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イシュタルの大地へ  作者: コーキ
4章 反旗を翻す者
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88話

「あれがバルドル宰相…… だよね 」


 黒髪のオールバックに彫りの深い顔立ち。 見上げるその目は虚ろな感じで、ただその場に立ち尽くしている感じ。


  なんだか覇気が感じられない


 覇気というより、生気が感じられない。 側には兵士の姿が何人か見えたが、特に指示を出している風でもない。 仮にも一国の宰相であり、亡き国王の代わりにこの国を背負っているのだから、無表情でテラスから眺めている場合じゃないはずだ。


「…… え!? 」


 それよりも驚いたのは、浮上した王城の位置だった。 桟橋から離れた王城はユシリーン湖の上ではなく、北の森へ底部の岩盤を引き摺るようにゆっくりと移動していたのだ。 地震のような横揺れを感じたのは、陸地と接触したからだろう。


  ― 鏡を ―


 不意に聞こえるミナミの声。


「鏡? 鏡ってなに!? 」


  ― 王…… 間にあ…… で…… を映…… ―


 途切れ途切れで、ミナミの声がよく聞き取れない。 ミナミとリンクしようと集中しても、ミナミの声はそれ以上聞こえてはこなかった。


「うわっ! 」


 王城の上を旋回していたガルーダが急に上昇し、止まったかと思うと翼を畳んでテラスに向かって急降下した。 ガルーダが獲物を捕らえる時の動作だ。 だがガルーダが狙っていたのはバルドルではなく、その後ろのガラス張りの開き戸だった。


「!? あの奥に鏡があるのね! 」


 急降下するガルーダに振り落とされないよう力いっぱい背中の毛を握り、開き戸へ突っ込む衝撃に備えて背中に張り付いた。 バルドルの頭をかすめてガルーダは開き戸をぶち破る。 王の間に侵入したガルーダはすぐに大きな翼を広げ、木っ端微塵になった開き戸の破片もろとも中にいた士官や兵士を風圧で吹き飛ばして着地した。


「鏡…… ってどこにあるのよ! 」


 倒れたまま呻く士官や兵士を横目に、王の間をぐるっと見回す。 だが、鏡などどこにも見当たらない。 ふと玉座の後ろの赤い金縁のカーテンが風で揺れているのが目に入った。


「あれの裏か! 」


 私はガルーダから飛び降り、そのカーテンへと走る。 とその時、王の間に兵士がなだれ込んできて、私に向かって弓を構えた。


 ヤバい! と思った瞬間に、全ての動きがスローモーションになる。


 放たれた3本の矢は狂いなく私を狙って飛んできたが、ごく低速で飛んでくる矢を避けるのは簡単なことだった。 右肩をスッと引いて1本目をかわし、首を傾けて顔に飛んできた2本目をかわす。 前髪が何本か矢に持っていかれたが、狙いが外れていた3本目を動かずにやり過ごした。


「バカな!? この距離で避けるだと!?」


「まぐれに決まっている! 次を放てぇ! 」


 戸惑う弓兵に兵長らしき兵士が檄を飛ばす。 慌てて矢をつがえる弓兵に、今度はガルーダが襲いかかった。 その隙に私はカーテンの奥へと体を滑り込ませる。


 カーテンの裏側には舞台袖のような空間が広がっていて、その奥に光が差し込んでいる扉のない出入口を見つけた。 様子を窺いながら中に入ると、そこは吹き抜けの小部屋になっていた。 下を覗き込むと、紫色の一点の光。 浮翔石がある、あの縦穴の真上がここなんだ。


「あった…… 」


 天井中央に張られた、とても大きな丸い鏡。 広角になっているのか真ん中に少し厚みがあり、蔦や草を模した金の装飾が縁を飾っている。 


  ミナミ、鏡あったよ!


 言われた通り鏡を見つけたはいいが、これからどうすればいいか見当がつかない。 集中してミナミに呼び掛けるが、やはり返答はなかった。


「わからないよミナミ! これで何を映せって言うの! 」


 返答のないミナミに声を出して叫ぶ。


 白雪姫の物語に出てくる、魔法の鏡みたいに願えばいいの?


 それとも何か呪文を唱えれば鏡が起動するの?


 壁に手を這わせて部屋を一周し、柱を押したり引いたりもしてみたが変化はなかった。 王の間の方から聞こえる兵士の叫び声…… 気持ちばかりが焦って、何も見つけられないことにイライラしてくる。


「どうすればいいのよ! ミナミってば! 」


 天井の鏡に向かって怒鳴ったその時だった。 不意に背中に強い衝撃を受けて、部屋の中央の縦穴に突き飛ばされる。 咄嗟に後ろを振り返ると、そこにはバルドルが薄ら笑いを浮かべて腕を突き出していた。


 しまった…… 鏡に気を取られ過ぎて背後に全然気が付かなかった。 力が発動してスローモーションにはなるが、突き落とされた後は落ちていくしかない。


 なんとなく仕組みがわかったような気がした。 バルドルは捕らえた光奴を、王城の燃料としてこの縦穴に突き落とすのだ。 ああやって薄ら笑いながら。 底には血を欲している浮翔石が、紫色の口を開けて待っている。 浮翔石に激突し、その血を吸われて息絶えた人々の行方はわからないが、遺体が見当たらないのはもしかしたら骨まで吸い尽くされてしまうのかもしれない。


 私はスローモーションで落ちていく縦穴をぐるりと見渡す。 深いから無事では済まないだろうけど、体を捻って体勢を整え、足から着地することは出来るだろう。 壁に手が届けば、あるいは…… と、頭から落ちていく体を反転させようと全身に力を込めた時だった。


  オマエノチハイラヌ……


 突然しわがれた男の声が聞こえた。 ミナミと会話する時のような頭に直接響く声。


  誰!?


  クニガクズレル  イラヌ!


 声は下から聞こえた…… ような気がした。 嫌悪感たっぷりの声音と同時に、真下の浮翔石の中心が光を発し始める。 まさか、浮翔石に意思がある?


  イラヌ!!


 落ちていくに従って浮翔石の光は大きくなり、近寄るなと言わんばかりに眩い光が私の全身を包んだ。




 この状況を私は知っている。 万が一にも現実世界には戻れない…… そう思っていたけど、これはその万が一だ。 戻れるんだ、私。


「…… ダメ! 」


 光ちゃんがいない! 一緒に戻ると約束したんだから、今戻っちゃダメだ。


「掴まって!! 」


 光の中を押し流されるように、その人は突然現れた。  深紅の瞳に、なびく長い髪は鮮やかな赤。 私を掴まえようと必死に手を伸ばしていた。


「ミナミぃ! 」


 咄嗟に伸ばした手の先を、色白の指先がかすって遠ざかる。 光が消えた先…… 次に目に入ったのは雲ひとつない青空だった。 

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