75話
「えっと、あの…… 」
シリウスのギルド拠点前に集まった民衆や貴族の前に、私はガルーダとシリウスの部隊を従えるように立っていた。 シリウスから貰ったギルド指揮官の正装を破れた服の代わりに着て、膝までの長さのマントまで着ける羽目になってしまった。 こっちの方が箔がつくと、シリウスや部下のギルド兵士から着せ替え人形のように衣装合わせをさせられたのだ。 ざわざわと聞こえる民衆の声からは、『頑張れ』とか『大丈夫か』とか、果てには『勇者の爆誕』だとか色んな事が聞こえてくる。
「ショウコ、皆はあなたを希望の光と思っています。 出任せでもいい、皆の期待に応えてあげて下さい 」
後ろから耳打ちしてくるシリウスに、緊張が大きくなって頭が真っ白になってしまう。 こんな大勢の人に注目されたことない…… 人々の目線がとても痛く感じる。
「えと…… 」
私の第一声に民衆はシーンと静まり返った。 より一層注目されてしまって上手く口が動かない。
「ア、アベルコ卿を王都から連れ出してき…… いや、救出してきます。 みなさんは心配しないで、普段の生活を続けて下さい。 決して手伝おうとか…… みなさんが命を危険に晒すことを、アベルコ卿は喜びはしないでしょうから 」
無音に近い広場でこんな演説はとても恥ずかしい。 何事かと駆け付けてきたおそらく王都付きのギルド兵までもが黙って私の次の言葉を待っていた。
「その…… 行ってきましゅ! 」
噛んでしまった。 やっぱり私は主人公には向いてないよ光ちゃ……
わああぁぁ!!!
民衆から体が跳ねるほどの大歓声が上がった。 ガルーダもびっくりして翼を大きく広げ、キーっと鳴きながら一瞬で上空に逃げてしまった。
「これほどまでに皆もアベルコ様の帰還を待ちわびているのです。 我々も微力ながら全力でサポートしますよ 」
シリウスは私の肩に手を添えて微笑んでいた。
「サポートって言ったって、ファーランド王城は空の上でしょ? ガルーダも一人しか乗せて飛べないと思うんだけど 」
見上げるとガルーダは頭の上をゆっくりと旋回している。 未だ収まらない民衆に警戒して降りてくる気はなさそう。
「ファーランド王城は20日に一回のペースで地上に降りてきます。 王城も生活物資を補給しなければなりませんから、ずっと高い位置に浮遊している訳ではないのです。 ハロルド、次の王城の献上日はいつだ? 」
「はい、昨日の王城の高度を考えると明日明後日になるかと 」
部下のハロルドは迷いなく答える。 高度を考えると? ってどういうこと?
「20日周期で降りてくるなら、次の日時は確定してるんじゃないの? 」
「正確に決まっている訳ではないんですよ。 備蓄がなくなれば降りてくる、あるいは浮遊する力が弱くなれば降りてくる…… といった所でしょうか 」
浮遊する力。 そもそもそれを考えたことはなかった。 イシュタルそのものが浮遊大陸だし、ファーランド王城も浮いているのが常識の世界なのだと思っていたけれど、現実的に考えればこんな非現実的なことはない。
「ねぇシリウス、ファーランド王城ってどうやって浮遊してるの? 」
キョトンとしてパチパチと瞬くシリウスは、顎に手を当てて『うーん』と一生懸命考えている。
「いや、知らないならいいよ。 変な質問してごめんね 」
「いえ、そうではなくて…… 諸説ありますので、どれが一番現実的なものか考えてました。 一番有力なのは、この大陸と同じ力で浮いている、というものでしょうか 」
「…… その力って? 」
「不思議な力を持った結晶石だと言われています。 150年程前に初代ファーランド王がその結晶石を城内の地下で発見し、その結晶石に自らの血を振りかけて大地ごと持ち上げたのだとか 」
血…… アリスの妄想ではないが、やはりこの世界にはそういうものがあるんだ。 でも血と聞いて何か違和感を覚える。 <イシュタルの空>ではそんなことは一切触れていなかったからどんなものかは想像つかないが、仮にその結晶石が血をエネルギーにしているのだとしたら……
「そんな顔しないで下さい。 困らせるつもりはなかったんですが…… あくまで噂ですから 」
眉間にシワが寄っていることに気が付いた。 ブンブンと首を横に振ってシリウスにニッコリ笑って見せるが、シリウスは浮かない顔だ。
「どうしました? 」
「うん…… もし、もしもだよ? 初代ファーランド王が光奴の血を受け継いでいて、その血が王城を浮遊させる力を持っているのだとしたら、バルドル宰相が王都に光奴を集めている理由も成り立つんじゃない? 」
シリウスや部下達の顔が一瞬にして真顔になった。
「頷けますね。 国王が亡くなられる前、ファーランド王城は一度だけユシリーン湖に着水しているんです。 ファーランドの危機だと大騒ぎだったのですが、あの事件の後に急浮上したのを覚えています。 王城の中で何があったのかは分かりかねますが、それが王城で暮らしていた光奴の血の力なんだとしたら…… 」
「行方不明になる光奴がどうなったのかの説明もつくよね 」
私とシリウスは揃って頷いた。 いつだったか忘れたけど、光奴の飛来は月に10人程だと言っていたのを覚えてる。 年間で100人以上も王都に集められるのなら、今頃王城は光奴だらけでパンクする。 そうなっていないのは、やはり光奴の数が常時減っていってるからだろう。
「あなたもやはりそう考えますか…… 火のない所に煙は立たぬ、ですね。 恐らくアベルコ様は、その事実を知って城内で抗議したのでしょう。 そして囚われた 」
「人の命をエネルギーにして浮かせてるなんて…… そんなのひどい! 」
王城が空中に浮いてなきゃならない理由なんて私には理解出来ない。 ただそれだけの為に殺され続ける人達を見過ごしておけないし、アリスを王城に連れて行かれる訳にもいかない。
「行こうシリウス 」
何かモヤモヤしたものが私の胸の中で渦を巻き始める。 拳を握りしめると、ガルーダが私に覆い被さるように降りてきて、まるで私の怒りを代弁するかのように大きく翼を広げて高らかに鳴いた。
「はっ! 」
シリウス率いるギルド兵士達は私の前に片膝をついて伏礼し、民衆は再び歓声を上げる。 広場の端の方では、民衆と王都付きのギルド兵士の間で殴り合いが始まっていたようだが、もうそんなことはどうでもよくなっていた。
堕としてやる
そんな感情が心を埋めていく。 私の髪の色がどす黒い血のような色に変わっていたのは、後で知ることだった。




