クロノスゲート 10話
自分が今いるのはよくある保健室に過ぎない。実際に目にするだけでは分からない世界に、身を於いていることをどこか実感出来ずにいる。
「さっきのバトルをみれば、お前も確かに腕は立つのだろう。だが、もっと強い奴はゴロゴロいる……お前はデッキの登録ができていないから、最底辺のランクから始めなくては……」
「くっくっく……」
「どうした?」
エレーナが尋ねる。肩を震わせ、俺は歓喜に満ち溢れた。
「面白いじゃねぇか。ようするに、クロノスゲートで勝てばいいってことだろ」
(何より先に嬉しさがくるか……だが……)
「そ、そんなの無理です。確かに貴方は強かったと思います。でも、先ほど戦ったミゲルよりも強い人たちがいるんです」
身を乗り出して訴えるライカは、訴えるように声を張り上げる。一体何をそんなに慌てる必要があるのな分からない。
「つっても、カードバトルをするだけだろ?」
「ミゲルはここでも上位ランクを維持していました。それを見ず知らずの貴方が打ち負かしたんです。シュヴェルトの人たちが黙ってませんよ!」
また新しい言葉が出てきた。シュヴェルトって何だよ。
「シュヴェルト‥…直訳すると剣です。この学園都市エーデルシュタインを統括する人たちです」
「お、おぉそうか」
感情が昂っているのか。興奮しているのか。ライカは俺に攻め寄るようにして訴える。その勢いに押されて、俺はベッドにてバランスを崩してしまう。
見ようによっては、俺がベッドの上でライカに襲われてしまってると、誤解を受けてもおかしくないくらいの近さと体勢である。
「はっ、す、すいません」
今自分がどういうことをしているのか気付いたのか。我に帰ったライカは、顔をトマトのように赤くして距離を取る。打って変わって今度はベッドの上で、お行儀よく正座になってみせた。
「いや……大丈夫だ」
むしろありがとうと思っておこう。
「危うく私の仕事が増えるところだったな。まさか目の前で不純異性交遊が始まるのかとヒヤヒヤだったぞ」
そのわりには全く止めなかったけどな。
「まぁ、ライカの言う通りではある。出る杭は打たれるだろうな。それに、ミゲルを倒したお前のデッキ、レアカードを狙ってくる輩もいることだろう」
「勝てばいいんだろ」
「正攻法で来るとも限らんがな」
「いっ!?」
さすがに勝負なら請け負うが、俺のカードを奪われるのはシャレにならんぞ。
「ここは学校だろ。学園都市なんだろ。そんな強奪が許されてるのか?」
「当然許されてなどいない。だが、ルールを度外視する奴は少なからずいるということだ」
他人事だと思ってか、エレーナはニヤッと口角を上げる。気のせいか、タイミングよく眼鏡が反射されたことと、白衣を羽織っていることも相まって、何処ぞのマッドサイエンティストがそこにいた。
「誰がマッドサイエンティストだ」
聞こえてしまったようだ。
「ったく……。ふざけるのは構わないが、そう悠長にもしてられないぞ?」
「は? どういう意味だ?」
「じきに分かる。お前はデッキの登録もできていない。いわばこの学園の部外者というわけだ。その部外者が、学園きっての……まぁ生徒を倒してしまった。いわば暴行を働いたようなものだ」
カードバトルでぶっ飛ばしただけだろうに。暴行とはまた物騒な物言いだな。エレーナは俺に心中など構わず続ける。
「暴行って先生……」
「言い方に悪意しか感じないな」
「これでも精一杯の悪意を込めてしゃべっているからな」
上から見下ろすように、エレーナはニヤニヤと微笑を零す。何をそんなに面白がっているのか。腕を組んだ状態で、右手で口元を覆う。まさに笑いを堪える姿と言えよう。
「カードどころか、まずお前は身柄を狙われるぞ?」
「なっ!?」
その時、窓ガラスをブチ破り、保健室に何かが転がり込む。
「な、何だ?」
硝子をパラパラと撒き散らし、パキパキと踏みしめながら黒い影がゆらりと動く。
「ミゲルを倒した奴がいるって本当か?」
トゲトゲの茶髪。顔には大きな切り傷を残しつつ、そいつはミリタリーな軍服で現れた。
「どいつだ?」
「俺だよ……ってか、おい、頭から血が出てるぞ」
「ぬわっ! 頭から盛大に血がっ! 包帯を貸してくれ」
「勿体ないから断る」
即答で断ったぞ。この保健教諭!?
「ならば仕方ない。まぁバトルしてたらそのうち止まるだろ」
と、頭から血をピューと吹き出しながら笑みを浮かべる闖入者。血だらけで笑うな。絵面が超こえーわ。
「軽すぎるだろ。とりあえず待つからその血を止めて……」
「心配無用。雑魚相手にそこまでせんでも問題ない」
「誰が雑魚だ。いきなり窓からぶちかましてきたと思ったら、暴言までかましてきやがって、俺はお前の心配をしてやってるんだぞ」
いきなりなんだこのサバゲーオタクは。
「だから心配無用と言っている。このエーデルシュタインに侵入した敵め。俺が貴様の身柄を拘束する」
ダイナミックに登場したと思ったらこいつが刺客かよ。身なりと合っておらず、ホルスターから抜いたのは銃……ではなく、クロノスゲートのデッキだった。
「とりあえず、戦えばいいってことか……」
「カイさん。とりあえず事務室に向かえば、デッキを登録することができるはずです。それまではこの人みたいに刺客がうじゃうじゃやってくると思います」
「マジかよ」
確かに俺は記憶もないし、得体の知れない奴だけどよ。弁明の機会も与えず、問答無用にバトルをしかけて拘束しようなんてやり方のほうがよっぽど暴力的だろ。
まぁそんな愚痴を零しても仕方ないか。つくづくクロノスゲートで物申すことができる世界に来られて良かったよ。
「クロノスゲートだったら、負けねぇからよ」
あいつ以外には負ける気がしねぇからな。
「クロノスゲート! オープン!?」




