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イシュタルの大地へ  作者: コーキ
4章 反旗を翻す者
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84話

 翔子がシリウスに連行されてファーランド王城の前にやって来たのは、それから3日後のことだった。


「複数のスキル持ちだと? 」


 城門前の倉庫を警備する衛兵が目を丸くしてシリウスを見る。


「そうだ。 是非とも宰相に直接献上したくてな、マウンベイラから護送してきた 」


 シリウスの一行に周りを固められ、後ろ手に縄をかけられた翔子とレベッカはセーラー服姿だった。 光奴と一目でわかる方がインパクトがあると、アルベルトがメイドに急いで作らせたレプリカだ。 翔子に至っては白い帯で目隠しをされて、あたかも危険だという装いだった。 


「では預かろう 」


 衛兵が手を伸ばすと、シリウスは翔子を庇うように立ちはだかって制止する。


「やめた方がいい。 此奴は翻訳のスキルの他に、なにやら惑わす力を持っている。 我々も苦戦を強いられ、その力が効かぬ者で周りを固めてここまで連行してきたのだ。 我々でなければこ奴は連れて行けない 」


「惑わす力だと? 」


「多くの仲間がやられた。 ある者は狂ったように笑いだし、またある者は魂が抜かれたように呆けてしまった。 此奴を守るように暴れたかと思えば突然自害したり、睨まれただけで血を吐き絶命した者も…… 」


「本当か!? 」


 衛兵は手を引いてたじろぐ。 『少し待っていろ』と衛兵は仲間に声を掛けに走り、王城の中へと消えていった。


「ヒドイ…… 私バケモノじゃない…… 」


 翔子は俯いてそう漏らす。


「耐えてください。 ここで城の衛兵に近寄られては後々面倒になります 」


 レベッカは翔子にそっと身を寄せ、真顔で体を震わせて笑いを堪えていた。


「にしてもシリウス殿、よくそこまで考えが及ぶ 」


「得体のしれない力、と印象付けられればと思ったので。 ショウコ様をお待ちする間、一昼夜考えたのです。 ご容赦下さい 」


 ちらっと翔子を振り返ったシリウスは困った眉をしていた。


「立ち入りを許可するとのことだ。 来い 」


 しばらくして戻ってきた衛兵がシリウス一行を城内に促した。 安堵のため息を漏らしたのは翔子だけで、シリウスや部下達は警戒の雰囲気を崩さない。 レベッカもまた、光奴として言葉がわからない風に努めていた。


 桟橋を渡り城門を潜る。 その先の中庭ではごく少人数の士官服を着た者が、兵士に搬入された物の行き先の指示を出していた。 兵士の数もそれほどではなく、中庭に積まれた木箱の搬入が滞っていて明らかに人手不足のようだ。


「これだけしか兵士がいないのか? 」


 シリウスが先導する衛兵に声を掛けたが、衛兵は振り向きもせず無言で進む。 大広間横の地下へ降りる階段まで来た時、立ち止まって初めて振り返った。


「城の外の者は知らないと思うが、ここは私語厳禁だ。 破れば厳罰が待っている 」


 そう言って階段を降り始めた。 シリウスは部下におもむろに頷く。 部下達もまたそれに習い、無言で頷いた。


「そこで止まれ。 後は我々が投獄する 」


 階段を降りた先には三重の鉄格子の扉があった。 綺麗に切り揃えられた石造りの通路の両脇には四畳程の小部屋がずらりと並べられ、その壁面の半分に鉄格子が嵌められている。 通路には暗がりを照らす松明が掛けられていたが、牢獄の先まで見渡すことは出来なかった。


「宰相に直接献上差し上げたい。 投獄は後でもよかろう? 」


「宰相は光奴にお会いにはならない。 光奴は全て投獄せよと命じられているし、その危険な光奴を宰相にお会いさせるわけにはいかぬだろう? 」


 一番手前の鉄格子の扉の横にある詰め所から兵士が数人出てきた。 それぞれが剣や槍を手にシリウス達を取り囲み、大人しく従うよう武器を突き付ける。 捕らえられていた牢獄の奥から呻く声が聞こえた、その時だった。


「ぅわひゃひゃひゃ! 」


 シリウスの部下の一人が突然狂ったように笑い出した。 


「なんだ!? 」


 その場の誰もが驚き、全ての視線を集める。 それに構わず部下は笑い続け、壁にぶつかって床を転げまわり、兵士の一人に襲い掛かった。


「なっ!? 例の惑わすという力か! 」


 衛兵の言葉に兵士達は身を震わせる。 衛兵自身もすかさず距離を取って腰に据えた剣を引き抜く。 シリウスは咄嗟にその部下の襟首を捕まえて引き剥がした。


「だから言ったであろう! 連行してきた我々ですらこうなるのだ! この場にいるとお前達までこうなるぞ! 」


 これはもちろん部下の機転を利かせた芝居だったが、シリウスは瞬時に悟って兵士に向けて叫ぶ。 尚も狂ったように笑い続ける部下に兵士達は唖然と立ち尽くしていたが、逃げろと捲し立てるシリウスに慌てて階段を駆け上がっていった。


「ごふっ!! 」


 鈍い音と共に漏れた声に翔子が振り向こうとしたところを、シリウスが体を反転させて視界を遮った。


「見ない方がよろしい 」


 レベッカが緩めに縛っていた手首の縄をほどき、背中に隠し持っていた短剣で衛兵の喉元を突いたのだ。 声を上げないよう口を手で塞いで、一瞬のうちに息の根を止めた。 そのまま詰め所に担ぎ込んで牢の鍵束を手に戻ってくる。


「何も殺さなくても…… 」


「この者は異常を知らせる笛を手にしていました。 ここで援軍を呼ばれて追い詰められれば我々は全滅します。 致し方ないこととご容赦下さい 」


 レベッカは翔子には向き合わず、鍵束の一つ一つを片っ端から鉄格子の扉に差し込み、次々と扉を開けていく。


「ショウコ…… 私達は反逆者で、ここは戦場です。 目的を達成する為…… 強いてはあなたを守る為に、レベッカ殿は行動したんです 」


「わかってる。 ごめんなさい 」


 いえ、とレベッカは短く答えて鍵束をシリウスに投げた。 シリウスは片手で受け取って部下に渡す。 部下は三人が階段下で見張り、残る二人は鍵束を手に牢獄の通路を走り出した。


「二手に別れましょう。 レベッカ殿、ショウコを頼みます」


「え? 」


 レベッカは『了解した』と頷いたが、翔子は悲鳴に似た声を小さく上げた。 


「逃げ出した兵士が触れ回り、城内が異変に気付くのも時間の問題です。 我々はアベルコ様を探します。 ショウコは退路の確保を。 王城が浮上してしまえば終わりです 」


「でも…… 」


 シリウスは翔子の肩に手を置いて微笑んだ。


「ショウコに我々の命を託します。 大丈夫、あなたならやってくれると確信してますから 」


「…… うん、もう誰も死なせない 」


 翔子はシリウスに強く頷き、先導して階段を上るレベッカの後を追って階段を駆け上がった。

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