64話
静かで暗い部屋の中、ふと目が覚めたらベッドの上にいた。 確かミシェルさんの胸で大泣きして…… そこから記憶がないから、泣いているうちに寝てしまったんだろう。
「気がついたかい? 」
部屋が暗くてよく見えないが、この声はローランだ。 そりゃフォン・ガルーダに来ればローランもいるよね…… 身の危険を感じて体を起こそうとしたが、後ろ手に手首を縛られている事に気が付いた。
「ちょっと…… なにこれ! 」
「また逃げられても困るからね。 大丈夫、君には何もしないよ 」
何もしないって、手首縛ってるじゃない。 真っ暗な部屋と拘束されている事に恐怖感が沸いてくる。 ベッドの匂いでここがミシェルさんの寝室だというのはわかるけど、私が拘束されてる意味がわからない。 私のこんな状況をフォン・ガルーダのみんなは放っておく筈がないけど、誰一人来ないのはみんなも拘束されている可能性が高い。
「…… ミシェルさん達は? 」
「安全な所に連れていってもらったから心配しなくていいよ 」
「安全な所? 」
一瞬アルベルト卿の所かと思ったが、それなら私が一人拘束される理由がわからない。
「キール卿の所だよ。 僕が掛け合って保護してもらったんだ 」
「保護? ワケわかんないよ! とにかくこの紐をほどいて! 」
「ダメだよ、君はヒカルを呼び戻す餌なんだから。 おとなしくしていてくれれば何もしないから 」
ローランは燭台に火を灯してテーブルの上に置いた。 ベッド横の椅子に座って私を見下げるローランは、暗がりでもわかるほど目の下にくまができていて、その目は死んだ魚のように精気が感じられない。 嫌な予感がする……
「何を考えてるの? 何するつもりなの? 」
「簡単な事だよ、キール卿にミシェル達を守ってもらう事にしたんだ。 その為に僕達光奴の力を提供するだけ 」
イマイチ話が見えてこない。
「…… 説明してよ 」
「説明って…… こんなことになったのも君達が悪いんだよ? この国を救おうってアルベルト卿に吹き込まれたんだろう? だからミシェルもトゥーランに行くって言い出したんだ 」
「なんでそれがキール卿に守ってもらうって話になるのよ? 」
「アルベルト卿は、再びこの国を混乱させようとしてる。 その矛先を全てミシェルに向けさせる為に、トゥーランに連れて行こうとしてるんだ。 そんな所に行ったら、ミシェルが死んでしまうかもしれないだろ? 一緒に行くエミリアもアリアも巻き込まれてしまうかもしれない…… そんな事もわからないのかい? 」
「違うわ! 混乱させているのは宰相バルドルでしょ!? アルベルト卿はこの狂っていく国を立て直そうとしてるのよ? どうしてミシェルさんを矢面にたたせたりすることになるのよ! 」
「彼女がファーランド家の血を継ぐ者だからだよ。 王家の血縁の者を表に出せば、国民が支持してくれるとでも思ってるんだろうね 」
ローランは感情のない目で淡々と語る。 この男はミシェルさんがフローラだということを知ってたんだ……
「ファーランド王家が今でもこの国に受け入れられると思ったら大間違いだ。 それこそバルドルに殺されてしまう…… 」
ローランはブツブツと独り言のように呟く。
「…… ずいぶん詳しいのね。 もしかしてあんた、4年前の暴動の…… 」
「そうだよ、国王殺害の暴動に参加した光奴の唯一の生き残りだよ 」
「その時に助けられたのがクラッセさんとミシェル…… ううん、フローラ王女だったのね? 」
「ホント君は怖いなぁ…… 凄い知識と推察力を持ってる。 その通りだよ 」
怖いと微笑んで言うローランの方が、何を考えているのかわからなくて怖い。 すぐにでもここから逃げ出したいが、手首を縛られている上に、ローランのスキルを考えると逃げられる可能性はゼロに近い。
どうしよう光ちゃん、怖いよ……
「そんなに怯えないでよ、何もしないって言ったじゃないか 」
ローランは椅子からベッドの縁に座り、私の顔に手を伸ばしてくる。 私はイモムシのように後退り、頭と膝でなんとかベッドから起き上がってローランと距離を取った。
「来ないで! 何もしないって言ったじゃない! 」
「…… 君が好きなだけなのに。 露骨にそんな態度をされると傷つくね。 まぁ、僕は君の命を守れればそれでいいんだけど 」
手を引っ込めたローランは、やはり無表情だった。 椅子に座り直し、私をじっと見つめてくる。 今のところは本当に、私に手を出すつもりはないらしい。
「…… 縄、ほどいてよ 」
「それは出来ないよ。 逃げ出すならともかく、自殺なんかされたら僕は本当に一人になってしまう 」
うわ…… こいつの頭の中で私はもう自分の所有物になってる。 いるよね、自由を奪っておいて、僕は君が大事なんだーってこんな風に監禁する奴。 気持ち悪い…… 気持ち悪いけど、今の状況とかこいつから聞き出さなきゃ。
「さっき光奴の力を提供するって言ったわね? どういうこと? 」
「あぁ…… キール卿と取引をしたんだ。 フォン・ガルーダのミシェルは光奴を匿っています、僕もその一人で他にも何人かいる…… 情報を提供するかわりに彼女達をギルドから守ってくださいってね 」
光奴を匿ったりした者はギルドに連れていかれて処刑されると以前アルベルト卿から聞いたことがある。 キール卿はスキル持ちの光奴を欲しがっていたというし、このタイミングでこんなことをするのは……
「…… まさかミシェルさん達をトゥーランに行かせない為に自分や私達をキール卿に売ったっていうの? 」
「そうだよ。 そうしないとミシェルは国に殺されてしまうんだ。 僕はミシェルからその話を聞いた時反対したんだ…… でもフォン・ガルーダの皆が行くと言えば、きっとミシェルは行ってしまう。 アルベルトの秘書まで来て、もうそういう流れになってしまっていた。 強引に止めるにはこれしかなかったんだ 」
ローランは相変わらず無表情だったが、その言葉に迷いが感じられなかった。 こいつはこいつなりに皆の命を守ろうとしてるんだ…… だけど!
「ミシェルさん達はキール卿に捕まってるんでしょ? そんなの助けるとか守るとか言わない! 」
「関係ないよ、僕は皆に生きていて欲しいんだ。 自由がどうのとかそんな平和ボケした日本の考えなんて、このイシュタルには通用しないんだよ 」
ここで初めてローランの表情が変わった。 睨みつける様なその目は怒りではなく寂しげに見えた。
「絶対王政の下に押し込められた貴族達に振り回される毎日で、それに耐えられなくなった民衆が暴動を起こす。 生活に困った者達が盗賊になり、それを国が権力で押しつぶす。 ショウコ、信じられるかい? この世界では殺人なんて日常茶飯事なんだ。 命があるだけで幸せなんだよ 」
「そ、そう思うならどうして…… 」
「この圧政を変えないのか…… でしょ? 甘いよショウコ、王国直属のギルドの兵力をナメちゃいけない。 たかが民衆の暴動なんてあっという間に鎮圧してしまうほどの力を持っているし、その力はバルドルの私物。 絶対王政ってそういうものだよ 」
「私物って…… だからファーランド国王の時のように…… 」
「先代国王の時代は違ったって言いたいのかい? 僕から見たら同じだったよ 」
え? 今と同じ?
「信じられないって顔だね。 どうしてファーランド国王が討たれたのか考えたことは…… 」
ぐうぅぅ……
私のお腹の音でローランの話が止まった。 こんな緊迫した空気の中で…… どうして私ってこうなんだろう。
「はは…… 何か食べ物を持ってくるよ 」
ローランはスッと立ち上がって部屋を出て行った。 私はその隙に、燭台のロウソクが照らす明かりを頼りに部屋を見渡して刃物を探す。 足先を使って布団の隙間を探っていると、枕の下に何か硬いものがあることに気が付いた。
「…… 」
ギシギシとローランが戻ってくる足音が聞こえる。 私は後ろ手で枕の下に隠してあった短剣を拾い、上着の背中の中にそっとしまい込んだ。




