメラギの代わりに聞くわ。スメラギの炎属性魔法が使えなくなったんだけど、どうにかできないかしら?」

「属性魔法が…」


 黒猫がレクトの頭からこちらの肩へと乗り移る。


「ちょっと触るわよ」


 そう言うなり黒猫は一度頬を舐めた。ざらざらとした触感はまさに猫だが、舌から伝わる冷感が本物の猫ではないことを認識させる。


「ちょ、ちょっと何してるの?!」

「何って、舐めただけよ。猫の姿だし問題無いでしょ?」

「そういう問題じゃない!」

「魔女が男性の頬を舐めるなんて碌な理由が無いでしょうよ…」


 確かに、魔女が頬を舐めるのは大抵、相手を呪うか精神系の魔法をかけるかの場合がほとんどと聞いたことがある。

 俺は別段何とも無かったが、レインもスティカも引いている。


「ああ、呪われてるわよ、コウ。ついでに言うとこれは呪魔法じゃないわ。だから私でも治せない。詳しいことは術者とか道具かなにかに接触してみなきゃ分からないわね。」

「呪いって…嘘だろ……」


 べガードとは二度と会いたくないと思っていたのだが、まさかこちらから探さなくてはいけないとは。


「ほっといても死にはしないし、属性魔法が使えなくなるだけよ?」

「生憎と俺は非才だからな、手札が多いに越した事は無いんだよ」

「非才な人間が魔法学校も行かずにあんな大魔法作れるわけ無いと思うんだけど」

「掛けた時間が長いだけだろ」

「へぇ、どんな魔法を作ったのかしら?」

「これよ」


 スティカの手の上に《虹晶光宮結界フィル・プリズミナル》の魔法陣が現れる。慣れていないのか少し時間がかかった。


「それは……」


 黒猫の目が見開かれた。

 その様子を見てスティカとレインが疑問符を浮かべる。恐らく俺も同じ顔をしていることだろう。レクトは相変わらずのにやけ顔だ。


「あぁ、いえ、面白い魔法だと思っただけよ」

「もういいのかい?」

「ええ、面白いものが見れたわ」


 軽快な音と共に粒子となって黒猫の姿が霧散した。


「僕は明日から遠征があるからしばらく開けることになるけど、何かあれば皆に頼るといい。ただし本当に命が危ない時だけだよ。じゃあ」


 レクトが部屋を出て行った。


「で、これからどうする?」

「俺は休みたいな。精神的に疲れた」

「でも、スメラギの呪いは解いておいたほうがいいわよね」

「そうは言ってもべガードの手がかりが何もないからな」

「あの町にももう煌光神秘騎士団はいないだろうしね」


 聖騎士などという魔剣持ちが敗れた以上、あの町に他の教徒がいるとは考えにくい。そもそもあの二人以外にも教徒が滞在していたのかも分からない。


「べガードを探すとなればまず煌光神秘騎士団に接触する必要があるな」

「それも下っ端じゃなくちゃんと情報を持ってる奴にね」

「あ!それじゃあさ、王都に行こうよ!」

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