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イシュタルの大地へ  作者: コーキ
4章 反旗を翻す者
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79話

 事の発端は、ローランが以前エミリアとアリアが閉じ込められた地下の部屋から、キールの私兵達が話していた内容を聞いてしまったからだった。 


 ― フローラ様が生きていた ―


 ローランはドアを蹴破り、私兵を捕まえて問いただすが、応戦する私兵を殺してしまう。 その勢いのままローランはキールを探して屋敷中で暴れ回り、通路に掛かっていた松明の炎がカーテンに引火して火事になったのだ。


 追い詰められたローランは取り囲む私兵達を全て殺してキールを探し出し、約束が違うと詰め寄った。 キールは仕込み杖で応戦するが、ローランに敵う筈はなくあっという間になぎ倒されてしまった。 更にキールを助けようとしたアリスとミシェルを容赦なく突き飛ばす。 アリスは壁に激突して気を失い、ミシェルもまた床に叩きつけられて気を失った。


 本当ならミシェルを連れて逃げる予定だったローランだったが、我を忘れてキール卿を殺しにかかったのだった。




「先ずは礼を言わねばな。 お前が戻って来てくれなければ、私は殺されていた 」


 キールは翔子に軽く頭を下げた。 キールが他人に頭を下げるのは珍しく、ましてや光奴に対しては初めての事だった。


「ガルーダが教えてくれたんです。 突然方向転換するからどうしたのかなと思って…… そしたらエルンストから煙が上がってるのが見えたので 」


 キールとレベッカは顔を見合わせて沈黙していた。


「ガルーダ? 」


「あの…… ショウコ様? 仰っている意味がよく分からないのですが 」


「あ…… うん、ガルーダに乗って王都の偵察に…… って、あー! 」


 翔子の大声にレベッカとキールは目を丸くする。


「私! どれくらい寝てた!? 」


「に、二時間程ですが…… 」


 翔子が慌てて窓の外を見ると、目の前に広がる庭先はオレンジ色に染っていた。 いくら神鳥と言われていても、ガルーダは夜は飛ぶことが出来ない。 その事を知っていた翔子はベッドを飛び出す。


「どこへ行くのだ!? 」


「時間がないの! すぐにマウンベイラに戻って王城の事を知らせないと、シリウス達が間に合わなくなっちゃう! 」


「お待ち下さい! 」


 夢中で部屋を出て行こうとした翔子の前に、レベッカがスッと立ちはだかった。 翔子は勢い余ってレベッカに突っ込むが、レベッカは構えてしっかり受け止める。


「何に巻き込まれているのです!? 今からではマウンベイラには…… 」


「ガルーダなら30分で飛んでくれるわ! お願い! 邪魔をしないで! 」


 翔子の黒目が赤く輝き始め、髪の毛の先端からどす黒い血の色に染まっていく。


「ショウコ様! その目の色、どうされたのです!? 」


「レベッカ! その娘から離れるのだ! 」


 翔子の変化にいち早く気付いたキールは、手にしていた仕込み杖を抜いて翔子に斬りかかった。 レベッカは咄嗟に翔子を引き寄せて反転し、腰から鞘のまま剣を引き抜いてキールの斬撃を受け止める。


「何をされるのですキール卿! 」


朱の狂乱(あかのきょうらん)だ! ショウコはもう正気ではない! 」


 翔子を睨め付けるキールは冷や汗を垂らしていた。


「朱の…… 狂乱? 」


 怯えるようなキールの目に、レベッカは引き寄せた翔子の顔を覗き込む。


「…… ぇ…… ぁ…… 」


 目を見開き、何かに取り憑かれたようにブツブツと口を動かす翔子の様子に、レベッカも動揺を隠せない。


「ショウコ様!? 」


「光奴の中に稀に発症する症状だ! 目や髪が真っ赤に染まり、錯乱して暴れ始める! こうなってしまってはもうどうしようもない! 」


 キールは必死にレベッカに説明するが、レベッカは翔子から手を離すことをせず、受け止めたキールの仕込み杖をなぎ払った。


「だから殺すしかないと言うのですか!? 」


 レベッカは眉間にしわを寄せて目を見開き、鬼のような形相でキールを睨む。 弾かれたキールはすぐに態勢を立て直し、レベッカと翔子に切っ先を向けた。


「そうだ! 今まで何人もの光奴が朱の狂乱を発症したのを見てきた。 その全てが元の精神状態に戻ることはなく自害した者もいる! 朱の狂乱はあり得ない力で暴れ回り、私の私兵も何十人と殺された。 手の施しようがないのだ! 」


「しかし…… しかし! 」


 レベッカは未だ目を見開いて動かない翔子を見つめて、苦痛の表情を浮かべる。


「ましてやショウコは複数のスキルを持っている可能性がある。 私を救い出した時の身のこなしといい、ガルーダを騎獣にした話といい…… ショウコがここで暴れれば、エルンストは崩壊する 」


 キールは仕込み杖を握り直した。


「手遅れになる前に離れろレベッカ。 さもなくばお前ごとショウコを斬る 」


 レベッカはショウコを背に、真っ直ぐにキールを見つめて鞘から剣を静かに抜いた。 どんな状況になっても主を守るのが務め……  キールを見据えるレベッカの目に迷いはなかった。

 

「そうか…… 」


 キールは目を閉じてため息をひとつ。 カッと目を見開くと同時に翔子に斬りかかった。


  ドン


「なっ!? 」


 レベッカが弾かれたように横に突き飛ばされた。 キールの仕込み杖は翔子の肩口に振り下ろされたが、いつの間にか翔子が手にしていた短剣で受け流される。 翔子は一歩踏み出してキールの襟首を掴み、勢いをつけて反転してドアに叩きつけた。


「があぁ! 」


 うつ伏せにドアに押し付けられたキールは悲鳴を上げて仕込み杖を落とす。 翔子はすぐさま短剣を逆手に持ち換え、キールの背中から喉元に短剣を突き付けた。


「久しぶりね、キール叔父様 」


「!? 」


 戦闘慣れしたその身のこなしと、久しぶりというその言葉にキールとレベッカは驚いて固まる。 キールを全身で押し付ける翔子の表情は、狂気ではなく優しく笑っていた。 

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