91話
二人用の小さなソファーに横になり、毛布にくるまって目を閉じる。 私の小さなあくびをきっかけに本條さんにベッドを使っていいと再三勧められたが、警察から引き取ってもらった上にお風呂も貸してくれて、その上ベッドまで占領してしまっては申し訳ないとお断りした。
責任を取らなきゃ か……
ミナミの言葉の意味がわからない。 ファーランドの現状がミナミのせいだとはとても思えないし、ミナミだってイシュタルに飛ばされた被害者の筈。 てっきり日本には居場所がなくて、ファーランドに帰りたい一心だったのかと思っていたが、それもまた違う。
「綺麗な人だったな…… 」
光の中で見たミナミは色白で、輝いているような深紅の目と鮮やかな赤い髪。 私のどす黒い赤髪とは全然違う。 無事ファーランドには着けたんだろうか…… あの手を取っていたなら、私もファーランドに残れたんだろうか……
「眠れない? 」
寝室から本條さんが声を掛けてくれる。 モゾモゾ動いてた音で起こしちゃったのかもしれない。
「ごめんなさい、起こしちゃいました? 」
『ううん』と本條さんは返事をしたが、パジャマ代わりのワイシャツ一枚で寝室から出てきて私の向かいに座った。
「南海ちゃんの事を考えてた 」
泣いてたんだろうか、少し目の周りがむくんでるように見える。
「きっと今頃、ファーランド王城に無事着いていると思います。 大丈夫です、イシュタルではミナミは最強ですから 」
『そうだね』と、本條さんは寂しそうに笑った。 元気付けるつもりが、余計な一言だったみたいで心苦しい。
「翔子ちゃんもやっぱり戻るの? 」
「はい、大事なものを色々置いてきてしまってるので。 それに、私もこちらの人間では無さそうですから 」
こちらの人間ではないのかもしれない
私にリンクしていた時のミナミはそう言っていた。 何かのアクシデントでイシュタルではなくこの日本に生まれ、本来の世界に戻ったタイミングでこの日本から存在の一切がなくなる…… 都合のいい解釈だが、それならなんとなく納得できる。
「彼氏? 」
「へ? ち、違いますよ! あ、いや…… 違わないかも…… 」
『そっかそっか』と笑顔で頷く本條さんに、どんな顔をしていいかわからない。
「南海ちゃんにもアルベルトって恋人がいるからさ、恥ずかしがることないよ。 いい人? カッコいい? 」
「そんなんじゃないです! あの…… そう言えば! 」
熱くなる顔に我慢できず、違う話題を必死に探す。
「よく警察署に私がいるの分かりましたね? 」
クククと笑いを我慢しながら本條さんは説明してくれた。
「南海ちゃんのお見舞いに行ってたのよ。 病院内は南海ちゃんがいなくなったって大騒ぎだし、セーラー服の不審者が捕まったって言うし。 それ聞いてピンときたのよ…… ついに転移んだんだなって 」
「でも名取って言う刑事さんはしばらく帰せないって…… 」
「この辺で連行するっていったらあの警察署だし。 でも取調べしてるのが名取君で助かったわ 」
「…… 君? 」
「同級生なのよ。 元彼氏だし…… ついでに倉科望先生の大ファン。 握手会にも来てたっけ 」
「大ファン…… 」
驚いた。 ってことはイシュタルって言ってた、あの微妙な顔は照れ隠しだったんだ。 別に恥ずかしがることないのに。
「病院は公共の場だから不法侵入にはならないし、南海ちゃんと入れ替わりに戻ってきたなんて説明したところで誰も信用しないでしょ? 翔子ちゃんは別に悪いこと何もしてないんだから、身元保証人がいればなんとかなるもの。 後はちょちょいと取引をね 」
「取引? 」
「ナイショ。 バレたらクビになっちゃう 」
ミナミの大ファンらしいから、そっち関係の話なんだろう。 担当編集者は強いな……
「疲れてない? リンクの負担って翔子ちゃんにもあるんでしょう? 」
私はミナミのリンクについて思い付く限りの事を話した。 その他に自分のスキルの事、現状のファーランド王国のことも。
「南海ちゃんからの連絡は? 」
「今のところないです。 私からも色々やってみたんですが、返事もなくて 」
本條さんの前でもう一度目を閉じ、体の奥に集中してミナミを呼んでみたが、やはりミナミからの応答はなかった。
「王城で戦ってるのかも…… 」
「そっか。 じゃあ今は南海ちゃんからの連絡を待つしかないね 」
そう言って本條さんは私の手を取って寝室に連れていく。 半ば強引にベッドの中に押し込まれ、本條さんも続いて私の横に潜り込んできた。
「あの…… 」
「少しでも眠って体力温存しなきゃ。 いざという時にバテてちゃ南海ちゃんにも迷惑よ? 」
本條さんは私の頭を引き寄せて胸に抱いてくれる。 撫でられる頭が気持ち良く、なんだか久々に人の温もりを感じたような気がした。
「イシュタルは辛かったでしょ? 明日からまた頑張らなきゃならないんだから、ゆっくり休みなさい 」
包み込むような優しい声に、私は声を殺して少し泣いた。