70話
突然視界が真っ暗になり、腕ごと体が強い力に挟まれた。 その直後、フワッと浮き上がる感覚…… その周りでは男達の悲痛な叫び声が響いた。
「ぎゃあ! 」
「うわっ! ガルーダだぁ! 」
気付けば私は、外円道を空から見下ろしていた。 慌てて見上げると私の何倍も大きいガルーダに、担がれていた子分ごと文字通り鷲掴みにされていたのだ。 空が見えないほどの茶色の翼を大きく広げたガルーダは、上昇気流を掴まえてどんどん上空へと上がっていっている。 私を担いでいた賊の子分はピクリとも動かず、ガルーダの鋭い鉤爪が左胸に深く突き刺さりダランとしていた。
「き、きゃあぁ!! 」
思わず目を瞑って子分から目を背ける。 私の声にビックリしたのか、ガルーダは突然急上昇して鉤爪の力を緩めた。 急上昇の挙動に耐えきれず、子分の体は真っ赤な血を撒き散らしながら落ちていく。
「うぅ…… 」
見たくないのに目を離せなくて、落ちていく子分が地面に叩きつけられる瞬間まで見てしまった。 自分もああなってしまうのかと考えると、体中の血の気が引いていく……
「光ちゃん…… 助けて…… 」
恐らく光ちゃんでも、この状況はどうすることも出来ないだろう。 それでも光ちゃんにすがらないと恐怖で気を失ってしまいそうだった。 襲われた場所は既に見えなくなり、やがてマウンベイラのクレーターが見えてくる。 その中でも一際盛り上がった高台にガルーダは降下し、片足で私を捕まえたままゆっくりと両足で着地した。
「う……」
私はうつ伏せに地面に押し付けられて、背中にガルーダの足の重さを感じる。 このまま背中からついばまれて美味しく食べられちゃうんだ……
悔しいなぁ、やっと前に進めたような気がしたのに。
目を閉じてその時を待っていると、フッと背中から押し付けられる力が抜けた。
「…… え? 」
しばらくしてもついばまれる気配がない。 補食の為に私を襲ったんじゃないの? 恐る恐る目を開けてガルーダを見ると、ガルーダは私をじっと上から見下ろしているだけだった。
「…… もしかして助けてくれたの? 」
ガルーダに向き直ってその顔を見上げると、ガルーダは私の言葉が分かるかのように大きなくちばしを寄せてきた。 ビックリして少し仰け反ってしまったが、くちばしを触っても警戒する素振りを見せない。
「ありがとう 」
そう言って喉元を撫でてやると、ガルーダも嬉しそうにクルクルと喉を鳴らした。 さっきまであれほど怖かったガルーダが可愛く見えてくる。
「馬もそうだけど、あなたも私の言葉が分かるの? 」
なんてバカな質問をしてみた。 案の定ガルーダは何のリアクションもせず、じっと私を見た後、クイッと首を捻る。
「そりゃそうだよね 」
野生の怪鳥が人間の言葉を理解できるわけがない。 犬のお手みたいに翼を広げたりしたらビックリだよ……
バサッ
ガルーダは両翼を大きく広げてそのまま静止した。 『はい、これがどうしたの?』と言わんばかりに私をじっと見つめ、時折翼を前後に動かしたり。 嘘でしょ……
「…… あ、足見せて 」
するとガルーダは片足をそっと私の前に差し出し、クルクルと鳴きながら自分の翼の手入れを始めた。 この子、私のイメージを感じ取って行動してるんだ。
「お願いガルーダ! 私を乗せてローレシアまで飛んで欲しいの! 」
遠くに見えるタンドールの先。 クレーターの外のレーンバードのその先。 霧がかっていて良く見えないけど、あの地で光ちゃんが一人で頑張ってる。 ガルーダなら、きっとひとっ飛びで行ける。
光ちゃんに会いたい…… そんな想いを込めてガルーダの目をじっと見つめた。
クルクル……
ガルーダは首をもたげてくちばしを私の頬に擦り寄せ、ゆっくりとうずくまってくれた。
「ありがとう 」
馬に飛び乗るように、私はガルーダの背中に乗り込む。 鳥に乗るなんて初めてだが、四の五の言ってはいられない。 とにかく振り落とされないように柔らかい背中の毛にしがみつくと、ガルーダは大きな翼を広げて高台からダイブした。
「おぅあぁ…… んきゃあー! 」
ガルーダはクレーターの斜面を滑るように下り、そこから一気に急上昇する。 ジェットコースターの比ではないスリルと、体にかかる半端ない重力に悲鳴を上げ、気が付けば眼下には豆粒になったタンドール。
「凄い、一気にこんなに高くまで飛んじゃったんだ…… 」
上昇した後はとても安定していて、ガルーダはうまく気流を掴みながらクレーターを越えていく。 私はその翼の動きを邪魔しないよう、ガルーダの背中の真ん中に膝で立って背中の毛をしっかり握った。
「あ…… 」
やがて見えてきた緑一色の大地。 ここから先が<イシュタルの空>には書かれていなかったローレシア公国だ。 真下に見えているファーランド王国とローレシア公国の国境は大きく窪んだ岩地。 ローレシア側は岩肌剥き出しの絶崖…… まるでここだけをえぐり取ったような形に違和感を覚える。
「光ちゃん、ここを越えて行ったんだ…… 」
注意深く窪んだ岩地を見ていたが、とりあえず人影らしきものは見当たらない。 きっと光ちゃんは無事ここを抜けて、ローレシア公国に行ったんだろう。
「ガルーダ、もう少し低く飛んでくれる? もしかしたら途中で光ちゃんを見つけられるかもしれない 」
ガルーダはゆっくりと降下を始める。 やっぱりこの子、私の意思を感じ取ってる…… スピードは落とさず、人の姿を目視できる高さで飛んでくれるのだ。
「あ…… 」
点々とした村をいくつか超え、大きめの町を過ぎたあたりで、街道の真ん中を歩いている人影が目に入った。 向かっている先は一際大きな城下町だ。
「見つけた! 」
アルベルト卿の部下と同じ青い制服の後ろ姿。 光ちゃんで間違いない!
「光ちゃ…… 」
呼びかけようとしたが、光ちゃんの横を一緒に歩く長い銀髪の女の人の姿に言葉が止まった。
誰? あれ……
腕組んでる? 本当に光ちゃんなのか確かめる為に頭の上を通り過ぎて顔を見る。 向こうもガルーダの影に気付いたようで、上を見て驚いた素振りをしていた。 あの反応、まぎれもなく鳥嫌いの光ちゃんだ。
「光ちゃん! 」
私は光ちゃんと銀髪の女性の前にガルーダを着地させ、背中の上から光ちゃんに叫んだ。
「翔子! ってうわわ…… 鳥だ 」
この距離はマズかったか…… 光ちゃんは銀髪の女性の後ろに隠れてしまった。
「バカ! なんで一人で無茶しようとするのよ! 」
「戻るに戻れなかったんだよ! 途中でギルド兵に見つかっちまって、逃げたら国境側に落ちちまって。 ここまで来たらもう行くしかないって…… 」
「ヒカル様をいじめないで! 」
突然銀髪の女性が両手を広げて私の前に立ちはだかった。
「い…… いじめる? 」
ガルーダを前にしても物怖じしないこの人って何者? ヒカル様って何!?
「あの…… どちら様ですか? 」
「ヒカル様の嫁よ! 」
は…… はい?




