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イシュタルの大地へ  作者: コーキ
3章 ファーランド王国の使者
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63話

 キールの屋敷の地下にある狭い小部屋でアリアは目が覚めた。


「あ、起きた? まだ寝てていいよ 」


「ここどこ? 」


 レンガがむき出しになった壁に石畳の床。 室内はベッドが1つだけ置かれているだけで他に何もなく、窓は部屋の上部にある鉄格子の付いた高窓が2つのみで、出入口は頑丈そうな木製の扉。 拘束されたエミリアとアリアは、この牢獄のような部屋に閉じ込められて、ミシェルとは別々にされていた。


「キール卿のお屋敷。 捕まっちゃったみたい 」


「え? ミシェルは? おねーちゃんは? 」


 ベッドから起き上がって不安がるアリアの横にエミリアは座り、『大丈夫』と一声かけて頭を優しく撫でる。


「ミシェルはキール卿とお話中だし、ショーコにはローランが付いているから大丈夫 」


「ホント? 」


 『うん!』と笑って答えたエミリアだったが、一緒に捕まったアリスも含めて皆が無事だという根拠はどこにもなかった。 アリアが眠っている間に部屋の中を色々調べてはみたものの、元々簡易収容所として作られたこの部屋には、抜け出す突破口を見つけられなかった。 連れていかれたミシェルが気がかりで、ドアをガンガンと叩いてでも強引に脱出しようとも考えたが、アリアがいる以上無茶は出来ない。 そう考えていると、不意にドアが開いて兵士が何人か部屋に入ってきた。


「出ろ。 お前たちは解放する 」


「…… どういうこと? 」


「お前達はローランという男が光奴とは知らずに生活していたそうだな。 お前達に罪はないとミシェルが言ったそうだ 」


「…… ミシェルはどこ? 」


 兵士はその質問に答えることなく、エミリアとアリアの背中を押して部屋から連れ出した。 無言で廊下を歩き、エミリアとアリアはそのまま正面玄関から外に出された。


「ミシェルは? 一緒に帰れないの? 」


 アリアがエミリアの袖を掴んで悲しそうな表情を見せる。 エミリアもまた、閉ざされてしまった正面玄関の大きな扉の前で何も言えず立ち尽くしていた。


「行きましょアリア。 今は一緒には帰れないけど、必ずまたミシェルには会えるから 」


 エミリアはアリアにニコッと微笑んで踵を返し、ギュッとアリアの手を握って歩き出す。


「大丈夫、きっと何か出来ることがあるはずよ…… 」


 エミリアには何も策などありはしなかったが、ツラい時こそ笑いなさいというミシェルの教えに従ってフォン・ガルーダに向けて足を進めた。



「ちゃんと約束は守ってくれたようだね 」


 キールの自室の窓からエミリアとアリアの背中を見送っていたミシェルは、硬い表情ながらもホッと胸を撫で下ろす。


「私の可愛い領民だからな、お前の言い分が本当なら拘束しておくこともあるまい 」


 ソファに浅く腰かけてふんぞり返るキールは、アリスを目の前に座らせて満足そうに笑っていた。 アリスはキールをオドオドしながら肩をすぼめている。


「領民を大切に思ってくれることは嬉しいことだけどね、光奴を鑑賞して笑うのは趣味が悪いんじゃないのかい? 」


「お前も匿うと言って同じことをしてたのだろう? 」


「バカなことを言うんじゃないよ。 光奴だって大切な命だよ? ワタシは行く宛のない彼らと一緒に暮らしたかっただけさ 」


「貴様! キール様に向かって何という口の利き方なのだ! 」


 横に控えていたキール邸の執事長であるラルフがミシェルに怒鳴りつけた。 ミシェルは驚きもせずにラルフを見据えて黙り込む。


「良い。 私は今とても気分が良いのだ、お前こそこの場から下がれラルフ 」


 キールが彼に笑いながら命令したが、彼は胸を張ってその場に直立不動の姿勢を取った。


「なりませんキール様! 御身にもしもの事があったら…… 」


「下がれと言っている。 聞こえなかったのか? 」


「も、申し訳ございません 」


 目線を合わさず声だけで威圧するキールに、ラルフはタジタジになりながら部屋を出ていった。 真っ正面で見ていたアリスも真っ青な顔で冷や汗をかいていた。 気分を害したキールは頬杖を付いて大きなため息を吐く。


「奴は忠誠心はあるのだかな、いかんせん空気を読まなくて困る 」


 やれやれといった様子のキールに、ミシェルはフフっと苦笑いをする。 部屋の中が3人になったところで、キールとミシェルの雰囲気が和んだ。


「何があったのだ? フローラ。 お前としたことが騒ぎを起こしおって 」


「申し訳ないねぇ、ちょっと身内に不幸があったもんでね、ローランが乱心しただけだよ 」


 キールはまた大きなため息を吐いた。 テーブルの上から乱暴にパイプを手に取り、壁に掛けてあった燭台の火でパイプを吹かす。 ミントのような煙草の香りが部屋に広がり、キールはその煙を燻らせながらウーンと唸っていた。


「だから光奴は私に任せておけと言っただろうに。 玄関口で『僕は光奴です』と配下の者に暴露されたら、私もお前を拘束せざるを得ないではないか 」


「なにやらアンタと取引をしたそうだね 」


「ああ。 自分が私の玩具になるかわりに、お前達の命を助けて欲しいと言ってきた。 ここで拘束されるのが一番安全だと冷静に話していたが…… 一体お前は何をしようとしている? 」


「…… 血筋の責任を取ってみようか、と思ってねぇ 」


 ミシェルとキールはお互いを見据えた。 微動だにしない二人を見比べていたアリスがおもむろに口を開く。


「二人はお知り合い? 仲良さそうだけど 」


 それを聞いたキールはクツクツと笑い始め、次第に天井を見上げて大笑いする。


「こんなおてんば娘と仲良くしてたまるか! 幼少の頃から知ってるがな、振り回されっぱなしで関わりたくないわ! 」


「酷い言われようだねぇ…… そんなこと言ってもワタシが可愛くて仕方ないんだろ? 」


 フンと鼻を鳴らしてキールはそっぽを向いた。 唖然としていたアリスにミシェルは微笑む。


「昔はキールおじさんと慕っていたんだよ。 領主になった今でも、文句を言いながらもこんなワタシを影で支えてくれる恩人さ 」


「はぁ…… そんな恩人が、なんでアタシ達を拘束なんてするの? 」


「私にも領主という外面があるのだ。 ましてやフローラ…… いや、ミシェルの素性を他の者に知られるわけにはいかぬ。 それこそミシェルの命に関わることだ 」


 事情を知らないアリスは理解出来ずに首を傾げた。


「その話はもう良い。 フローラ、お前は何に巻き込まれたのだ? 」


「…… ワタシの最後のお願い、聞いてくれるかい? 」


 微笑みながらキールの横に座るミシェルに、キールは片眉を吊り上げてパイプを咥える。


「内容次第だ。 だがお前に決定権はない、私が決める 」


「ありがとう 」


「最後か…… ただならぬ事なのだな?」


 キールの表情が知り合いのおじさんから領主に変わった。 ミシェルもまたにこやかなフォン・ガルーダの女将から凛々しい王族の顔になる。


「…… 」


 アリスは緊迫した雰囲気を感じ取り、固唾を飲んでその様子を見守った。

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