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イシュタルの大地へ  作者: コーキ
4章 反旗を翻す者
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80話

「お…… 叔父様…… だと? 」


 翔子は硬直するキールの喉元から短剣を離し、短剣の刃を自分に向けてレベッカに差し出した。


「勝手に使ってごめんなさい。 お返しするわ 」


 差し出された短剣を呆けた顔で受け取ったレベッカは、翔子から目を離さずおもむろに自分の長剣と短剣を鞘に納めた。


「ビックリさせてごめんね。 でもキール叔父様を止めるにはこれしか思いつかなかったの 」


 翔子はドアにもたれ掛かったまま固まっているキールをドアから剥がし、手を引いてベッドまで連れていく。


「し、ショウコ様? 」


 翔子はレベッカの問いかけには答えず、キールをベッドの縁に座らせて目の前にしゃがみこむ。


「叔父様、この子はちゃんと正気でいるわ。 だから手荒な真似はしないでね 」


「……… 」


 キールは翔子の朱色に染まった目をじっと見つめていた。


「…… と言ってもいきなりじゃワケ分からないよね。 叔父様、私が誰だかわかる? 」


 優しく微笑む翔子にキールはフッと鼻で笑った。


「その目の色…… それに私を叔父様(・・・)と呼ぶ娘など一人しか知らん。 なぜこの娘の中にいる? ミナミ 」


「なっ!? 」


 声を上げて驚いたのはレベッカだった。 突然出てきたミナミの名前に、あたふたして近づくことすら出来ない。 そんなレベッカに翔子は柔らかく微笑み、再びキールに向き直った。


「良かった…… イシュタルは私の事をちゃんと覚えてくれているのね。 話せば長くなるけど、自分の世界に戻ってもスキルは使えたのよ。 今私は自分の世界で眠っているけど、精神をこの子とリンクさせているわ 」


「全く…… この世界を散々掻き回した娘をやっと追い返したと思えば、未練がましくこんなことをしおって。 何がしたいのだ? お前は 」


「そんなこと言って…… 私をこっちの世界に戻して寂しい思いをしてたんでしょ? 素直じゃないんだから 」


 面倒くさそうにため息をつくキールに、翔子はフフッと楽しそうに笑う。


「み、ミナミ様! ショウコ様は!? 」


 やっと会話に入ってこれたレベッカが、翔子の前に片膝をついて目線を合わせた。


「大丈夫、リンクが切れないよう集中してもらってるのよ。 意識もハッキリしてるし、錯乱もしていない。 あなたの声も聞こえてると思うわ 」


「ショウコ様の中にミナミ様が…… こんなことがあり得るのか!? 」


 翔子の髪の色は先程よりも黒みが抜け、深みのあるワインレッドに変わっていた。 目は深紅に輝き、ミナミがイシュタルでスキルを使った際に起きる変化そのものだった。


「信じられないのも無理ないけど。 やっとあなた達と話せて嬉しいわ 」


 翔子はニコッと微笑むが、その目には僅かに涙が滲んでいた。


「してミナミ、肝心の用件はどうした? 」


「ファーランドに戻りたいの。 協力してくれない? 叔父様! 」


「…… どういうことだ? 折角自分の世界に戻ったのになぜこちらに戻ろうとする? 」


 「私はもうこちらの人間ではなくなってしまったわ…… いえ、元々こちらの人間ではなかったのかもしれない 」


「ミナミ様が光の民ではない? 仰る意味がよく…… 」


 眉を寄せるレベッカに、翔子は話の途中で切り出した。


「説明はそっちに行けたら話すわ。 今は時間がないの…… この子にも負担がかかってるから 」


 優しく包み込むような翔子の微笑みに、レベッカはオドオドしながらも頷く。


「協力と言っても、お前をこちらに呼ぶ方法などあるのか? 」


 怪訝な表情を浮かべるキールに、翔子は向き直って力強く頷いた。


「私達光の民をイシュタルに召喚する光の正体は、ファーランド王城の地下にある〈浮翔石〉がエネルギーを欲して発光したものよ。 それを全面に張り巡らせた集光装置を使って集め、私の世界に通じている鏡に照射させて、こちらの人間を呼び寄せているの 」


 迷いなくそう言い切る翔子に、キールとレベッカは思考が追い付いていない。


「〈浮翔石〉の光? 」


「そちらとこちらが鏡で繋がってるだと? 何故お前がそんなことを知っている? 」


「ルーカス国王が教えてくれたわ。 その話もまた後で。 とにかく…… この子をファーランド王城の〈浮翔石〉の側に連れていって欲しいの 」


「簡単に仰いますが…… ミナミ様、ルーカス国王は亡くなられ、今や…… 」


「知っているわ。 何度かリンクに成功してこちらの情勢はいくらか掴む事が出来たけど、この子のように長く留まることは出来なかった 」


 キールはハッと息を飲む。


「まさか、朱の狂乱を起こしたのはお前のそのリンクというスキルが原因か!? 」


「多分そうよ…… 私の力にその人達が耐えられなかったんだと思う。 でもこの子は大丈…… あっ! ちょっ、ちょっと待って翔子ちゃ…… 」


 翔子の話はそこで途切れた。 髪は元の艶やかな黒色に戻り、目は深紅の輝きを失う。 ややしばらく呆然としていた翔子だったが、キールとレベッカがその様子を見守る中、突然ガッとキールの腕を掴む。


「マウンベイラに行かなきゃ! お願い、私を外に連れていって! 」


 額に汗を浮かべて必死にすがり付く翔子に、キールはまたも怪訝な表情を浮かべる。


「落ち着きなさいショウコ。 こんな状況でアリスを王都に突き出すようなことはせんぞ? マウンベイラに何があるのだ? 」


「シリウス達が王城に攻め込むの! 私は偵察にガルーダで王都に飛んだのよ! 私がいなきゃ何も動けない! 」


 翔子は吠えるように説明のつかない理由を口にする。 ガルーダが飛べる時間はあと僅か。 部屋に差し込む夕陽が翔子を焦らせていた。


「落ち着け馬鹿者が!  」


  ゴン!


 キールは翔子の胸ぐらをを力任せに引き寄せ、翔子の額に頭突きを入れた。 大した威力はなかったが、翔子を唖然とさせるには十分な威力だ。


「急がねばならぬ時ほど焦ってはならん。 何故お前はマウンベイラに急がねばならぬ? 何故お前がいなければ事が動かぬ? ゆっくりと話してみなさい 」


 目を見開き、今にも泣き出しそうな翔子に、キールは落ち着いた口調で問いかけた。

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