81話
シリウス率いるギルドの一小隊は既に王都へ向けてマウンベイラを発っていた。
すぐに戻るから
翔子はそう言い残してマウンベイラを出発したが、日が落ちても戻ってこない翔子にシリウス達は不安を募らせる。 ファーランド王城潜入の要となる翔子が戻らないうちに出発するべきかとシリウスらは迷っていたが、マウンベイラの住人の熱狂的な期待を受けて出発を遅らせる訳にはいかなかった。
「隊長、ショウコ様がお戻りにならないのはやはり何かあったに違いありません。 この進軍はやはり…… 」
シリウスに続いて馬を走らせていた部下のハロルドは怪訝な表情を浮かべる。
「あれだけ大きなパフォーマンスをしたんだ。 今動かねば、王都にも警戒されて益々機会を失ってしまう。 それに、マウンベイラの皆の期待も裏切ることも出来ないさ 」
翔子が演説を行った広場には、アベルコ卿の帰りを待ちわびる民衆が大勢集まっていた。 王都側のギルド兵士らがその騒ぎを抑え込もうとしても、民衆は翔子達を支持してギルド兵士に殴りかかり、広場のあちこちで暴動を起こしていた。 タンドールで突如起きた反旗を王都に知らせるべく、ギルドは連絡兵をすぐに走らせたが、それまでもを民衆は見逃さず、死者を出しながらも取り押さえて、町全体がアベルコ奪還に沸いていた。
「しかし今回の作戦はショウコ様あってのものです。 戻られない以上…… 」
「心配するな、ショウコは必ず戻ってくる 」
そう言うシリウスの顔は自信に満ち溢れていた。
「…… 揺るぎませんね、隊長は 」
「私ではないさ。 彼女がそう思わせてくれるんだよ 」
凄いスキルを持った光奴を捕まえた
翔子自ら考えた作戦だった。 タンドールで翔子は捕らえられたとし、シリウスが翔子を直接王都に連行する。 ファーランド王城に入場した後は場内で暴れまわり、混乱に乗じてアベルコを探すというものだった。 そう簡単に事が運ぶとは思えない幼稚な作戦だったが、翔子が言うと何故か異論を口にするものはいなかった。
「ともあれ、彼女は神鳥を従えているのだから、よほどの事がない限りは無事だろう。 自らが囮となり王城潜入の足掛かりにするというショウコの決意に、我々は敬意を払って己が役目を果たすのみではないか? 」
「そうですね、何故かあの方は大丈夫と思わせるものを持っているような気がします 」
ハロルドに笑顔を見せたシリウスは、手綱を振って馬のスピードを上げた。
「夜明けまでには王都に着かねば。 きっとショウコがそこにいる 」
部下数人と共にシリウスは、王都ファーランドに向けて薄暗くなった街道を疾走するのだった。
「今回献上する品はこれで全てですか? 」
ユシリーン湖の一画から伸びる堅牢な桟橋。 唯一ファーランド王城との連絡通路になるその桟橋の入口には、倉庫のような大きな建物が3棟立ち並ぶ。 その倉庫を取り囲むように、高い塀と大きな城門が築かれていた。
ここはファーランド王城の陸上の正門にあたり、この桟橋以外からはファーランド王城に近づくことはできない。
ファーランド王城に運び込まれる荷や関係者は全てこの倉庫でチェックを受け、役人から通行証が発行された者だけが、浮遊するファーランド王城の地に足を踏み入れることができた。
「アルベルト様から書簡を一通。 バルドル様に直接手渡せと仰せつかっているのだけど 」
アーティアは半ば諦め気味に、検問に立ち会う役人に言う。
「ああ…… 御存知の通り、直接というのは許されていません。 我々末端の者ではどうにもならぬ事…… 御理解下さい、アーティア殿 」
『そうよね』とアーティアはため息混じりに腕を組む。
「あなた方が拒否している訳ではないものね、わかっていたわ 」
アーティアは倉庫の入口から、今にも桟橋に到着するファーランド王城を見上げる。
この倉庫から先は各領主はもちろん、城下町で働く誰もが立ち入りを禁止されていた。 王城への荷運び等は、到着した王城の人間が全て行い、陸上側から王城に立ち入る事が出来るのは連行される光奴くらいなもの。 かくいう光奴も自らの足で歩く訳ではなく、六方を鉄格子で囲われた檻の馬車に入れられて搬入されていた。
「…… 酷いものね 」
アーティアは倉庫の中に積まれている木箱の山の向こうを見やる。 光奴の檻の馬車が一台。 6人いるうちのその誰もが項垂れ、一点を見つめて呆然としていた。
「アーティア様、短気を起こされませんよう…… 」
「ええ、わかっているわ 」
同行していた護衛兵が、書類をギュッと胸に抱くアーティアにそっと耳打ちした。
「そんなに酷い顔をしていたかしら? 」
「この扱いはなんということか! と、今にも詰め寄りそうなお顔でしたもので。 ショーコ様の一件以来、アルベルト様もアーティア様も光奴に敏感になっておられるようですから 」
「そうね…… 国としては光奴は災厄の民、気をつけるわ 」
「搬入は明朝になるそうです。 宿を手配しておきましたので 」
護衛兵の言葉にアーティアは頷き、檻の馬車を流し見て倉庫を後にした。
「眠ったか? 」
大広間に戻ってきたミシェルが優しく微笑んで頷くと、キールはやっと安堵のため息を吐いた。
「マウンベイラの元貴族共と手を組んで、自分が囮となって王城に潜入しようなどと…… なんとも馬鹿げた話だ 」
「ショーコに無茶を言ったのはアンタだろうに。 ワタシも止めはしなかったけどねぇ 」
ミシェルの言葉に、キールは葉巻の煙を燻らせながら目を閉じてクククと笑う。
「笑い事じゃないよ、ショーコの体を借りてミナミまで出てきたって言うじゃないか。 アンタはどうするんだい? 」
「どうするも何も、エルンストがこの有り様では私は動く訳には行かないだろう。 先ずは屋敷を復旧し、民が混乱しないようにせねばならん 」
「領主様は大変だねぇ 」
「何を呑気な事を言っているのだ。 お前はこれから、このファーランドを背負って立とうとしているのだろう? フローラ 」
「そうだったねぇ 」
ケラケラと笑うミシェルにキールは呆れてため息をついた。
「まぁ…… ワタシが国王として立つのなら、アンタはついてきてくれるかい? 」
「…… 国民がお前を王と認めるのならな 」
葉巻を吹かし、鼻で笑うキールにミシェルは穏やかな目で優しく微笑んだ。




