十話 魔剣を討つ剣
最初はちょっと設定の説明が入るだけですので、読み飛ばしてもらってもあまり支障ありません。
反魔剣とは、魔剣に対抗するために鍛えられた特殊な剣である。
その昔、世界に始祖の魔剣が生まれたことを皮切りに世界各地で魔剣が発見、製造された。人の手に渡った魔剣は名のある権力者の元へと何代にもかけてあちらこちらへと流れ、それを求めた闘争が加速した。
魔剣の持つ魔力に魅せられた者達はやがて、その強大な力と生まれる付加価値の独占を目論み、あるいは力の誇示と血に飢え、欲の限りを尽くし、文明が崩壊しかけた。
しかし、荒廃し、幾つもの国家が滅び、いつしか魔剣が権力と暴力の象徴となっていたころ、魔剣を持つ者が持たざる者を支配するという不変の理が崩れた。魔剣に対し、真正面から切り結ぶことのできる武器、反魔剣が生まれたのである。
反魔剣が魔剣を打ち負かしたことがきっかけとなり、それまでのような支配構造を覆そうとする動きが民衆の間に広がった。これが更なる争いを呼び、世界を巻き込んだ戦争が始まったのだが、その裏で暗躍した組織によって戦火はゆっくりと縮退し、魔剣は廃棄、封印される運びとなる。
その後、魔剣の脅威が沈静化したことで反魔剣の価値は下がり、また、反魔剣を打てる者もいなくなり、もはや魔剣も反魔剣も歴史上の伝説というだけの存在となった。とされていたが、その後、今から約五百年前に当たる頃、天災とまで呼ばれた魔法使い、《混沌の魔女》を討つために結成された連合騎士団によって、魔剣が再び歴史上に台頭した。
《混沌の魔女》を討伐してからは、連合騎士団は解体され、英雄という信頼の元、魔剣を管理し、平和のために行使する新たな組織として宗教となった。
煌光神秘騎士団として発足した旧連合騎士団は平和の象徴となり、抑止力となる為に、反魔剣の調査を開始した。魔剣に対抗できる力を放っておけば、再び戦乱の世になると考えたからだ。しかし、かつて打たれた反魔剣の数は知れず、発見次第破壊したものの、探せばいくらでも出で来るため、反魔剣にまつわる教えが残ることとなったのだ。
このことが上手く運び、煌光神秘騎士団には反魔剣を破壊する術があることが知れ渡ったことで、さらなる抑止力となった。
反魔剣の性質として、通常はそこらの安物の剣と大差がないが、魔剣や魔力に対しては特攻を持つというものがある。にも拘わらず、反魔剣は煌光神秘騎士団の手によって破壊されたというのだ。だが、何のことはない。それが魔剣の本来の力であり、これを使って反魔剣に不意に力を加えれば、反魔剣は折れるのである。
―バキンッ!
と確かな音を立てて反魔剣が折れた。
衝突のタイミングが想定よりも早く、力が乗り切る前に魔剣の全霊の一撃を受けたために、反魔剣が耐えきれなかったのだ。
「私の幻術を見誤ったな、阿呆が!」
攻撃の瞬間は幻術が使えないものと思っていたが、そんなことは無かったらしい。
今までのはこの瞬間のために、一瞬隙があると思わせるための布石であり、まんまと引っかかってしまった。
身体能力向上のため魔力を全開にしているせいで魔法すら使えず、全力を出した火焔剣を防ぐための手段はもう無い。剣を折られた勢いそのままに斬られる、いや、焼き尽くされるだろう。
ただし、反魔剣が無ければ。
「無」
「何!?」
べガードが驚きを露わにした。それもそのはず。俺の手には折れたはずの反魔剣が握られており、火焔剣と完全に切り結んだのだから。
「何だその力は…!?何をした!」
俺は渾身の力を込めて火焔剣を弾き返した。
「そのくらい読んでた…さ!」
ドントが刻んだ傷を狙って袈裟懸けに反魔剣を振り下ろす。
反魔剣はべガードの幻術もろとも鎧を貫通し、その胸に深い傷を負わせることに成功した。
「よく…も」
深手を受け、さらに急激な魔力の喪失によってべガードは倒れた。
俺は深く息をつき。反魔剣を鞘に収める。
「レインには感謝しなきゃな」
彼女のおかけで最後の一撃を決めることができた。
べガードが折ったのはレインが異能で複製した反魔剣であり、故に破壊されたことで消滅した。レインの異能を知らない者には予測などできるはずが無い。もちろん、限界を超えた速度に反応されればそれまでなのだが…。
俺はフラフラとした足取りでドントの下へ行き、多少弱弱しいが息をしていることを確認した。
丁度そのタイミングでここ数日で最も聞いた声が聞こえた。
「スメラギ!」
「なんで私まで~…」
「レイン……と、レリアも一緒か」
見ると、レインは息を切らしながら階段を降りてきた。そしてその手にはレリアがおり、されるがままに襟を掴まれて引きずられていた。
「ドントが危ない。傷が焼かれてて失血は少ないが内臓が傷ついてる」
「分かった。リア、手伝って」
レインはドントの傷を一瞬確認し、先に包帯を巻き始めた。
「面倒くさ~」
口ではそう言っても声音に拒絶は感じられない。のだが、何しろ寝そべったままなので実際のところは分からない。
そういえば、レリアの異能は良くわかっていなかった。一応レインからざっくりと説明はされたのだが、難解で、レインにも「見たほうが速い」と言われたのである。
どんな能力なのかと観察していると、レリアの腕が虚空に消えた。まるでそこにポケットがあるかのように、空間と空間の間に手を突っ込んだのだ。
「あー、表面は細胞が完全に死んでるね~。よっと」
「じゃあ、はい。お願い」
「ん」
レインがドントの体内で細胞を複製し合図すると、傷口は焼かれていたにも関わらず包帯に血が滲んだ。
「はい、終わり~」
「ん?もう終わったのか?」
「そうだよ~」
早すぎやしないかとは思うものの、考えてみれば魔法とは違う治療方法なのだから魔法の常識で測るのがおかしいか。
レリアが空間のポケットから手を引き抜くと、付けていた手袋らしきものは血まみれだった。
状況から考えるとレリアの能力は――
「―空間を接続するってことなのか…?」
「違う違う。空間を拡張するの~」
独り言のつもりだったのだが、聞かれてしまったようだ。
「というと?」
「説明するのだる~」
「せっかくだから説明してあげてもいいんじゃない?」
「む~」
レリアは寝そべったまま、嫌そうな、何とも言えない顔をしていたが、一度ため息をつくと話し始めた。
「次元の概念は分かる~?」
「まあ、多少は」
「なら、今私たちがいるのは何次元~?」
「三次元だろ?」
「どうして~?」
「どうして?」
「三次元だと判断する理由は~?」
そういう意味か。次元というのは空間の広がりのことだからつまり――
「――縦、横、奥行き、ってことか?」
「まあ、それでいいかな~。で、それはつまり、零次元の拡張体なわけでしょ~?」
「…じゃあ、空間の拡張ってのは……」
「四次元を追加するってこと~。まー、簡単に言えば、三次元に生きてる人には知覚できない空間を私は出入りできるの~。はぁ、疲れた~」
そういうことか。合点がいった。
この異能における「知覚できない」とは、三次元に生きる物としての限界にあたる。レリア以外に知覚できないのならばそれはもはや無敵と言ってもいいだろう。
恐らくドントの治療をしたのもその応用だ。四次元空間から三次元空間に直接アクセスすれば、体内にすら触れることができる。
「今、無敵の能力だって思ったでしょ?」
「違うのか?」
「リアが面倒くさがるから皆は模擬戦をしたことが無いの。私は全然勝てる気がしないけどね。なんだけど、一人だけリアじゃどうしよもない人がいるんだよ」
「レクトとかか?」
あいつなら涼しい顔で何とかしそうだ。
だが、レインは首を横に振った。
「私も会ったことは無いんだけどね。まだ一人、紹介したことが無かった人」
「不可侵領域に対抗できるやつかいるのか?」
「そう。初代、ゼクタ・グロヴェリュート」
「……初代?」
「あれ、言ってなかったっけ?私たちが異能を継承してるってこと」
「聞いてないぞ」
「じゃあ、今教えちゃいます。とは言ってもそのままなんだけど…私たちは何代にも渡って異能を受け継いで来たの。ちなみに今のメンバーだと直近で継承したのは私で、一番長いのはゼクタ」
「ん?レインは何代目だ?」
「私は二十一代目だよ」
「そいつは?」
「一代目」
「おかしくないか?レインが二十一代目なのに初代が現メンバー?」
「ゼクタだけは代替わりしてないの」
疑問を解決するためにしたはずの質問で謎が深まってしまった。
レインが二十一代目であるというのにゼクタという人物は一代目などあり得るのだろうか。それだけ長生きする種族など聞いたことがない。
「どうなってるんだ、そいつ?」
「私も皆も、分かるけど分かってないんだよね」
「というと?」
「話を聞く限り、いつの間にか老化が止まってたらしいんだけど、そんなこと有り得ないでしょ?」
「呪いとかはどうだ?」
レインは首を横に振る。
「呪いの類は効かないらしいよ」
「謎だな」
「ぐ……ぁ…」
「あ、起きた」
小話をしている間にドントの意識が戻ったらしく、ゆっくりと目を開いた。
「……俺ぁ?」
「生きてるよ。傷が焼かれて失血が少なかったおかげで治療が間に合ったんだ」
「そうか。嬢ちゃん達には礼を言わねえとな。べガードは?」
「あいつならそこで転がって……っ!」
「どうした」
「…起きやがった」
視線の先には胸に反魔剣の刃を受けて地面に転がっていたべガードがゆっくりと起き上がっている姿があった。
「そうか、そういうことか。貴様らが神敵だったと、そういうわけだ。失念していた。神に仇なす七つの力の一つを使うその娘がいなければ、私が負けるはずが無いのだから」
俺が付けたはずのべガードの胸の傷は炎に覆われていた。
「知っているぞ、世界の均衡を乱すその力を。淫魔の末代が使っていたと聞いていたが、どうやら滅びたようだな」
そう語る奴の目からは闘志が消えていない。それどころかもっと別の、どす黒い力を感じる。
また戦闘になればもはや殺すことも選択肢に入れなくてはならないほどの危機を体が訴えている。
「そう急くな。私とて大罪二人を相手にするほど奢っていないのでな、今は引くとしよう」
そう言ったべガードが火焔剣を鞘に収めると、黒い、炎というよりは灰のようなものが渦巻くようにして奴の身を包み、それが晴れた時には既に姿が見えなくなっていた。
「また幻術……いや、もういないか」
反魔剣を鞘に収めると緊張が解け、疲れがどっと押し寄せてきた。
格上を相手に二連戦しただけでなく、反魔剣の奥義を使ったのだからそれも当然だろう。魔力が残っていない。
「にしても災難だったなあ」
「お前が奇襲なんて受けてなけりゃこんな事にもならなかったんだけどな」
「はっはっは!それもそうだ!だが、事情が違ったもんでなあ」
「というと?」
「俺を襲ったのはべガードじゃねえ。いや、べガードではあったんだが…」
何やら歯切れが悪いが、別に急いでいるわけでもないためそれは口に出さないでおく。
「ちょうど今みたいに黒い炎を操ってやがって…あともう一人いた」
「ブラハ?」
「いや、別の奴だ。姿は見えなかったが、気配はあったし、攻撃もされたから違えねぇ」
「ならそいつも警戒対象か…」
とはいえ、まだ分からないことが多すぎる。
「とりあえずここ出ない?リアも寝ちゃったし」
「ブラハはどうする?」
「私の能力じゃ蘇生はできないし…」
「レインが気にすることじゃないだろ。やったのはべガードで、死んだら生き返らないのが常だ」
「まあ、処理くらいはしてやらねえとな。ったく、仲間を殺すたぁどういう根性してんだ?」
俺は死体処理用の魔法を使ってブラハを棺桶に入れた。本来ならば供養する際は魔法を使わないのが慣例だが、ブラハには我慢してもらおう。
「じゃあ行くか」
「うん」「おう」
そうして俺達はギルドへと向かうのだった。