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イシュタルの大地へ  作者: コーキ
3章 ファーランド王国の使者
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69話

 翌朝、そのまま酔いつぶれて寝てしまったアリスをミシェルに任せて、翔子は一人朝陽が昇ると同時にマインベイラへと馬を走らせていた。


「一人で行ってこいなんて、アンタも意地悪だね。 ワタシの可愛い娘に何かあったらどうするんだい? 」


 広い食堂の真ん中に置かれた長い食卓についていたミシェルは、ふてくされた顔でキールを睨む。


「あの娘の素性や実力がわからぬうちに、『はいそうですか』と力を貸すはずがなかろう? ほれ、せっかくの美味い朝食が冷めてしまうぞ? 」


 10人は座れそうな長い食卓の上には、厚切りのステーキや野菜スープ、サラダやフルーツの盛り合わせなど、食べきれないほどの料理が並べられた。 が、ミシェルは一切手を付けずに窓の外をじっと見つめていた。


「食べないんですか? すっごく美味しいですよ! 」


 アリスは満面の笑みでステーキを平らげ、サラダをがっつきながらミシェルに微笑む。 口のまわりにソースをベッタリとつけて、次々と料理をたいらげるアリスの様子を、キールは呆れながら見ていたが、遠慮しないその食欲にクククと笑う。


「この娘もショーコと同じスキルだそうだな? あれほどスキル持ちに出会うことがなかったが、ここにきて何人も重なるとは…… スキル持ち同士は引き合うのか? 」


「さあねえ。 ヒカルもスキル持ちだし、もしかしたらショーコのスキルがスキル持ちを引き寄せるものなのかもしれないね。 いい男だよ? ワタシの自慢の息子だ 」


「ふむ…… 」


 キールはあごひげをさすりながらアリスを見つめていた。 そんなことにはお構いもせず、アリスはフルーツ盛りに手を伸ばす。 その様子にミシェルは微笑むが、翔子の安否が気になって再び窓の外に目を向けた。


「あの娘がそんなに気になるか? 」


「アンタが酷なことを言うからだよ。 自力でアベルコを王都から連れ出してここに連れて来いだなんて…… 」


 キールが出した条件は、未だ王都から戻らないアベルコ卿を、どんな手を使ってでもこの屋敷に連れてくることだった。 期限は二週間、それが出来なければ力を貸すことはおろか、アリスを王都へ突き出すというオマケ付き。 翔子は半ば強制的なその条件を断る事が出来ず、従うしかなかったのだ。


「そう言うお前も一切反論しなかったではないか? 」


「あの子は泣き虫だけど、人一倍根性あるからね。 必ず戻ってくる…… そんな気にさせられるんだよ 」


「言葉以外何もできない小娘を随分と高く評価しているのだな? 」


「あの子の雰囲気というか…… あれもスキルなのかねぇ? なぜかあの子の周りを金色の光が守っているように見えるんだよ。 そういうアンタこそ、そう感じたからアベルコの件をあの子にやらせてみようと思ったんだろ? 」


 キールはフンと鼻を鳴らしてそっぽを向く。 グイっと水の入ったグラスを一気に飲み干すと、テーブルに肩肘をついてアリスに向き合った。


「さて、満腹になったところでお前にも働いてもらおうか 」


「…… 体でご奉仕はお断りよ? 」


 一瞬で呆気に取られたキールは豪快に笑い始めた。


「誰がその貧相な体で奉仕などしてもらおうと思うか! ショーコといいお前といい、二ホンという国の女は度胸があるのだな 」


「領主様がロリコンじゃなくて安心したわ。 なにかしら? 」


 大笑いしていたキールは突然真顔になり、気迫に満ちた表情でアリスに言った。


「病に侵されている光奴に会わせる。 昨日言ったように、彼はもう永くはないだろう…… 彼と話をし、このエルンストで役立つ情報がないか聞き出すのだ 」


「…… 日本の文化をこの世界に取り入れたい、ってことかしら? 」


「その通りだ 」


「日本とイシュタルでは世界観が全然違うわ。 アタシの知識と合わせても有益な情報はないと思うけど、それでもいいのかしら? 」


「有益かどうかは私が決めることだ。 お前は様々な事について聞き出せばよい 」


 キールはおもむろに席を立つと、メイドを連れて食堂を出ていった。


「それじゃワタシも頑張ってみようかね 」


 ミシェルも席を立ち、両手を伸ばして大きく伸びをする。


「…… なにするの? 」


 「ダイエットだよ。 以前の体型に戻しておかないと、皆にフローラだって気付いてもらえないだろ? ショーコが戻ってくるまでにやってみせるよ 」





「お願い! 頑張って! 」


 キールから借りた馬を励ましながら、翔子は全力で外円道をマウンベイラに向けて走っていた。 順調に進んではいるが、エルンストとマウンベイラの境はまだ遠い。 太陽が頭の上に来る頃で進まなければならない距離の4分の1にも達していなかった。


 馬はアルトやマックスのようなスタミナはなく、休憩を挟む度にペースも落ちていく。 このままでは今日中にマウンベイラに入れるかどうか分からない…… と翔子は焦っていた。 この辺りはシエスタほど狂暴な野犬等はいないが、生息していないわけではない。 それに加えてクラッセとバートンが賊に襲われたばかりで、身を守る術を持たない翔子は警戒心が強くなっていたのだ。


「…… ムーンベルで一泊した方が安全かな 」


 ムーンベルはエルンスト最北の村。 外円道を少し外れたマウンベイラとエルンストを行き来する中継の村だ。 両領地を結ぶ最短経路上の村なのだが、元々マウンベイラとエルンストはあまり交流はなく行商人の往来も少ない。 村の位置も中継と呼べる利便性の良い場所ではなく、ムーンベルを朝に出発すると、マウンベイラのタンドールまでは他に町や村はない。


 移動は約一日半かかり、ほとんどの人は安全に夜を過ごせる王都経由で荷を運ぶ。 故にムーンベルは人口も少なく、一部では忘れられた村とも呼ばれていた。


「もう少し頑張ってね、今日はムーンベルで宿を探そ 」


 すっかりバテてしまった馬の首をポンポンと叩き、翔子は手綱を持って歩き始めた。


「逃げろー! 」


 その声に翔子は振り向く。 先ほど追い抜いてきた馬車が猛スピードで翔子の横を通過していった。


「逃げろ? 」


 翔子が外円道の奥に目を凝らすと、土煙を上げながら迫ってくる馬に乗った男の集団が目に入った。


「まさか…… 」


 翔子がその集団が賊だと気付いて、馬に跨がろうとした時にはもう遅かった。 あっという間に翔子の周りを取り囲み、翔子は肩口を捕まれて馬から引きずり下ろされ、後ろ手に押さえつけられてしまった。


「おぉ! 上玉じゃねぇか! 」


 乱暴に翔子の顎に手をかけて、親分らしきターバンの男はウヒヒとにやける。 この辺りはキールの目もあまり届かず、ギルドも放置がちの無法地帯だった。


「あ…… う…… 」


 あまりにも突然の事に、翔子の体は固まり声すらままならない。


「親分、コイツ旧王家の短剣なんか持ってますぜ 」


 子分らしき男が翔子の腰ベルトに差してあったミシェルの短剣を抜き取って頭の上に掲げた。


「ファーランド家の短剣だと? お前これをどこで拾った? 」


「…… 」


 ミシェルの短剣だとは口が裂けても言えないことだ。 翔子は歯を食いしばって恐怖に耐える。


「まあいい、王家の短剣など売り捌いたらこっちの身が危なくなるからその辺に捨てておけ。 女と馬は結構な額になりそうだ 」


 ヒヒヒと下品に笑うターバンの親分は、翔子の顎から胸元の襟に手をかけ、そのまま上着を勢い良く引きちぎった。


「い、いやぁー!! 」


 翔子は懸命に暴れるが、子分にがっちり押さえ付けられて振りほどくことが出来ない。 親分は泣き叫ぶ翔子の頬を平手打ちして、髪を鷲掴みして引き寄せた。


「アジトに帰ったら、売り飛ばす前にたっぷり調教してやるからな 」


 カタカタと翔子の奥歯がなる。 馬は手綱を引かれて連れていかれ、翔子もまた子分の肩に抱えられて連れ去られようとしたその時だった。

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