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イシュタルの大地へ  作者: コーキ
3章 ファーランド王国の使者
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68話

「ミシェルさん! 良かった! 」


「ショーコ! アンタこそ無事かい?  」


 長いメイドスカートの裾を押さえながら小走りで走り寄ってきたミシェルさんは、その勢いのまま私を抱きしめた。


「何もされてないかい? ローランがアンタだけ残したと聞いたから心配だったんだよ 」


「大丈夫…… ミシェルさん、苦しい…… 」


 抱きしめてくれるのは嬉しいが、ミシェルさんの大きな胸に顔が埋もれて息が出来ない。


「あぁごめんよ! エミリアとアリアは? あの子達は無事かい? 」


「トゥーランに走ってる筈です。 ローランにやられそうになったんでアルトとアヴィに任せたんですけど…… 勝手なことしてごめんなさい 」


「いい判断じゃないか、ご苦労さんだったね。 無事ならいいんだよ、生きていれば必ずまた会えるものさ 」


 ミシェルさんは満面の笑みを私にくれる。


「でもマックスとソニカが…… 」


 私が甘い考えで逃げ出そうとして2頭を死なせてしまったことをミシェルさんに話した。 ミシェルさんは私の頭を両手で包んでまた胸に埋める。


「馬は臆病で危険なことはしないけど、それでもアンタを守りたかったんだろうね。 ショーコ、自分を責めるもんじゃないよ 」


 優しく慰められ、頭を撫でられて少し泣いてしまった。 涙と鼻水がメイド服に付いちゃう……


「ミシェルさん、この服…… 」


「あぁ、あのエロじじぃの趣味だよ。 ワタシを着せ替え人形みたいにして弄ぶつもりなのさ 」


「うわ…… 」


 ミシェルさんと一緒にキール卿を軽蔑の目で見ると、キール卿はブホッっと飲んでいたウィコールを吹き出してむせていた。


「何を言うかフローラ! お前は仮にも拘束されておるのだぞ? 運び屋の作務衣で私の屋敷をうろつかれても困るのだ 」


 『冗談だよ』とミシェルさんは笑う。 あれ? ずいぶんと仲が良さそう……


「ミシェルさん、あの…… 」


「彼はワタシを小さな頃から見守ってくれた人なのさ。 世間知らずのワタシが、このエルンストで仕事ができていたのも彼が手引きしてくれたおかげだよ 」


「え…… え? じゃあキール卿はミシェルさんの正体を初めから知ってて…… 」


「領主の私が、フローラ王女の顔を知らないわけがなかろう! シエスタからこのおてんば娘を引き取ったはいいが、屋敷で大人しくしないから姿を変えさせて外に放り出しただけだ。 勘違いするな 」


 キール卿は面白くなさそうな素振りでフンとそっぽを向いてしまう。 ちょっと照れてるのかな……


「あの…… 姿を変えたってどうやって? 」


 この世界に魔法なんてない。 変装と言ったって限界があるし、いずれはバレてしまいそうなものだけど。


「そりゃもう激太りだよ。 外に出たければ誰も分からなくなるくらい太れと言われてねぇ…… 悔しくて食べまくってたら、ここまで立派に育ったんだよ 」


「…… 太っただけ? 」


「この娘は数週間で倍近く肥えたからな。 外を歩かせても、誰もフローラとは気付かずに帰ってきた時には私も驚いたものだ。 約束してしまったからな、運び屋の仕事を与えて屋敷の外に出すことを許したのだ 」


「肥えたとは失礼だねキール、ふくよかになったと言っておくれ 」  


 ミシェルさんとキール卿は顔を見合わせて笑っていた。 ミシェルさんがここまで親密な関係なんだ、キール卿は信頼していいってことだよね。


「ミシェルさん、アルベルト卿の事をキール卿は? 」


「話したよ。 ただ偏屈ジジイだからね、アルベルトとは手は組まないと言っているんだよ 」


 やっぱりそうなんだ…… 何か過去に因縁があるんだろうか。


「偏屈とは心外だな。 あの男のせいでお前は小汚ない小屋に半年も身を隠さねばならなかったのではないか。 私はあの男を許すことはできん 」


「あの時はああするしかなかったんだって、何度も言ってるじゃないか。 おかげでワタシはこうして生きていられてるんだから 」


「そんな小さな話をしているのではない。 そもそもあの暴動が起きたのは、奴がミナミを構いすぎた事が発端なのだぞ 」


「え…… ? 」


 ミナミが暴動の発端? 暴動が起きたのはミナミが戻ってから3年後のことでしょ?


「ミナミはこの国の為に、帰りたくもない元の世界へと戻っていったんじゃないか。 キール、アンタだって見ていただろう? あの娘が泣きながら夜を過ごしていたのを 」


 え…… え?


「だから未練が残らぬよう冷たく突き放したのだ! それをあの男は惚れた女と離れたくないが為に宝剣まで作りおって…… 」


「あの…… ミシェルさん、宝剣って? 」


「プロポーズする時に渡す装飾の付いた剣のことだよ。 貴族の間では、それがステータスなんだよ 」


 結婚指輪みたいなものか。 つまりキール卿は、ミナミを想って敢えて冷たくしたのにアルベルト卿が余計な真似をした、ということに怒ってるんだ。


 チャンス…… なのかな。 もしキール卿がミナミを今でも大切に思ってるなら……


「あの…… キール卿、ミナミはアルベルト卿のプロポーズを断って日本に帰っていきました。 彼の事を好きだったけど、貴族の争いにならないよう…… それはハッキリと小説にも書かれていたんです。 その思いを考えてあげてくれませんか? 」


「…… 何が言いたい? フローラと同じように、私にアルベルトと仲良くしろと言うのか? 」


「仲良くなんて言いません。 この国を変える為に力を貸してもらえませんか? ミシェ…… 」


「お前に? 」


 ミシェルさんにと言おうとしたところで、キール卿に睨み付けられて思わず言葉が止まってしまった。


 いや、私じゃなくて、とすぐに言えば良かったのに、キール卿の仰け反りそうな目力に言葉が出てこない。 目を背けることも出来ず、ただ黙ってキール卿を見続けてややしばらくした時だった。


「…… フフ…… フハハハ…… ! 」


 天井を見上げて笑うキール卿の声が部屋中に響き渡った。 やっと目力から解放されて肩から力が抜ける。


 あの…… 違うんです……


 勘違いされてるような気がしてミシェルさんに助けを求めると、ミシェルさんは優しく微笑んで私の背中をポンと叩く。


「お前の考えを話してみろ。 面白そうなことなら力を貸してやらんでもない 」


 ひとしきり笑ったキール卿はグラスを置き、ウィコールの瓶に直接口をつけて豪快にあおった。


 いやいや、ちがうんだってば! とは言えず…… でももしキール卿が力を貸してくれるなら、きっとアルベルト卿やシリウス達にとっても大きな力になるかもしれない。 


「やるじゃないかショーコ。 さぁ、あの偏屈ジジイを説得しておくれ! 」


 考えなんて何もない。 光ちゃん、どうしよう……

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