96話
翔…… 起きろ翔子……
んー…… あと5分だけ……
しゃーないな、俺が起こしてやるよ……
え…… いや 光ちゃん ダメだよ そこは……
そんな夢で目が覚めた。 恥ずかしい…… 私、光ちゃんに何を期待してるんだろう。 隣では本條さんが気持ち良さそうに寝息を立てている。 いつの間にか背中向けちゃってるけど。
時計を見ると午前2時を少し回ったくらい…… なんとなく目が冴えちゃって、私はベランダに出てきた。 夜風が冷たいが、火照った顔には気持ちいい。 見下ろす街並みは街灯の明かりで照らされ、夜中でもこちらはこんなに明るかったんだと改めて思う。 久々にあんな夢見た…… なんとなく光ちゃんの声が聞こえたような気がするが、そんなわけがない。
「ミナミ、聞こえる? 」
体の奥に集中してミナミを呼んでみるが、やはり返事はない。 私にリンクのスキルはないし、こちらから連絡を取る手段なんて思いつかなかった。
お前の血は要らぬ
あの時確かにそう聞こえて、私は転送の光に包まれた。 考えにくいことだが、もし浮翔石自体に意思があって私をこちらに追い返したのだとしたら、どうやってミナミはその転送先をピンポイントで特定出来たんだんだろう…… いや、特定出来たんじゃなくて狙わせたんだ、きっと。
「リンクで繋がってればそうできるのかな…… 」
色々と分からないが、多分そういうことなんだと思う。 だとすれば、ミナミとリンクしている時にミナミがあの光に包まれれば私はまたイシュタルに行けるかも…… いや、帰れると言うべきか。
「もう私は日本人じゃないんだもんな…… 」
どういうわけか、この世界に私が存在してた記録が一切なくなってしまった。 ミナミも同じだったと本條さんから聞いた。 仮説でしかないが、本来私はこちらの人間ではなかったのかもしれない。 イシュタルにはミナミの活躍した記録が残っていたのだから、転送されたからといってその世界から抹消されるわけじゃない。 あの浮翔石が発する光は、何かの事情でこちらに生まれてしまったイシュタル人を呼び戻す光だったんじゃないだろうか。 そう考えればなんとなくつじつまが合うような気がした。
「…… さむ…… 」
部屋に戻ろうとした時、体の奥が熱くなるのを感じた。 この感じ!
「ミナミ! ミナミ! 」
返事は聞こえない。 でも間違いない感覚に、夜中にも拘わらず大声でミナミの名前を叫んだ。
「ミナミ! お願い返事して! 」
「どうしたの翔子ちゃん!? 」
飛び起きてきた本條さんが肩を支えてくれる。 胸を押さえ、目を閉じて力の限りミナミの名前を叫び続けた。
フワッと底が抜ける感覚…… 目を開けると辺りは一面金色だった。 やがて聞こえてくるあの声。
「翔子ー!! 」
「え? 光ちゃん!? 」
物凄い速さで近づいてくる影に、私は必死に手を伸ばす。 ミナミの手は掴めなかった…… 今度は絶対捕まえる! 絶対離さない!
「光ちゃん!! 」
一瞬で通り過ぎる手をガッチリと捕まえた。 腕が千切れそうに痛い! でもこの手だけは絶対離すもんか!!
「翔子! 」
光の中で光ちゃんの姿を捉えた。 痛いくらい私の手を握り、その胸にはミナミが抱かれて…… え? ミナミ?
フッと現れた景色はあの縦穴の天井付近だった。
「え? え! ちょっと! いやー!! 」
重力に任せて私達は浮翔石目掛けて落ちていく。
「何でこんなことになってるのよー!? 」
「俺だって知らねーよ! そんなことより翔子、アレ叩き割るぞ! 」
アレ? 光ちゃんの目線を追いかけると、真下に見える浮翔石のことを言ってるのだと分かった。
「叩き割るって、アンタのバカ力があるでしょ!? 」
「力じゃ割れねぇんだよ! それでもなんとかしなきゃなんねぇんだ! 」
私の手を握る手の甲はボロボロだった。 皮が剥けて血だらけで、顔にも切り傷が出来て、口元にも血が滲んで……
「あなたならなんとかなるかもしれない 」
そう言ったのはミナミだった。 やつれたように見えるのは、背中一面に付いたおびただしい血で想像がついた。
「ミナミ、その傷…… 」
「私の事は後よ。 浮翔石を止めて! 」
光ちゃんは私を上に放り投げる。 私の落下スピードを上手く相殺し、自分達もまた壁を蹴って着地していた。 私もこの高さならスキルを発動させれば着地など容易…… あれ?
「きゃう!! 」
足から着地したはいいが、勢いをうまく殺せずお尻を強打してしまった。 あれ? あれぇ……
「大丈夫か翔子! 」
すぐに光ちゃんが駆け寄って怪我の具合を聞いてきたが、問題はそこじゃない。
「…… スキル、使えなくなっちゃった 」
「…… スキル? 何の事だよ? 」
そっか、光ちゃんは私がミナミと同じタイムストップを使える事を知らないんだっけ。
「タイムストップよ! 全てがスローモーションになって、全身に力がみなぎるの! 髪だってこう、赤くなって…… 」
思わず光ちゃんに抱かれるミナミを見る。
「ミナミ、私にリンクしてよ! 私を使って! 」
「無理よ…… リンクできる余裕なんてないもの…… 」
傷が痛むのか、顔をしかめてミナミは言う。
「そんな…… どうしよう…… 」
急に足が震えてきた。 スキルが使えないのなら、私はただの光奴…… 浮翔石を止めろとか壊せと言われたってどうすればいいのかわからないよ。
「落ち着いて翔子ちゃん。 気を張り詰めてお腹の中に集中するの。 私と同じならそうやってスキルを使うわ 」
今にもミナミは崩れ落ちてしまいそうな様子だったが、私を見つめる深紅の目は力強い。
「ショーコ! おぉ? ヒカル! 無事だったか! 」
振り向くと、ぼろ雑巾のような女性を背負ったアルベルト卿が片足を引き摺りながら縦穴に入ってきた。
「アルベルト卿! その人は? 」
「アベルコだ。 シリウスらに無事助けられたんだがな…… 」
アルベルト卿は言い淀む。 まさか助からないとか?
「君達だけでも離脱しなさい。 やはりこの兵力では無理があったようだ 」
「え…… 」
「レベッカらが踏ん張っているが、そう長くは耐えられまい。 君には神鳥の翼があるのだ、外へ逃れられればキールが待っている 」
「そんな! 」
私達だけ脱出? そんなことできるわけない。 私のせいだ…… どうしよう、どうしようどうしよう!?
固く握り締める私の手に、スッとミナミの白い手が重なった。
「翔子ちゃん、もしかして…… 」




