93話
オマエノチモイラヌ
ダメよ 貴方達の時代はもう終わったの
ジャマヲスルナ! シロヲオトシテハナラン!!
いいえ! 本来の場所に戻るべきなのよ だからあの時、貴方は私を呼んだのでしょう? ハンス・フォン・ファーランド
「浮翔石には近づけさせるな! なんとしてもここを死守するのだ! 」
ファーランド王城の大広間から、浮翔石が鎮座する縦穴に続く通路。 アルベルトの騎馬隊とシリウスらはその薄暗い通路まで追い込まれていた。
王城の底が地上と接触し、その振動で騎馬隊が馬上から振り落とされたのをきっかけに形勢が逆転してしまったのだった。
残った兵士はアルベルトとシリウスを含めて13名。 対する王城のギルド兵士は70名を超え、数で圧倒的に不利なアルベルト勢はやむなく通路まで撤退せざるを得なかったのだ。 破壊された開き戸の片方を防御壁にし、特攻してくるギルド兵士は切り伏せ、射られる矢はギルド兵士の亡骸で堤を作って防ぐ。 倒れたギルド兵士の武器を回収し、亡骸に刺さった矢を引き抜いて応戦するも、戦局は確実にアルベルト勢の消耗戦になっていた。
「…… 動き始めたか? 」
「はい、ゆっくりではありますが。 持ち堪えられるでしょうか…… 」
「今我々に出来ることはそれだけだ。 後はミナミに任せるしかない 」
アルベルトとレベッカは、通路の暗闇の奥に輝く浮翔石を見る。 その浮翔石の前には、瞬きもせずじっと浮翔石を見つめるミナミの姿があった。 鮮やかな赤髪、深紅の瞳。 浮翔石とリンクしているミナミは微動だにしない。
浮翔石には吸われた光奴の精神が封じられているのだ
そうアルベルトに言ったのは、自力では歩けないほど衰弱したアベルコだった。 シリウスが地下牢の最奥でアベルコを発見した時には、アベルコは後ろ手に手枷をされ、鉄の鎖で両足を壁に繋がれている状態だった。 目は虚ろで顔のあちこちには殴られたアザがあり、口元には乾いた血の跡。 シリウスは牢の中に充満する血の臭いにむせ返りながらも、アベルコを背負ってアルベルトと合流したのだった。
「せっかくの美人が台無しだな 」
アルベルトは、壁に背中を預けて薄ら目のアベルコに苦笑する。 アベルコはアルベルトにゆっくりと目線を向け、力なく笑った。
「…… 私の容姿などどうでもいい。 なぜここへ来た…… 」
「ファーランドを正常に戻すその時が来た、ということなのだろうな 」
「…… 訳が分からん 」
軽くせき込みながらアベルコは笑う。
急死した父の後を継いでアベルコ・シャトーレンは17歳という若さでマウンベイラの領主になった。 タンドールの宝玉と言われたアベルコは、その美しい容姿とは裏腹に気性が荒く、王都や他領主とはあまり馬が合わなかった。
だがマウンベイラを想う心は父カロール・シャトーレンよりも強く、時には民の為ならと武力を行使することも厭わなかった。
そんなアベルコが王都に捕らわれることになったのが、4年前の光奴の暴動が発端だった。 ギルドによってマウンベイラから引きずられるように光奴が連れて行かれたことを知ったアベルコは、すぐさま護衛の兵と共に王都へ抗議した。 力ずくでもマウンベイラの民を連れ戻そうとしたアベルコは、反逆の罪で拘束されてしまう。
それでも当初は牢屋ではなく、ファーランド王城の一室に軟禁というもので、アベルコは逃げ出そうと思えばいつでも逃げ出せる状態だった。 だがバルドルは、普段から王都に立てつくことが多かったアベルコを抑え込むため、逃亡すればマウンベイラ全てを反逆とみなし全軍を率いて掃討する、とマウンベイラの民を人質に取ったのだ。 更には、事実を語れば同様にするとアベルコを脅し、領主が戻らないことを不審に思う民にアベルコ自身に対応させて暴動を押さえたのだった。
なんということを……
軟禁されてから1年が過ぎ、城内でアベルコが見たものは、浮翔石が光奴の血を浴びて光り輝く惨状だった。 肉体をも吸収し、残るのは着用していた衣服だけ。 これがファーランド王城の浮遊の秘密だと知ったアベルコは、それから地下牢の最奥に幽閉されることになったのだった。
「皆は…… マウンベイラはどうなっている? 」
「お前の帰りを信じて、有能な貴族らがしっかりと支えていた。 心配するな 」
『そうか』とアベルコは静かに目を閉じる。
「よく無事で生きていてくれた 」
「何が無事なものか。 実験体として光の民の血を飲まされ、死肉を無理やり食わされた。 何度自害しようとしたか数え切れん 」
「実験…… だと? 」
アルベルトは目を見開いてアベルコを見る。 目を閉じたままアベルコは静かに口を開いた。
「光の民のスキルを我が物に…… そう考えたのだろう。 バルドルはスキルを羨ましがってい…… うっ! 」
横になってゲホゲホとむせるアベルコの背中をアルベルトは擦る。
「話は後で聞く。 今は生き延び、ここから逃げなければな 」
アルベルトは扉の陰で応戦している部下達に目を向けた。 残った兵力は半分…… レベッカだけでなく、アルベルトもまた右足に矢を受けて、満足に歩ける状態ではなかった。
「アルベルト様、奥へ移動してください。 ここは我々が死守します 」
そう言ってきたのはシリウスだった。
「アベルコ様を…… どうか我が領主をよろしくお願いします 」
「ならんな。 そんな死を受け入れたようなお前の戯言など、このじゃじゃ馬が許すと思うか? 」
「ですが! このお方には生きて欲しいのです! このお方には…… 」
「マウンベイラの民が待っている、と言いたいのだろう? 俺だってシエスタの民が待っている。 そんなことは百も承知だ。 だが部下を盾にして逃げる性根は、俺もこのじゃじゃ馬も持ち合わせてはいない 」
『その通り!』とシリウスの後ろから声を掛けたのは、レベッカに肩を貸したミナミだった。
「浮翔石はレーンバードに向かって動き出したわ。 後は私達が全員生きてここから出る事、それだけよ 」
レベッカを肩から降ろし、ミナミは転がっていた長剣を手にする。
「レーンバード? なぜレーンバードなのだ? 」
「元々この王城はレーンバードの北、ローレシア公国との国境のあの窪みにあったのよ。 それをハンス王が、自らの命と引き換えにこの城を動かした。 だから戻すの 」
「わかっている! わかっているが…… ミナミ、なぜお前がそれを知っている!? 」
「浮翔石の中でハンス王が生きていた、といった方がわかりやすいかしら? 私のスキルで彼と繋がる事が出来た…… ファーランドを託すと、彼から言伝を預かったわ 」
その場の誰もがミナミに視線を向けて呆けていた。 ミナミは柔らかく微笑んで長剣についた露を払う。
「少し足止めしてくるわ。 もう三十路近いから昔みたいに立ち回れるか分からないけど 」
そう言い残してミナミは扉をすり抜けていった。
「ミナミ!! 」
アルベルトが飛んでくる矢をやり過ごして扉の向こうに顔を覗かせた時には、ミナミは既に最前列の弓兵の半数を斬り伏せた後だった。 振り下ろされる剣を苦も無くかわし、射られた矢を最小限の動きで払って次々に斬ってゆく。 翔子とは違い、迷いのない剣裁きは確実にギルド兵士の息の根を止めていく。 イシュタル最強と謳われたミナミのスキル<タイムストップ>が成せる剣技だ。
「見惚れている場合ではない! 援護を! 」
レベッカが弓に矢をつがえながら仲間達に叫ぶ。 前衛を崩されたギルド兵士はなす術なくミナミと間合いを取ろうと後退るが、ミナミはその隙を狙って通路を突き進む。 レベッカとシリウスはひるんだ兵士を見逃さず矢で射貫いた。
「…… 相変わらず最強、じゃないか 」
大広間へ向けて颯爽と走り抜けていくミナミを、アルベルトはただ見守ることしか出来なかった。




