67話
「翔子ちゃん、おっかえりー 」
キール卿の部屋に入って真っ先に目に飛び込んできたのは、顔を真っ赤にしてはしゃぎまくってるアリスだった。 以前誤って食べてしまったウィコールの匂いがする…… 酔っぱらってるのね。
「そこに座るといい 」
キール卿は私の手首の拘束具を外し、部屋の隅に放り投げた。
「お前も飲むか? ウマイぞ 」
そう言ってワインボトルを構えてグラスに注ぎ、ひと口グラスをあおった。 未成年にお酒を勧めるとは…… って、こっちには未成年という概念はないんだっけ。
「いえ。 ミシェルさんは無事なんですか? 」
「ほぉ…… 自分よりもミシェルを心配するか。 余裕があるのか危機感が薄いのかわからんが、肝は据わっているようだな 」
据わっているわけがない。 それでもキール卿のペースに飲まれないよう、しっかりと相手を見て微笑んでみせたのがうまくいったようだ。
「安心しろ、ミシェルをどうこうするつもりはない。 まぁ座れ、お前の事をミシェルやそこの光奴に色々聞いて興味が湧いてきたのでな、少し話をしよう 」
何を話してたんだか…… 酔っぱらってヘラヘラ笑っているアリスを横目に、私はキール卿に勧められた椅子に座る。
「ミナミが自伝を出しているそうだな。 私はどのように書かれていたのだ? 」
そっちかい。 書かれていたままに答えるなら意地悪ジジイだが、そう答えていいものかと迷う。
「さ、最後まで油断ならないおじ様…… だったかな 」
「ハッハ! 気の利いた言い方をせんでも良い。 どうせ意地悪ジジイとでも書いてあるのだろ? 」
自覚はあるらしい。 まぁミナミの行く先々に兵士を潜ませて襲わせたり、王都で他の貴族の前で恥をかかせたりしたのだから、そういうキャラに書かれても仕方ないと思う。
「ミナミは無事自分の世界に戻れたのだな…… 」
あれ? キール卿はミナミを追い返してせいせいしてるんじゃなかったの? グラスを片手に目を閉じて頬杖をつくキール卿は、安心したと言わんばかりの穏やかな表情をしていた。
「自伝のくくりはどうなっていた? ミナミは自分の世界に戻ったことを喜んでいたか? 」
なんだか孫を気に掛けるおじいちゃんみたい。 小説に書かれていたことが全て本当の事なのだとしたら、もしかしたらキール卿はわざとミナミに嫌われるよう仕向けていたんじゃないか…… そんな風に思えてきた。
「名残惜しそうな感じもしてましたが、戻れて良かったとも書かれてましたよ 」
「そうか…… まぁその話はもういい。 次だ。 お前がミナミがいた頃のこの世界を熟知している前提で話をしよう 」
次は何を聞いてくるんだろう…… グラスの中身を一気にあおるキール卿の質問を、私は内心ビクビクしながら静かに待った。
「お前達のニホンという世界とこの世界、それほどまでに違うものか? 」
「全然違います。 文明も生活のレベルも遥かに上だし、まず人が人を簡単に殺すような世界では…… 」
『ない』と言いかけて、ふとニュースでやっていた事件を思い出した。 遊ぶ金欲しさに起こした強盗殺人事件だ。 全然違うと自信満々に言ったが、思わず言葉に詰まってしまう。
「どうした? 全然違うと言うなら聞かせろ 」
「…… 確かに生活に困らないくらい豊かだし、秩序も整っていてこの世界より数段暮らしやすいと思います。 けど、その分人の心は荒んでるかもしれない 」
「なんだ? よくわからんが。 そこの娘は邪悪な集団がウヨウヨしている危険な世界だとか、暗黒なんとかの力がどうとか言ったが、どちらが本当なのだ? 」
「彼女の妄想だから気にしないで下さい。 平和な世界ですよ、少なくても武器を携帯しないとならないようなことはないです 」
うーんとキール卿はよく分からないといった顔で腕を組む。
「ずいぶん大雑把な答えだな。 イメージも何もないではないか 」
「え? もしかして日本へ行きたいんですか? 」
「行けるものならばそうしてみたいが、ミナミのように元の世界に帰れるとは限らんからな。 せっかく話の通じる光奴に会えたのだ、ニホンの文明について聞く良い機会ではないか 」
日本の生活レベルを手に入れたい、ということなんだろうか。 キール卿もまた自分の領地を守るために努力してるんだ……
「まあ時間はたっぷりある。 ゆっくり聞かせてもらおう 」
勉強熱心なのはいいと思うけど、でもこの状況って私は拘束されてるというのかわからなくなってくる。
「お話をするのは構いません。 でもその前にミシェルさんに会わせて下さい 」
「侍女が湯浴みに連れ出しているだけだ。 じきに戻るから心配するな 」
「あの…… 私はあなたに捕まって王都に突き出されるんですよね? 」
グラスを持ったままキール卿の動きが止まった。 しばらく私の目を見て、クククと笑い出す。
「なんだ? 突き出されたいのか? 」
プルプルと首を振る私を見て、キール卿はまたクククといやらしく笑い始める。
「今のところお前を王都に連行するつもりなどない。 知っているのだろう? 王都に連行した光奴が、ことごとく行方知れずになっていることを 」
「ミナミがいた頃から変わってしまったというのは聞いています。 あなたもその光奴がどうなっているのかは知らないんですか? 」
「わからん。 バルドルはある時期から、ファーランド王城に領主すら寄せ付けないようになった。 定例会議すら行わない…… 私は会議など面倒くさくて都合が良いのだがな、それを良しとしなかったのがマウンベイラのアベルコだ 」
「2年前あたりから姿も見なくなったと言っていましたね 」
「知っているのだな…… この原因は間違いなく光奴が原因の事だ。 そんな状況の王都に光奴を送れる筈がなかろう? ギルドに捕らわれた光奴は別として、私の兵が捕らえた光奴は地下に留置している 」
留置と保護…… 言い方は違うが、それってアルベルト卿がやっていることと変わらない。
「な、何人もいるんですか? 」
「いや一人だ。 先日捕らえた光奴は自害してしまってな…… その一人も病に侵されていて、もう永くはないだろう 」
言い方を変えれば、救えなかったということだ。 この人はこの人なりに光奴を救おうとしてるみたいだけど、ここで一つ疑問が出てくる。 アルベルト卿とキール卿の関係…… 目的が同じなら領主同士協力しないものなのだろうか。
「あの…… 」
キール卿の兵士にアルベルト卿の一行が襲われた事があったのを考えると、ここでアルベルト卿の名前を出していいものか迷う。
「ショーコ! 」
その声に振り返ると、胸元が大きく開いたメイド服姿のミシェルさんが私に笑顔をくれていた。




