プロローグ
決まってこの部屋で俺は遊んでいた。
白い部屋で色も何もない。かつては、俺自身もそうだったと思う。
「これでどうだっ!」
力強く叩き付けるようにして強力なカードを見せつける。それでも、彼女はふふっと涼しげに微笑んだ。
「この土壇場でこれを出すなんてすごいわね」
「俺の勝ちだな」
形成逆転のカード。この窮地を脱する方法なんてあるわけがない。俺は子供ながらに勝ちを確信した。得意気に白い歯を見せてドヤ顔をかます。
「それじゃあ仕方ない。私はこれを出すわね」
出してきたのは『冥界の扉』。葬ったはずのモンスターを蘇生させるカード。いやそればかりか、レベルアップさせて強化も付け加える超レアカードだ。
「これで私の黒帝王グランシャトーが蘇る。グランシャトーが攻撃をして私の勝ちね」
「……ぐ、くっそ、また負けた―」
俺は背中から仰向けに転がった。あともう少しで勝てたのに。これで何敗目だっけ。数えきれないくらいの連敗だった。同年代の女の子に勝てないなんて。素直に悔しい。
「これで私の三百三十二勝だね」
きちんと数えている彼女は律儀な性格だった。めんどくさがりな俺には出来ない芸当ではあるけど、それを余裕たっぷりに言われてしまうとおちょくられているように感じてしまう。
「俺そんなに負けたのかよ。才能ねーのかな」
「はぁ? 何言ってんのよ。クロノス覚えてまだ二か月ほどでしょ。逆に才能あると思う」
「……あっそ」
俺はぶっきらぼうに答えてしまう。
「可愛くないわね」
「可愛なくていいんだよ」
信じられないなんてことはない。確かに俺はまだこのカードゲームを覚えたえだが、こいつが異常に強いってことはよく分かる。けど、いくら才能があろうが勝てないなら意味なんかない。勝ってこそ意味があるんだ。
「……それなら。あなたにこれあげるわ」
「は?」
彼女は突拍子もなくそんなことを口にした。俺は起き上がって彼女が手にしたカードへと注目する。そして不意を突かれた。
「おまっ、これ、お前の……」
以前騙されてクソカードを渡されたことがあった。今回も同じようなもんかと思った手前、彼女が示していたのは、今回のバトルに出て来ることはなかったものの、彼女の相棒とも言えるカードだった。
「うん。灰くんに持っていてほしいんだ。言ってなかったけど、私病院を移ることになっちゃって……」
「は? そんなこと聞いてないぞ」
「今言ったよ。それにまた会えるよ」
彼女は何でもないかのように笑みを浮かべる。俺だけが戸惑っているようだ。つまらない入院生活のなかで気の合った友達……だったから。
「私ね。これでもっと強くなる。それで、それでね。……私、お願いがあるの……。その……灰くんもね……」
歯切れの悪いたどたどしさが珍しかった。顔を俯かせて言いにくそうにしていることは確かだ。なら、俺が悟ってやるべきだろう。
「分かったよ。こいつで、俺もめちゃくちゃ強くなっとく。それで、その時こそお前に勝つ。それでいいんだな?」
「……」
「な、なんだ。何か間違ってたか?」
「……ううん、間違ってないけど。そうだね。今は、それでいいかな。約束だよ」
「あぁ約束だ」
そう言って指切りをした。
そして俺は、このカードを譲り受けたんだ。