76話
「ホントに水面ギリギリまで下りてくるんだ…… 」
偵察の為にガルーダに乗っていち早く王都ファーランドに到着した私は、王城のはるか上空を旋回していた。 湖面から30メートルは上空を浮遊していた王城は、シリウスの部下ハロルドの言った通り、今にも湖面に着水しそうなくらいまで降下し、ユシリーン湖の一角に建設された桟橋に接岸しようとしていた。 王城側の人の往来は慌ただしく、馬を繋いでいない沢山の馬車や山積みにされた木箱が中庭に並べられている。 桟橋側も多くの人々が集まっていて、恐らくこれからが備蓄の補充や光奴の連行が行われるのだろう。
「考えてみれば、ミナミは王城を自由に出入りしていたよね…… 」
私がここに来た時には、王城はやはり遥か上空にあったからそれが普通なんだと思ってた。 でもそれでは王城から城下町への出入りは出来ないし、<イシュタルの空>には空を飛べる乗り物等は出てこなかった。
「…… 元々は湖面ギリギリで浮遊してた? 」
それなら桟橋が城門代わりになるし、人々も自由に出入り出来るだろう。 きっと空高く浮遊するようになったのは国王が殺されてから。 バルドル宰相が王城をコントロールして上空に持ち上げたのだ。 アルベルト卿やキール卿が王城に近づけなくなったと言っていたのもこのせいだと納得する。
「今はこれ以上近づく訳にはいかないしなぁ 」
シリウス達は備蓄を運ぶギルド兵士に紛れて突入する為、今バルドルに警戒されるわけにはいかない。 この位置ならガルーダに隠れて私の姿に気付く人はいないだろうが、これ以上近付くといけない気がする。 もう少し降下して王城の全貌を見ておきたかったけど、諦めてマウンベイラに引き返すことにした。
「…… 」
私にアベルコ卿奪還なんてできるんだろうか。 ガルーダに乗ることは出来ても他の事なんて何も出来ないし、剣を構えたところで戦う術なんか知らない。
「光ちゃん…… 」
ふと光ちゃんの顔が頭の中に浮かぶ。 きっと光ちゃんなら、こんな状況でも笑いながらなんとかしてしまうんだろう。 それに加えてあんな凄いスキルを持ってるし、だからあんな奈落のような国境の谷も突破……
そう考えていると、あのステラという女とキスしている光景が頭に浮かんだ。
「…… 知らない! 」
仲良くしてればいいじゃない! どうせ現実世界に帰れるわけじゃないし、こっちで幸せになるんだったらそれはそれで悪くないでしょ。
「帰ろ、ガルーダ 」
ポンポンとガルーダの首元を叩いた瞬間、ガルーダは突然急旋回してエルンストへ向けて飛んだ。
「うわっ! 違うよガルーダ、そっちじゃ…… 」
振り落とされそうになった態勢を直して前を見ると、エルンストの町の方向から一筋の真っ黒い煙が上がっていることに気が付いた。
「なにあれ…… 火事? 」
王都からエルンストまではかなりの距離がある。 この場所からでも黒い煙の筋が見えるということは、かなり大きな火事かもしれない。 ふとアリスとミシェルさんの顔が頭をよぎる。
「ガルーダ、飛んで! 」
ガルーダは一度上昇して舞い上がった後、翼を畳んでスピードに勢いをつけ風に乗る。 何回かこの子に乗っているうちにこの子の癖も段々とわかってきたし、ガルーダを操っているという優越感は私を得意気な気分にさせていた。
30分程でエルンストの町が見えてきた。 煙が上がっていたのはキール卿の屋敷で、屋敷のいたるところから炎や真っ黒い煙が噴き出ていた。 私とガルーダは煙を避けて屋敷の上空を旋回するが、熱気を帯びた空気に近寄ることが出来なかった。 やむを得ず近くの森にガルーダを下ろし、私は走って火の手が回っていないキール卿の屋敷の裏手から敷地内に入る。
「アリスー! ミシェルさーん!! 」
無事であってほしい…… 二人の名前を何回も叫びながら裏庭を進み、建物の角を曲がったところで、キール卿の私兵が何人か倒れているのを見つけた。
「うっ! 」
急いで近寄って声をかけようと手を伸ばしたが、その私兵は目を見開き、口から血を流して絶命していた。 他の私兵も見てみたが、その全員が既に死んでいる。
「何があったの…… 」
煤が体に付いてないから、少なくても煙に巻かれて亡くなったんじゃない。 腕や足があり得ない方向に曲がってる…… こんなことできる奴は私は一人しか知らない。
ローランの仕業だ
胸が苦しくなって呼吸が荒くなる。 全身の血が煮えたぎるように体が熱い。 目の前がなんとなく赤っぽく見えるのは気のせいだとしても、なんだか体が自分の物じゃないような感覚だ。
「アリス…… ミシェルさん…… 」
探さなきゃ。 苦しい胸を押さえながら必死に立ち上がり、ヨロヨロと屋敷の壁を支えにして建物の表側に足を進めた時だった。
「うがあぁぁ!! 」
壁伝いに歩いて窓に差し掛かった時、屋敷の中から男性の苦痛の悲鳴が聞こえた。 覗き込むと、ローランが片手でキール卿の首を締め上げて、手首を関節と逆方向に捩じっているのが見えた。 キール卿の足は宙に浮き、その表情は苦痛に歪んで青ざめていた。 その足元にはうつ伏せに倒れているミシェルさんと、奥には壁に背を付けてぐったりしているアリス。
「!! 」
ガシャーン
一気に頭に血が上った私は、無意識に素手で目の前のガラス窓を叩き割っていた。




