82話
何も見えない。 只々暗闇の中に私は立ち尽くしていた。 何も見えない真っ暗な空間なのに自分の手足や体はハッキリと見えるのが不思議で、ここが夢の中なんだとなんとなく思う。 しばらくすると、彼方に一点の光が見えた。
呼ばれている……
そんな気がして足を前に進めるが、光は一向に大きくなってくる気配がない。
「誰? 」
光からの返答はないが、なにかしら呼ばれている気がして次第に駆け足になった。 足を前に出す度に、自分が何をしようとしていたのかを徐々に思い出す。
シリウス! そうだ、マウンベイラに行かなきゃ!
そう思った瞬間、点だった光は目の前までに広がり、その中から髪の長い女性の影が手を伸ばしてきた…… ような気がした。 私は手一杯腕を伸ばしてその手を掴む。
そこでフッと目が覚めた。 薄暗い中に真っ白な天井…… ふと横を見ると、窓からは林の影から太陽が顔を出す直前だった。
「お気づきになりましたか? 」
ベッドの横にはレベッカさんが椅子に腰掛けて、私に優しい笑顔を向けていた。
「突然倒れるように眠ってしまわれたので心配しました。 お体の具合はどうですか? 」
ダルさはあるけど動けないほどではない。それよりも今は、シリウスと合流しなければと気が気でならなかった。 ガバッとシーツを捲り上げ、そこで自分が下着一枚着けていないことに気付く。
「うきゃあわぁ!? 」
顔から火が出るほど恥ずかしくて急いでシーツを体に巻き付けると、レベッカさんは苦笑いで用意されていた服を差し出してきた。
「お召しになっていたギルドの制服はボロボロでしたので。 傷の経過も確認したかったので私が 」
「…… ありがとう 」
綺麗に折り畳まれた服を受け取って、シーツの中で手早く身に付ける。
「私、どのくらい寝てた? 」
「あれから一晩です 」
シリウス達はもう王都に向かったのだろうか…… すぐに戻ると言ったから、私の帰りを待っているのだろうか。 わからない。 同じ兵士としてレベッカさんならわかるかな……
「レベッカさん…… 」
事の経緯を簡潔に話すと、レベッカさんは迷わず私の目を真っ直ぐ見て答えてくれた。
「私なら、信頼できる者に言伝を残して王都に向かいます。 ショウコ様なら違えず来てくれる…… その者も恐らくそう考えているでしょう。 ですが 」
おもむろに腰を上げたレベッカさんはそのままドアの前に張り付く。
「ショウコ様が囮になるなどと聞いては、行かせる訳には参りません 」
レベッカさんの表情は一段と厳しいものになる。
「でもそれが手っ取り早くて確実でしょ? いざとなればガルーダで逃げればいいし、ミナミだって…… 」
「確かにそうでしょう。 王城は外部の者の立ち入りを一切禁止しています。 ですが一人で行かせる事は出来ません 」
一人で? まさか……
「私も参ります。 どうせショウコ様はお止めしても無駄でしょうから。 それに光の民が二人ともなれば、より入りやすいかと 」
「…… レベッカさんは光奴じゃないでしょ 」
「フリをすればいいんです。 アルベルト様が匿っておられる光の民が、どんな様子なのかはこの目で見て知っています。 王城に潜入さえ出来ればショウコ様をお守りしてみせます! 」
…… まったくこの人は。 ミナミは別として、私に何の魅力があるんだか。
「ついては私に考えがあります。 進言してもよろしいでしょうか? 」
「う、ん? 」
「アルベルト様も、ショウコ様とヒカル様の報告をお待ちして出陣の準備を万全にしておられます。 マウンベイラとシエスタ、二方向からの支援があればより心強い筈。 更にエルンストからも支援が得られれば尚いいのですが…… 」
やはり兵士さんの考えは私なんかより軍事的だ。 戦争、とまではいかないだろうけど、そうなると関係のない王都の一般人までが巻き込まれかねない。
「反乱を起こそうって気はないの。 私はアベルコ卿を連れ出せればそれでいい 」
「遅かれ早かれ、アルベルト様は王都に戦いを挑まれます 」
「時間もないし。 私はすぐにでもシリウスと合流しなきゃ 」
レベッカさんが塞ぐドアを素通りして、私は窓辺に立って外を眺める。 空を見上げると、上空を旋回するガルーダの影が見えた。 私は窓の取っ手に手をかけてゆっくりと窓を開け放つ。 きっと大丈夫…… 申し合わせたように、ガルーダは向きを変えて降下を始めた。
「ショウコ様? 何を…… !? 」
私が窓の縁に足を掛けると、察したレベッカさんが私に向かってダッシュした。 それに追い付かれまいと私は、窓辺から思い切りジャンプする。
「ショウコ様!! 」
ガルーダが上空から急降下してきて私の下に回り込む。 苦もなくガルーダの背中に降り立ち、背中の柔らかい毛を掴んだ瞬間、ガルーダが少しバランスを崩す感覚があった。
「なっ!? レベッカさん!! 」
私の後を追って、レベッカさんまでガルーダの背中に飛び乗ったのだ。 ガルーダもビックリして地面に墜落しそうになったが、大きく羽ばたいて一気に上空へと舞い上がる。
「無茶しないで! 落ちたらタダじゃ…… 」
「一人では行かせないと申し上げた筈です! 」
冷や汗を額に滲ませながらもレベッカさんはすまして微笑んだ。 まったく、ホントにこの人は。
「もう! どうなっても知らないからね! 」
私とレベッカさんを乗せたガルーダは、一直線に王都に向けて滑空していく。 風を切る音に混じってレベッカさんが慌てふためく声が聞こえたが、すぐに慣れて体を安定させていた。
「この鳥は、ショウコ様を主と認めてるんですね 」
「どうかな。 賊に襲われた時に助けてくれて、それからずっと乗せてくれてるの。 ガルーダって神鳥なんでしょ? 絶対に人には慣れないって聞いたけど 」
「はい。 絶対数は少なく、人とは決して交わろうとせず、自由気ままに大空を翔る。 まさか、ガルーダに乗れる日が来るとは思いませんでした 」
彼女には珍しく、目を真ん丸にして眼下を眺めていた。 まぁ、私も最初はそうだったけど。
「ショウコ様、そのシリウスというギルド兵は信用に足る人物ですか? 」
「大丈夫…… だと思う。 彼は私を信用して蜂起してくれたのだから、私も彼を信用しなくちゃ 」
『はい』と答えてレベッカさんは優しく微笑む。 その後にキリッとした兵士の顔が戻っていた。
「王都に近づいたら、内円道に沿って飛んで下さい。 彼がショウコ様の到着を待っているのなら、王都に不用意に近づかずに待機しているでしょう。 こちらにはガルーダという目印があるのですから、きっと上空を見張っている筈。 後は向こうが勝手に見つけてくれます 」
こんな状況でも冷静に分析できるのは流石だと思った。 私ならとにかく真っ直ぐ王都に飛んで、シリウス達と合流できずにあたふたしていたかもしれない。
「いた! 」
レベッカさんの言った通り、マウンベイラから王都に向かう街道と、内円道の分岐点から少し離れた林が切れた場所で、私達に手を振る騎馬の一団を見つけた。
「出来るだけ自然に降下しましょう。 街道を歩く人々も、ガルーダの影に気付いたようです 」
見ると各々に指を指して街道を人々が逃げ惑っていた。 レベッカさんの言葉に軽く頷いて、街道を避けるようにガルーダの高度を落としていく。 シリウス達が待機する林の切れ目の上空を一度旋回すると、シリウスは私を見て笑顔で強く頷いていた。




