クロノスゲート 3話
たっぷりと挑発してやると、ミゲルは沸点に達したようだ。取り巻き連中の手前もあると、引くに引けないってこともあるだろうが、まぁとりあえず受けてくれるようだ。
「いいぜ。だが、お前が何をくれる?」
あんまり考えていなかったが、確かにコストは必要か。
俺は自分のデッキを次々にめくってカードを確認する。そのなかで出てきたウルトラレアカード。凛々しい顔つきの女騎士。まるで燃えるような髪を振りまいた『赤髪騎士アリア』を指に挟む。
「負けたら俺の『赤髪騎士アリア』をやるよ」
「……へ、さっさと準備しやがれ」
俺の示すカードを見ると、そう言ってミゲルが振り返る。そしてゆっくりと距離を取る。逃げるわけではないのは明らかだった。このカードの価値はここでも一緒のようだ。
「お、おい。お前、クロノスゲートをちゃんと知ってるのか?」
バトルへの気持ちの昂りを感じていると、エレーナが口を挟んできた。あたふたと焦っている様子がよく分かる。
「記憶はないけど、こいつは死ぬほどやり込んだので多少は……」
「バカ。お前は相手を分かっていない。この学校は3000人の生徒がいるんだ。その中でも奴は、序列8位の実力者なんだぞ」
3000人中の8番目なら大したことないな。
「だ、ダメ!?」
突然、俺の腕が引かれた。驚いたものの、見ればカードを奪われた小柄な少女だった。
「ミゲルは本当に、本当に強いから。あなたのレアカードまで奪われるわけには……」
打って変わって少女の印象が変わる。大人しいだけの震える子供が、はっきりとその気持ちを訴える。
「……何だよ、はっきり喋れるんじゃねぇか」
「っ……。でも……」
「お前は、自分のカードを取り返したのか。取り返したくないのか。どっちなんだよ」
「……え?」
「お前のカードだろ? 大事にしてたカードじゃねえのか。簡単に奪われちまっていいのかってきいてんだよ」
記憶の片鱗。真っ白い部屋で、真っ白い空間で、真っ白いベッドの上で、クロノスゲートのカードが並べられていた。
「くっそー勝てない」
「でも大分上達したんじゃない? 魂がこもってる」
「……何だよそれ」
「君のために、君のカードが応えるんのよ。オーラというべきかな。そんな力強さを感じるよ」
「スピリチュアルな話?」
「そうかもね。でも、大事にしてるカードほど、魂ってのがこもってる。私はそんな気がする」
頭の隅に追いやられた記憶だが、その言葉だけはしっかり刻まれている。白い髪の少女は衝撃を受けたように瞳を開き、口を固く結ぶ。
「私の、私の大事なカードだもん。取り返したいよ」
「よく言った。俺に任せろ」
「待て、貴様は本当に奴の強さを分かっていない。今からでも……」
「もうおせぇ! 時の魔法陣は展開させた。勝負からは降りられねぇ。降りるというならてめぇの負けだぜ。銀髪」
「ぐっ……」
エレーナは歯噛みする。遅かったかと言いたげである。だが待て。俺は勝つ気十分なんだけどな。何だか調子が狂ってしまうが、勝てばいいだろう。 改めて見据えると、距離を取ったミゲルは何やら青い光を放っていた。
「え?」
クロノスゲートをやるのは構わないが、何で人の体から光を発してるんだよ。深海魚じゃあるまいし。一体何が起こったんだ。
「ちょっ、タイム」
「あ?」
ミゲルが威嚇するような反応を示すが、そんなことを知らねぇ。
「え、何で光ってんの?」
俺はエレーナと少女に問い掛ける。分からないことはまず聞いてみるのが性分だ。
「え……、あの……知らないんですか?」
きょとんした少女に逆に訊かれてしまう。
「いや、クロノスゲートは知ってるが、何で光ってるのかが知りたい」
「魔法です」
そうか。魔法か。
あっさりと言いのけられてしまう。
さすがに記憶が抜けているとはいえ、魔法なんかファンタジーの産物で使えないはずなんだが、俺がおかしいのだろうか。
「ま、まさか初心者なのか」
「いやクロノスゲートは熟練のはずですが、魔法はそうかもしれません」
普通そうだろうよ。
「まさか魔法を使ったことはなくクロノスゲートはやっていたと? そんな奴が世の中にいたのか」
おいおいどんだけの言われようだよ。
「勝負はもう始まってしまった。とりあえず念じろ。魔法はそれで使えるはずだ」
「めっちゃ簡単に言ってくれるな。こうか?」
おぉ、出来た。やってみるもんだな。俺の腕、そしてカードが翠色の光を放っていた。
「怖気付いたわけじゃねぇのか」
「んなわけあるか。やろうぜ」
「「クロノスゲート、オープン!?」」
掛け声とともに目の前にテーブルが出現する。光で構築されたテーブルだ。カードが置ける配置で区分けしており、クロノスゲートのルール通りの配置となっている。手持ちのデッキはテーブルのデッキゾーンにて積まれた。これならいつも通りにやれそうだ。
「俺の先行だ。ドロー」
デッキは最大30枚。初期の手札は5枚。ライフは5000。基本的にはデッキが引けなくなるか、ライフを失えば負けだ。カードの種類はモンスターカード、クロノスカード、マジックカード、ジョーカーカードの四種類。
これも魔法の力というべきか。要となるデッキに5枚まで入れられるジョーカーのカードが、ルール通りフィールドの中央あたりで、裏表示にて自動で2枚配置されていた。
「俺は呪われたフランス人形を召喚。ターンエンドだ」
ミゲルがカードを繰り出すと、それに応じて目の前にカードと同じビジュアルの恐々しいフランス人形が出現する。ひび割れた顔。煤で汚れた服。痛んだ金髪が怒気を示すような迫力を示す。大きさは人間の半分くらいの大きさで、人形にしてはデカいくらいだが、不気味なことこの上ない。
おいおい、これも魔法って奴か。内心ビビりつつも、誰も騒がないところを見るとこれが正常なようだ。
1ターン目において先行側は攻撃できない。ルールもやはり俺の知っているクロノスゲートで間違いなさそうだ。
呪われたフランス人形。戦闘力1650。体力2の初手に出すには中堅のカード。きついのはモンスターよりも相手の場にも伏せられているジョーカー2枚。この時点で攻めにくい。
「俺のターン。ドロー」