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イシュタルの大地へ  作者: コーキ
4章 反旗を翻す者
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85話

「狂って笑い出しただって? 」


「本当だ! 護送してきた連中が…… 」


 牢獄を逃げ出した兵士達が、大広間の真ん中で資材を運んでいた兵士に懸命に事態を説明しているのが見えた。 私とレベッカさんは、地下牢に続く階段の脇にある大きな柱の影に身を潜め、見つからないよう警戒しながら城内を見渡す。


「ショウコ様、城内の造りは私には分かりかねます。 どうされますか? 」


「うん…… ちょっと予定が狂っちゃったもんね 」


 ちょっとどころじゃない。 スキル持ちの光奴はとても重宝されていると知っていたから、バルドル宰相は喜んでスキル持ちの私に会うだろう…… そう予測していた。 そこでアベルコ卿の行方を聞き出し、浮翔石の存在をこちらから露呈して時間稼ぎをする予定だったのだが、いきなり投獄されるとは予想もしていなかった。

 

「バルドルを直接叩き、指揮系統を混乱させるという方法もありますが…… 」


 殺すような事はしたくない…… そんな悠長な事を考えている場合ではないのはわかっているが、それは何か違うような気がしていた。


「ちょっと待って 」


 私は体の奥に意識を集中させる。


  ― 浮翔石はどこ? ―


 すぐにミナミからの返答があった。


  地下中心部よ  中央階段の裏から入って行ける…… と思ったんだけど、よく覚えてないわ


「よく覚えてない!? 」


 無責任な言葉に思わず叫んでしまう。 私の叫び声に気付いた大広間の中央の兵士達が、一斉にこちらを見た。


「ヤバ! レベッカさん、こっち! 」


 私は柱の影から飛び出し、豪華に飾られた中央階段の裏手に向かって走る。 突然飛び出してきた私達に驚いて立ち尽くしていた士官一人を突き飛ばし、角を曲がるとすぐに大きな木製の観音開きの扉が目に入った。 扉を守る衛兵が槍を構えて私達を待ち受ける。


「わわわっ! 」


 衛兵にビビって引き返そうとすると、『そのまま走って下さい!』とレベッカさんの声が私の背中を押した。 レベッカさんは風のように私を追い抜き、あっという間に屈強そうな衛兵二人を倒した。


 ドン! と私は勢いに任せて扉に体当たりしたが、頑丈な扉に弾かれてしりもちをついた。 よく見ると、太い角材でかんぬきがされていたのだから、私の体当たりなんかで開く筈がない。 すぐにレベッカさんがかんぬきを蹴り上げて外し、二人がかりで重たい扉を奥に押す。


  慌ててもロクな事はない


 パニックになりそうな自分にそう言い聞かせ、と同時に曲がり角から数人の衛兵が雪崩れ込んでくる。


「くっ…… まだか! 」


 扉はとても重たく、隙間から体を滑り込ませるにはまだ隙間が狭すぎる。 力一杯扉を押したが、女二人の力では開くスピードはさほど変わらなかった。


「ショウコ様は扉を! 」


 衛兵が落とした槍を拾い上げ、レベッカさんは迫り来る兵士に対峙しようとしたところを、私は肩を掴んで制止した。


「なっ! 」


「任せて! 」


 私はレベッカさんの前に出て、掌を兵士に向けて両手を突き出す。 先頭を来ていた兵士が目を見開いて立ち止まった。 後ろに続いていた兵士は急に立ち止まった兵士にぶつかり、前の兵士を押し倒し、つんのめり、押し倒された兵士は苦痛の叫びを上げる。


「今のうちに! 」


 奇怪なスキルを持っている、という話をしていた兵士だとわかっていたから、いかにもスキルを使いますよと示せばビビるに違いないと踏んでいた。 甘いかもしれないが、敵であれ少しでも血を流したくはなかった。


「ショウコ様! 」


 チラッと振り返ると、私達がなんとか通り抜けられそうな位に扉が開かれていて、隙間からレベッカさんが手を伸ばしていた。 中の安全を確かめてくれたらしく、強く頷くレベッカさんに引かれて扉の隙間に身を滑らせた。 レベッカさんはすぐに扉を少し閉じ、石畳に槍を突き立ててストッパーをかける。


「少しは時間稼ぎになります 」


 ドン、ドン、と木製の扉を叩く音と、兵士達の怒声が通路に響き渡る。 私達がかろうじてすり抜けられた扉の隙間は、筋肉質の男…… それも鎧を身に付けた兵士には抜けられる筈もなく、ストッパーをかけた頑丈な扉はびくともしない。 それを見て少し落ち着き、私達は通路の奥に伸びる暗がりに走り出した。


 目指すは通路の先に見える一点の光。 そこに浮翔石はある…… ミナミから教えてもらわなくてもそれはわかる。


「本当に無茶をなさる。 上手く騙されてくれたから良かったものの…… 」


 レベッカさんは少し先を走りながら私に苦笑いを見せた。


「ごめんなさい。 でも、やっぱり血を流すような事はしたくないの 」


 松明の灯りも乏しい薄暗い通路を走りながら私は答える。 前方を警戒しながら進むが、待ち構える兵士は一人もいなかった。


「兵は己の命を懸けて戦場に立ちます。 それはこのファーランド王城を守る衛兵も同じこと…… 失礼な言い方ですが、少し甘いのでは 」


 レベッカさんは前を向いたままそう言った。 表情は見て取れなかったが、怒っている風に感じる。


「…… レベッカさんが私を大事に想ってくれるように、あの人達にも大事に想っている人が必ずいると思うの 」


 レベッカさんは振り向かず、ただ耳を傾けていた。


「兵士さんの気持ちは私にはわからない。 でも、兵士さんの帰りを…… 無事を待つ人達の気持ちはわかる気がする。 それは敵も味方も関係ない人の心だもん 」


 不意に先行していたレベッカさんの足が止まった。 立ち止まった通路のすぐ先は明るく、縦穴になっているのか日の光が帯状に差し込んでいた。 振り向いたレベッカさんの表情はとても穏やかだった。


「そうですね…… 大事な方を守ろうとするあまり、何か大切なことを忘れていたような気がします 」


「…… うん 」


「ですが、我が主に害をなす者は誰であろうと斬ります。 それは私の意思であり忠誠心です。 その者より、私にはショウコ様が大事ですから 」


「うん、ありがとう 」


 斬るという言葉は怖かったが、自然と笑みがこぼれた。 私だって殺されたくはないし、身を守る為ならそれもやむを得ないとも思うし。


「さあ、参りましょう。 あの紫に輝いている岩が、恐らく浮翔石なのでしょう 」


 レベッカさんが視線を向けた先を見る。 日の光に照らされているせいなのか、岩そのものが発光しているのかはわからないが、透き透った紫色に輝く私の背丈ほどもある大きな石が、縦穴の中央で鎮座していた。 

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