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イシュタルの大地へ  作者: コーキ
1章 主人公になりきれない少女、異世界に立つ
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6話

 体に伝わる心地よい揺れに私は目が覚めた。 ゆっくりと流れる木々をボーッと眺め、顔を上げると光ちゃんの後頭部が目に入る。


「…… あれ? 」


「おっ! 起きたかー? 」


 光ちゃんが振り返って笑顔を見せた。


 (歩いているうちに眠くなって、光ちゃんと何か喋ったのまでは覚えてるけど…… )


 ちょっと状況が飲み込めずにパチパチと瞬きを数回。


「なんで私、光ちゃんの背中で寝てるの? 」


「ん? 覚えてないのか? 」 


 光ちゃんの前を歩いていた私は、だんだん歩くペースが落ちてきてフラフラしてたらしい。 声をかけても曖昧な返事しか返ってこないから、心配になって顔を覗き込むと寝ながら歩いていたと言う。 『休むか?』と聞いても首を横に振るだけで足を止めない私を、光ちゃんは背中におぶって歩き続けてくれたのだ。


「…… ごめんね。 『しっかり歩け!』って怒ってくれてもよかったのに 」


「昨日ほとんど寝れてないんだろ? 無理するなよ 」


「う、うん。 とりあえず降ろして。 重いでしょ? 」


 楽だけど、最近太ったのバレたくないし、恥ずかしい。


「ちょっと掴まってろよ 」


「え? んあ! 」


 光ちゃんは私をおぶったまま駆け足になる。 そのスピードは徐々に上がり、森を駆け抜ける風になった気分だ。


「ち、ちょっと光ちゃん! 」


「野良犬ヤバいんだろ? それにトゥーランに早くつけばメシ食べられる 」


「そうだけど…… 重いよ! 光ちゃんが疲れちゃうよ! 」


「それが重く感じないんだわ。 いい感じに負荷がかかってこっちの方が走りやすい 」


 (負荷って…… )


 光ちゃんは私を背負っているにもかかわらず軽快に走る。 自転車を一生懸命漕いでいるくらいのスピードだが、光ちゃんの息はあまり乱れていなかった。


「ホント? でもダメだよ、光ちゃんは馬じゃないんだよ? 」


「馬だと思えばいいじゃん。 お前乗馬は慣れてるんだから 」 


 まぁ…… 現実世界では、私は乗馬クラブに通っている。 このスピードには慣れてるけど、ただ背負われてるだけで足のポジションも悪いし、何より光ちゃんを馬扱いするのは申し訳ない。


「そのかわり、何か食べられそうなもの探してくれよ 」


 確かにこっちの方が視点が高くて見渡しやすい。 光ちゃんがそう言うのなら私もできる事をしよう。 人間の背中と馬の背中じゃ勝手が違うけど……


「光ちゃん、ちょっと姿勢変えるね 」


 光ちゃんの肩に乗るように背筋を伸ばして胸を張る。 膝を締めて下半身を安定させ、光ちゃんの走る上下の挙動を全身で受け流して頭がぶれないように保つ。


「おぉ? もっと走りやすくなった! 」


 光ちゃんは調子に乗って更にスピードを上げる。


「ダメ、ランニング程度にしておかないとすぐバテちゃうよ? 」


 『へーい』と光ちゃんは答えてスピードを抑える。 なんか欲求不満の若い馬みたい…… ちょっと笑ってしまう。 ふと光ちゃんのワイシャツの背中がじっとりと汗ばんでいることに気付いた。


 (私が寝ている間、ずっと私を背負って歩いてくれてたんだ…… )


 光ちゃんだってお腹空いてるだろうし、私と同じように寝てない筈。


「疲れてない? 」


「まぁ平気だな。 怪力になっただけじゃなく、体力も上がってるみたいでさ。 そのかわり…… 」


「そのかわり? 」


  ぐう…………


 タイミングよく光ちゃんのお腹が鳴る。 あれだけいっぱい樹液を飲んだのに…… 燃費も悪くなっちゃったんだね。


「早く食い物見つけないとお前を食べちゃうぞ? 」


「…… 笑えない。 それはちょっとエロいわよ 」


「…… だな。 ゴメン 」


 微妙な言い回しに光ちゃんも自分でひいちゃったみたいだ。 でも、空腹も限界を越えている…… とりあえず水分はなんとかなったものの、食糧を何とかしなきゃ。


「アルベルトの森は山菜も採れる筈なんだけど、小説には形や色は明記されてなくて。 ミナミも調理されたものしか食べてないから…… 」


「山菜か…… オレらの世界でも山菜はちょっと怖いよな。 特にキノコとか 」


「うん…… 」


 見上げる森の木々には果物らしきものも見当たらず、この切り開かれた道沿いでは野イチゴっぽいものも見つけられない。


「動物を仕留めるか…… 」


「私達には無理じゃない? 血抜きとかしなきゃならないし、解体する自信はないよ? 」


「そしたら魚か。 やっぱ川を探すのが手っ取り早いのかもな…… 」


 確かにそうかもしれない。 魚が獲れるのなら、水と食糧の両方が手に入る。 だけどこの付近には名前がついている川の記述がない…… あまり期待はできそうになかった。


「そういえば翔子、お前寝言言ってたぞ 」


「えっ! まじ? 」


「ハンバーグとかスパゲッティーとか。 オムライスやカレーも言ってたな 」


「………… 」


 恥ずかしい…… しかもメニューは『小学生が好きなものはなーに?』と聞かれて答えそうなものばかり。


「どうせ私はお子様です…… よ!? 」


 プイっとそっぽを向いた瞬間、光ちゃんが急にスピードを落として前のめりに落ちそうになった。


「危ないよ光ちゃ…… 」


「シッ…… 」


 立ち止まった光ちゃんの背中から伝わる緊張感。 私にもすぐ分かった…… 前方の道の奥から突き刺さるような殺気。 野生動物なら獲物を獲るために気配を殺し、隙をみて襲い掛かってきそうなものだが、これは明らかにそれとは違う。 野犬の縄張りに入ってしまったのか、殺気も一つじゃない……


「光ちゃん…… 」


「しっかり掴まってろよ翔子 」


 その言葉に私は光ちゃんの首にしがみつく。 光ちゃんは私を背負い直して体勢を低くとると、殺気の方向に向かって勢い良く駆け出した。

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