78話
ポツポツと冷たい粒が顔に飛び、雨かと思って指で触るとヌルっとした感触。 鉄の焦げたような匂いと指先の感触に、それが血だとすぐに分かった。 慌てて突風が吹き抜けた先を見ると、腕を押さえたローランと細身の長い剣を構えたレベッカさんが対峙していた。
「御無事ですかショウコ様! 」
姿勢を崩さずチラッと私を見たレベッカさんは、すぐにローランに視線を戻して切っ先を向ける。 大怪我をしてしてまだ一ヶ月も経ってないのに、そんな素振りは一切見せず一度やられた相手に物怖じもしていなかった。
「逃げてレベッカさん! そいつ本気で殺しに来るよ! 」
マジで相手が悪い…… そう思って叫んだが、レベッカさんはフフっと私に笑う。
「ご心配なく、ショウコ様。 前回はショウコ様の仲間と思って油断しましたが、今回は状況が違いますから。 それよりもショウコ様はお怪我は? 」
「大丈夫。 ちょっと動けないけど 」
仰向けに寝転がったままレベッカさんに苦笑いしてみる。
「ご無理をされたんですね、隙を見てお逃げ下さい 」
「逃げるなんて出来ない。 中にミシェルさん達がいるの 」
「…… 了解です。 なんとかしましょう 」
レベッカさんは片方の足を前に出すと、あっという間にローランと間合いを詰めて剣を一閃した。 鋭い太刀筋だったが、片腕を押さえながらもローランはその場から飛び退いて、レベッカさんの剣はヒュンと空を切る。 ローランも落ちていた剣を拾って斬り付けるが、スッと右へ左へとかわすレベッカさんにかすりもしなかった。
「…… 凄い 」
次々と打ち込むレベッカさんの剣技は、力で圧倒的に上回る相手に全く引けをとらない。 それどころか、ジリジリとローランを壁際に追い詰めていっていた。 大振りなローランの剣をヒラリとかわし、時には受け止め、受け流してローランの態勢を崩す。
「クッ!! 」
レベッカさんの剣がローランの頬をかすめて鮮血が滲む。 堪らずローランは後退り、勢い任せにジャンプして屋敷の屋根に飛び移った。
「弓構え! 放て! 」
いつからそこにいたのか、レベッカさんが叫ぶと私の真上を何本もの矢がビュンビュンと飛んでいく。
「あぐぁ!! 」
その一本が肩を貫き、ローランは屋根の影に隠れてしまった。
「今のうちですショウコ様! ミシ…… フローラ様を! 」
レベッカさんが私に駆け寄って肩を貸してくれた。 そうだった、ミシェルさん達を助けなきゃ! そう思っても体は重たく、全く言うことを聞いてくれない。
「お願い! 誰だか知らないけどもう一回リンクしてよ! 」
頭の中に響いた声。 きっとそのリンクって力で、私の体は限界を超えて動いたから体が悲鳴を上げてるんだ。 この場から逃げるだけでいい…… リンクで私の体を動かしてよ!
リンクして! お願い!
「ショウコ様? 」
不思議そうな顔をするレベッカさんには構わず心の中でも叫ぶ。 だがあの声からの返答はなく、徐々に強い睡魔が襲ってくる。
「ダメ…… 助け…… なきゃ…… 」
レベッカさんの肩にすがり付き、ミシェルさん達が倒れている部屋の割れた窓を見ながら私の意識は遠退いていった。
目が覚めた時には、私は懐かしい匂いのするベッドの上に寝ていた。 この匂いはミシェルさんが使っている液体石鹸の匂い…… ってことは、ここはフォン・ガルーダのミシェルさんの部屋か。
「お気付きになりましたか? 」
目線を横に向けると、レベッカさんが心配そうな顔で私を見つめていた。
「…… ミシェルさんの部屋? 」
「いえ、キール卿の別宅だそうです。 キール卿の本邸が破壊されてしまったのでこちらにと、キール卿の執事の方々が案内してくれました 」
「あっ! ミシェルさん達は!? 」
ベッドから飛び起きようとしたのをレベッカさんに押さえつけられて、再びシーツをかけられる。
「大丈夫、みなさんも無事ですよ。 落ち着いて体を休めて下さい 」
ポンポンと赤ちゃんを寝かしつけるように胸元を叩かれて微笑まれた。 ちょっと恥ずかしくなってシーツを目元まで掛ける。
「突然気を失われたのでビックリしました。 体調はどうですか? 」
「そうだ! ローランは!? 」
「逃げられました。 すぐに屋根の上へ行こうとしたのですが、火の手に阻まれて近づけず…… 高台からの確認では奴の姿はありませんでした。 申し訳ありません 」
「ううん、皆が無事ならそれでいいの。 ありがとう 」
レベッカさんにお礼を言うと、彼女は『いえ、』と深々と頭を下げる。 頭を下げるのは私の方だ。 もし彼女が駆け付けてくれなかったら、今頃は私の心臓に短剣が突き立てられていたんだから。
「ショウコ様、ヒカル様は? 」
「…… 知らない。 今頃ローレシアで美女とイチャイチャしてるんじゃないの? 」
光ちゃんのことを聞かれて、またあのキスシーンが頭に甦る。 別にどうでもいいけど、私達がこんな大変な目に遭ってるのに…… 腹立つ!
「ローレシア公国に渡れたのですね! さすがヒカル様ですね! と言いたいところですが、御一緒ではなかったのですね 」
「あのバカ、私のバッグから手紙をこっそり抜き取って一人で無茶して渡ったのよ。 私もガルーダに乗せてもらって渡れたんだけど、無事なのかなと心配してたら…… あーもう! 思い出しただけでも腹立つ! 」
「…… 色々とお聞きしたいことはありますが…… ヒカル様とケンカされてるのですか? 」
「してないわ! …… してない、うん 」
じゃあなんでこんなにイライラしてるんだろ。 キョトンとしているレベッカさんは私を見てクスッと笑う。
「ヒドイ男ですね。 勝手に隣国に渡った挙げ句、女遊びに耽っているなんて…… 許せません 」
キッとレベッカさんの目つきが変わる。 あれ、怒ってる?
「あ、いや…… そうじゃないの。 一人でローレシアに渡ったのだって、私やアリスを危険に晒さないようにって思ってのことだったんだろうし。 ステラのことだって、きっと何か事情があったんだろうし…… 」
私が弁解すると、レベッカさんの表情が一転して柔らかいものになった。 あれ、のせられた?
「存じていますよ、ヒカル様はそんな男性ではありません。 やっと私のお慕いするショウコ様のお顔が見れました 」
クスクスと笑うレベッカさん。 私、そんなにヒドイ顔をしてたんだろうか。
コンコン
私達の話し声が聞こえたんだろうか、タイミングよくドアをノックしてメイドさんと執事さんが顔を覗かせた。 その後に続いて、首と腕に包帯を巻いたキール卿が部屋に入ってくる。
「具合はどうだショウコ 」
「はい、大丈夫です。 キール卿こそご無事ですか? 」
『ウム』と一つ頷いたキール卿はメイドさんと執事さんを下がらせて、レベッカさんと反対側の私のベッドの横の椅子に腰かけた。
「早速だが、今後の話をしよう。 手を貸してくれるか? 」
私は起き上がってレベッカさんの顔を見る。 レベッカさんもまた私の目を見て一つ頷き、私はキール卿を真っ直ぐに見た。
「はい、出来る事があれば 」




