第五話 婚活会場に向かいます!
花の金曜日の夕刻、天狐は美容院に訪れていた。
天狐は先日美容師に見繕って貰ったベージュのブラウスとフレアスカートに身を包んでいる。
美容師推奨のパンプスを吐き、両手で先日書いたプロフィールシートが入った鞄を抱え、唇に紅を塗っていた。
そんな彼女の髪を結っている美容師が口を開いた。
「訪ねてきたという事はこれから本番ですか?」
美容師の言葉に天狐が頷く。
「うむ! お主には感謝してもしきれないくらいじゃ」
「天狐さん、その言葉は無事にパートナーを捕まえる事が出来たら言ってください」
美容師は言葉を終えると同時に天狐の髪を結び整え終えた。
「そうじゃの。 では行ってくるのじゃ」
「はい! いってらっしゃいませ」
くしくも今回参加する予定の婚活会場は隣町にあった。駅前の一番大きなホテルのパーティー会場を貸し切って行われる。ほんの僅かに所得が高い人向けの結婚活動の場だった。
天狐の社からおよそ五キロメートルの距離と近く、いつもの天狐ならジョギング程度の感覚で駆けていくだろう。しかしながら今回は美容師に行きは電車に乗れと手厳しく言われているので、彼女は生まれて二回目の電車に乗った。彼女は鉄道に不慣れなわけではない、ただ鉄道車両における電気車に不慣れなだけだ。約百年前に物珍しさだけで蒸気機関車に何度も乗ったことはある。
天狐は何事もなく目的のホテルに辿り着き、エスカレーターに乗り会場へと向かった。
会場の中で受付を済ませるらしく、少し大きめの扉を開けようとした時、天狐の肩を後ろからたたくものがおった。
天狐が振り向くと後ろにいたのは、これから婚活パーティーに参加するために目の前の女性に気を使った男性、ではなくスタッフという軽い感じの名札を首から下げているスタンダードなスーツを着た男性だった。
「君、明らかに未成年ですよね」
上記は、天狐がスタッフに言われた言葉だった。
天狐の姿は頑張れば二十歳に見える。見えてしまう。若い。今回はそれが敗因だった。
番を探す前に退場させられた狐。
スーパーに入ろうとして警備員に追い出された野良猫のようだった。
もし天狐がそのままの見た目で参加した違和感がないのは野外街中で行われる結婚活動だろう。通称街コン。
しかしながら今回の会場に集まっている女性は皆三十歳を超えている。それで駄目だった。
たかが十歳はされど十歳なのである。枯れかけの花の群生の中に一輪の活力溢れる花があったらどうあがいても目立ってしまう。それでも天狐は千歳を超えている。
だから天狐は「わしはとっくに成体なのじゃ」と食い下がったら、警備員を呼ばれてホテルから追い出された。
会場となったホテルの最上階には極上の料理を提供する食堂があるのだが、ホテル前で警備員が目を光らしている為、再度ホテルに入ることが出来ない。
まだ陽が落ちて数分なので天狐は商店街の大衆食堂で夕餉を取ろうと歩を進めた。
生憎だが電車に乗る気分ではなかった。
何も悪くないのに、何が悪かったのか自問自答しながら俯き歩いていると天狐に話しかける者たちがいた。若い男衆だ。
「ねえねえお姉さん暇?」「飲みに行かない?」「人が足りてなくてさ」と次々に軽い言葉を彼女に向かって投げ告げるが、天狐には眼中にない。
無視を決め続ける天狐に対しての言葉がどんどんととげとげしくなっていく。
普通なら路地に曲がり歩みを早めに撒いてしまうのだが、天狐は婚活に門前払いされたようで不快で神経が高ぶっていた。そして男の一人が吐いた「だから結婚できないんだろ」という言葉が癪に障った。だから路地を曲がった後に男たちを待ち構えていた。