73話
「マジか…… ステラ、一体何者だ? 」
サンルーク城へ続く堅牢な門を顔パスで抜け、ステラと光は警備の兵士に誰一人止められることなく公主の執務室の前まで辿り着いた。
「レインジア家の末娘よ? もうレインジアとは言えないけど 」
ステラはにこやかに光に答えながら執務室のドアをノックした。 『どうぞ』と執務室の中から返事を聞いたステラは、ひとつ咳払いをしてゆっくりドアを開けた。
「失礼します 」
広々とした執務室の奥にはアンティーク調の豪華な机が置かれ、壁に備え付けられた書棚にはびっしりと隙間なく本や書類が並べられていた。
「ようこそ、サンルークへ 」
その豪華な机の背髙の椅子に座る若き公主メレアと、傍らに後ろ手でたたずむ七三分けの中年男性がステラと光を迎えた。
「お久しぶりです、メレア様 」
「あなたに様付けされるのは心外だわ、ステラ 」
メレアは残念そうな表情で片肘をついてため息をひとつ。
「仕方ないじゃない、あなたは公主様で私は一平民なんですもの。 小さなころからの親友と言えども礼儀は必要だわ 」
「やめてステラ、かたっくるしいわ。 公主と言う肩書きの前に、私はあなたの親友よ 」
ニコッと微笑むメレアの様子に、光はステラの腕を肘で突く。
「公主と幼馴染なのか? 」
「秘策があると言ったでしょ? 通常、公主と面会するには一週間くらい前からアポを取っておかないと無理なんだけど、私の場合はいきなり訪ねてもいいように彼女が取り計らってくれているのよ。 忙しい中時間を割いて相手してくれるのには申し訳ないと思いつつも、ついつい会いに来てしまうのよね 」
苦笑いするステラだったが、一番の親友のメレアが公主になったことがステラにとっては自慢だった。
「あなたがヒカルね。 なんでもファーランド王国からの書状を届けに来たのだとか 」
「!? 」
光は思わず手にしていた封書をグシャッと握りつぶしてしまった。 『あらあら……』とメレアはため息を漏らして、横に控えている中年男性と顔を見合わせる。
「摂政のヤナハラと言います。 自分のスキルは予知夢でしてね、あなた方がここへ来ることはわかっていました。 ステラさんがドアの前で咳払いをして声を整えたことも承知していますよ。 書状を拝見しましょうか 」
ピクッと背筋が伸びるステラに、メレアとヤナハラはクスクスと笑っていた。 光はぐしゃぐしゃにしてしまった封書のしわを一生懸命伸ばして両手でヤナハラに手渡す。 ヤナハラはペーパーナイフで丁寧に封書を開け、しわを伸ばしながら目を通し始めた。
「ヤナハラ様の予知夢は的中率100パーセントと言われているわ。 そのスキルを見出して、彼女はヤナハラ様をパートナーに公主にまで上り詰めたの。 ヤナハラ様のスキルのおかげでこの国は失敗なく事が進んでいるわ 」
「だからスキル持ちが貴族の間で重宝されているってわけか 」
「メレア様…… 」
ヤナハラは一通りアルベルトからの封書の中身に目を通した後、険しい顔でメレアに封書を渡す。
「あなたの夢とは内容が違っていたのね? 」
「はい、御一読下さい。 私では判断致しかねます 」
ステラと光が見守る中、メレアは表情を変えずゆっくりと封書に目を通す。 ふとメレアは光に目線を移し、今まで柔らかかった雰囲気が一気に緊迫感を帯びた。
「ヒカル、これはファーランド王国を滅亡させかねない内容です。 あなたはそれを知っててこれを届けに来たのですか? 」
「内容は知りません。 が、一領主が他国に助けを求めるような事をするということは、ファーランド王国は既に滅亡の道を辿っていると見るべきだ 」
「賢い見解ね。 この封書には、我がローレシア公国から何かしらのアクションを起こし、ファーランド王城に攻め入る機会を作って欲しいと書かれているわ。 私は現状のファーランド王国を知らない。 それにこのアルベルト・コールベルという男、信用に足る人物かどうかも分からないのに、私はどう答えればいいかしらね? 」
一国を動かす事だけに、光を見据えるメレアの目線は厳しい。
「俺は翔子がこの封書を持ってこようとしたから代わりに持ってきただけです。 アルベルト卿が信用されようがされまいが、あなたがその封書の内容をどう思おうが俺は構わない 」
光のその言葉にメレアもヤナハラもキョトンとしていた。
「…… ではあなたはファーランド王国を救おうとここに来たわけではないの? 」
「翔子が本気で救いたいと思ってるならそれの手伝いをする。 俺は主役じゃないですから 」
「翔子? 」
「はは…… めんどくさい女だけど凄い奴ですよ。 俺はあいつの…… 痛っ! 」
光は苦笑いをメレアに向ける。 横にいるステラは翔子の名前を聞いて、キッと光を睨んで腕をつねったのだ。 メレアがヤナハラに目線を向けると、ヤナハラは首を横に振る。
「自分の夢はこんな展開ではありません 」
『ふむ』とメレアは腕組みをして考え、しばらく考えた後に『決めた』と呟いた。
「ヤナハラ、飛行船の最終チェックを急がせてちょうだい 」
「それではファーランドに行かれるのですか? 」
「ええ、そのショウコという人物に会ってみたくなったわ。 あなたのスキルをも上回るヒカルの信頼を、ここまで得る人物はどんな人なのか…… ね 」
「飛行船!? 」
驚く光にメレアはクスクスと笑い、席を立って窓辺を覗くよう光を手招きした。 ステラに腕を引かれて窓の外を覗くと、中庭にワイヤーで固定された巨大な飛行船が所狭しと停泊していた。
「すげぇ…… 」
「先日完成したばかりなのだけれど、フライトテストは実施済みよ。 長距離を飛ばすのは初めてだけど 」
フフンと満足げに鼻を鳴らすメレアに、光はガックリと肩を落とした。
「飛行船といい翔子の鳥といい、俺の決死の国境越えはなんだったんだ…… 」
「無駄ではないですよ、ヒカル君が自らここへ来なければ始まらなかったことですから 」
ヤナハラにそう言われて光は再び苦笑いを返す。
「そういえばさっき、公主があなたのスキルを上回るとかなんとか…… 」
「ええ。 私の予知夢はほぼその通りになるんですが、ごく稀にその夢とは違う現実に遭遇します。 その原因は大きなスキルの力を持つ人物が関わった時のみ…… メレア様は貴方に興味がおありのようです 」
「俺? 」
光がメレアに視線を移すと、メレアはニッコリと微笑む。 それを見たステラは頬を膨らませ、メレアと光の間に割って入って光の腕に絡み付いた。
「いくらメレアと言ってもこの方はダメ 」
「別に取ったりしないわよ。 でもそんなにあなたを惚れさせた経緯には興味があるわ。 飛行船のチェックが済むまでまだ時間があるから教えてくれない? 」
「ヒカル様ったら凄いのよ! あのナラガンを…… 」
待ってましたとばかりに、そこからニヤけるステラの話が始まった。 ヤナハラは控えていたメイドに飲み物の手配をし、メレアは話を聞きながら応接用のソファに移動していく。
「…… なんなんだこれ。 公主とガールズトークか? 」
光はステラに腕を引かれてされるがままソファに腰を降ろし、げんなりしながらも適当に相づちを打つのだった。




