97話
「翔子ちゃん、もしかして今安心してる? 」
「…… へ? 」
何を言い出すの? この人。
「…… ははーん、そういうことか 」
ミナミは私と光ちゃんの顔を見比べ、おもむろに光ちゃんの首に腕を回した。
「は………… はいー!? 」
ミナミは突然光ちゃんとキスをした。 それも私の目の前で。 しかもただ唇を重ねるだけじゃなく、その…… 濃厚なやつを!
「な…… なな…… 何してるのー!! 」
「ふぉぉ! ミナミ! 何をするのだ!! 」
ビックリしたのはアルベルト卿も同じだったようだ。 光ちゃんは呆気に取られ、目を見開いてミナミにされるがままだ。
「んふ、冥土の土産 」
プツン
ニヤっと私に振り向いたミナミの顔に、私の中の何かが切れた。
冥土の土産? 冗談じゃない。 ミナミといいステラって女といい…… 私だってまだキスしたことないのに!!
「後は任せたわ、ヒカル君 」
「へ? 俺? 」
二人が何かを相談してたが、そんなのはどうでもよかった。 光ちゃんも何で拒まないのよ! あんなとろけただらしない顔しちゃって!!
「こんのぉ…… いい加減離れろぉーー!! 」
「翔子、お前その目…… おぶっ! 」
思いっきり光ちゃんの左頬に右フックをお見舞いする。 もんどりうって浮翔石の前まで吹っ飛んだ光ちゃんだったが、胸にはまだミナミを抱えたまま。 器用に体を捻ってミナミをしっかり守っていた。
「ばっ! 俺じゃねーよ! 」
「うるさい! つべこべ言わないでそこに直れ! 」
拳を握り締め、光ちゃんの鼻っ面目掛けて拳を繰り出す。 目の前からフッと光ちゃんが消えたように見えたが、スローモーションで動くその姿は上に飛んでいる。 力任せに繰り出した拳は勢いが止まらず、そのまま浮翔石を殴る。 当たる寸前、そこに数センチメートルの亀裂が入っていることに気付いた。
これ、私が指で触った時の?
バチィ!
浮翔石を殴った瞬間、電気がショートしたように拳が弾かれた。 同時に誰かの感情が私の頭の中に入ってくる。
イタイ…… タスケテ……
クヤシイ…… ニクイ……
イヤシイ…… クルシイ……
一人のものじゃない。 とても多くの人の感情…… その中でも一際大きな声。
オマエハイラヌ!
以前に聞いたあの声だった。
「うるさい! 今それどころじゃないんだ、私の中に入ってくんな!! 」
ムカついて思いっきり叫ぶと、ピシッと固いものが割れる音がした。 複数の声はその後聞こえなくなり、真っ暗な空間が私の周りを包む。
なんだかフワフワと宙に浮いている気分。 あ…… 浮翔石に弾かれて気絶してるんだ、私。
…… コ……
何よ、まだ声が聞こえてくる。 うるさいなぁ……
シ…… ウコ……
ほっといてよ! 別に光ちゃんが誰とキスしようが関係ないし。
「翔子!! 目を開けろ翔子!! 」
「…… んー、もうちょっとだけ…… 」
「…… 寝ぼけんなよ。 起きろ翔子 」
頬をパンパンと叩かれた。 痛い、痛いってば! 目を開けると涙ぐんでる光ちゃんが目の前にいる。 すぐに光ちゃんの両頬を掴み、グイっと捻り上げた。
「いひゃいいひゃい…… 」
「アンタが誰とチューしようが関係ないけどね、ミナミとチューしてニヤけてんじゃないわよバカ! 」
「ほレのへいじゃねーほ…… 」
困った顔の光ちゃん、なんか久々にこんな間近で見るような気がする。
「それよりなんなの? この揺れ 」
縦穴全体が小刻みに震えてる。 周りを見るとアルベルト卿やレベッカさん、通路の入口には武器を手にしたギルド兵士達までが集まっていた。 誰もが戦闘を止め辺りを見回している。
「王城が落下しています! 墜落予想地点はレーンバード北部! 」
駆け込んできた衛兵が叫んだ。 ざわざわと騒ぎ始めるギルド兵士達は、絶望して下を向いたり、あたふたと動き回ったり。
「狼狽えるな! まだ時間はある、全員城外へ待避するのだ! 」
アルベルト卿はギルド兵士達に指示を出した。 ギルド兵士達は武器を構えるが、『馬鹿者!』とアルベルト卿は一喝する。
「争っている場合ではない! 動ける者は負傷者の救助に迎え! 名誉ある王国ギルドが、息のある者を見殺しにするな! 城外ならば崩れる城に生き埋めになることはない! 」
ギルド兵士達は警戒しながらも一人、また一人と縦穴から去っていく。
「我々も参りましょう、立てますか? 」
駆け寄ってきたレベッカさんが手を差し伸べてくれた。 その手を取ろうと右手を出すと、皮膚が破れ血まみれになっていた。 浮翔石を見ると、私が殴ったと思われる場所には無数の亀裂が入り、うっすらと輝いていた中心部分は透き通ることなく真っ黒になっていた。
「これ、私が? 」
ミナミと光ちゃんを交互に見ると、二人は同時に頷いていた。 私にしてみれば、ムカつく光ちゃんの鼻っ面を殴り損ねて自爆しただけ。 たったそれだけで? っいうくらい自覚はない。
「お早く。 ここも壁に亀裂が入り始めてます 」
私はレベッカさんに手を引かれ、ミナミを抱き上げた光ちゃんが後に続く。 全員が縦穴を出ると、天井の鏡が浮翔石の上に落ちて派手な破裂音を立てて砕け散った。 薄暗い通路を抜ける最中、足元を掬われるような地震が二回…… 確実にこのファーランド王城は崩れ始めていた。
通路をなんとか進み、破壊された扉をすり抜ける。 胸を矢に射られ動かなくなったアルベルトの部下、首を斬られ血溜まりに突っ伏したシリウスの兵士、そして私が斬り殺したギルドの弓兵。 数多くの戦死者が床に倒れ、壁にもたれ掛かり、進軍の邪魔だったのか通路の隅に寄せられていた。
「ごめんなさい…… 」
やりようによっては、こんなに死者を出さずに済んだかもしれない。 この中にもきっと帰りを待っている人達がいるんだと思うと、やりきれなくて涙が出てきた。
「気持ちは分かります。 だからこそ我々はこの者達の分を背負って生きねばなりません 」
シリウスがそう言って背中を押してくれた。 その手には、亡くなった部下の短剣が何本か握られていた。
大広間を抜けて正門に出ると、中庭は大勢のギルド兵士で埋め尽くされていた。 測量兵だろうか、見張り台から双眼鏡を覗いて何かを叫んでいる。
「落下スピードが速すぎます! このままではレーンバードの上に…… 」
「やむを得まい、我々にはどうすることも出来ん 」
アルベルト卿に指示を求めに来たギルド兵士が青い顔で項垂れていた。 私は中庭の突端に走り、欄干から身を乗り出して下を見る。 レーンバードの中心部は越えている…… なにやら町の中心から騎兵が人々を追い立てているのか避難させているのか騒がしい様子だった。
「あの服、キール卿の私兵さんだ! 」
王城の動きを読んで先回りしてくれたんだ。 だとしたら町の人を避難させている! と思いたい。
キー
その鳴き声に空を仰ぐと、ガルーダの群れが王城を先導するように上空を飛んでいた。 あの子も無事だった、よかった…… と思ったその時だった。
ドォン ドォン
王城の壁が激しい砂煙をあげる。
「なんだ!? 」
「アルベルト様、あれを! 」
レベッカさんが指差した頭上を見ると、真っ白な胴体の飛行船が一隻。 そこから伸びたワイヤーが王城に食い込んでいた。
「ひ…… 行船だよね、あれ 」
「ローレシアのメレア公主だ。 まさかあれで引っ張るつもりか? 」
うそ…… この世界に飛行船なんてあるの?
ー ヒカル! アンカーを固定しなさい! 少しでも落下位置をずらして被害を減らすわよ! ー
スピーカーから若い女性の声が聞こえてきた。 まさか科学の力がこんなところにあるなんて…… 光ちゃんはすぐさまアンカーの着弾点に走り、ワイヤーを柱に結び付けてアンカーを持つ。 それを見たアルベルト卿が叫んだ。
「ギルドの兵士らよ、彼のようにあのロープを固定するのだ! 他国の助力を受け取った以上、我々はそれに応えねばならん! 」
ギルド兵士達は左右に別れてワイヤーへと向かう。 敵味方なんてもう関係ない…… みんな国を守りたい気持ちは一緒なんだと思わされる。
「私達も行こう、レベッカさん! 」
『ハイ!』と答えたレベッカさんと共に、私は人数の少ないアンカーの方へと走った。




