61話
マウンベイラとエルンストの境を超えたあたりで一度休憩を取った私達は、マックスとソニカの頑張りもあってエルンストの手前まで来ていた。 間もなく日暮れ…… なんとかエルンストの町に入れそうなことに胸を撫で下ろす。
「し、翔子ちゃん! も、もう無理ですぅ! 」
ソニカの背中でぐったりしているアリスは車酔いならぬ馬酔いになったらしく、しきりにえずいて口を押えていた。
「もうちょっとだけ我慢して! ミシェルさんのとこまでもうすぐだから! 」
ソニカも嫌な予感がしたのか急にペースダウンし、仕方がないので路肩に2頭を寄せてアリスをソニカから降ろした。
「…… アタシは大丈夫、翔子ちゃんだけでも先に行って 」
「行ける訳ないでしょ。 日本と違って狂暴な野生動物もいるし、この地方のギルドに捕まったら危ないのよ? 」
「し、心配ないわ。 私には暗黒竜の…… うっ! 」
セリフもままならず、アリスは木の陰に隠れて吐き始める。 暗黒竜の力が宿ってるならもうちょっとしっかりしてよ…… そんなことを思いながらアリスの背中を擦っていた時だった。
「あれ? おねーちゃん!? 」
不意に飛んできた聞き覚えのある声。 振り返ると、一台の馬車が横に停車して、御者台からアリアちゃんが身を乗り出していた。
「やっぱりおねーちゃんだ! 」
アリアちゃんは躊躇いもせずに私に向かってダイブしてくる。 慌てて受け止めるが、いくら小さな女の子とはいえ御者台の高さからダイブされては受け止めきれず、私は草むらにしりもちをついた。
「アリアちゃん! 危な…… 」
「おねーちゃん! おねーちゃん! 」
私に再会出来たのがよほど嬉しいのか、アリアちゃんは涙混じりに叫んで私の胸にすがり付いていた。
「どうしたのよショーコ!? ローレシアに行ったんじゃなかったの? 」
「エミリアさん…… あの…… 」
クラッセさんとバートンさんが亡くなったとはなかなか言い出せず、私はリュックから二人の短剣の鞘を出してエミリアさんに見せた。 その瞬間、エミリアさんの表情が一気に凍りつく。
「…… それ、クラッセとバートンの…… 」
そうですとは言えず、私はただ俯くことしか出来なかった。 エミリアさんは御者台からすぐに降りてきて、その短剣の鞘を握りしめて私の前にしゃがみこむ。
「そっか…… どこで? 」
「タンドールで盗賊に…… 」
そう答えるのが精一杯だった。 それで全てが伝わったのか、エミリアさんはアリアちゃんごと私を強く抱きしめてくれた。
「知らせてくれてありがとね…… 」
もう泣かない…… そう決めていたのに、エミリアさんの優しくて包み込むような、だけど微かに震える声に涙が溢れてくる。
「ごめんなさい…… 私、見てたのに救えなかった…… 」
「ヒカルはどうしたの? 」
「ローレシアに一人で乗り込んで、無事かどうかもわかんない 」
「そっか、あなたは怪我してないの? 」
「はい、でも逃げるのが精一杯で…… 私、私…… 」
「そっか、そっか 」
ポンポンと優しく背中を叩かれる度にどんどんと涙が溢れてくる。 でも泣いてる暇なんかない。
「とりあえずウチに行こう。 ミシェルにもこの事を伝えないと 」
エミリアさんはそう言ってくれるが、私は抱きしめてくれる彼女を引き離して首を振る。
「エミリアさん、アルトを貸してもらえませんか? 急いでトゥーランに行かないとならないんです 」
「トゥーラン? これから? 」
「はい。 一刻も早くアルベルト卿に知らせないと。 光ちゃんももうこっちに戻ってきて、私を探してるかもしれない。 時間がないんです! だから…… だから! 」
「ちょっと落ち着きなさい翔子ちゃん 」
アリスから脳天チョップを食らった。 私の後ろで仁王立ちして真っ青な顔で私を見下ろしている。
「焦ったって状況は変わらないの! アンタが無理して途中で倒れてしまったら、それこそヤバいんじゃないの!? うっ! 」
そう言い切って、アリスは再び木陰に隠れてエレエレし始めた。
「…… あの子は? 」
「アリス。 私と同じスキル持ちなんです。 本名は…… ええと…… 」
忘れた。 確かに私一人焦ったところで何も変わらないし、伝えたところで何も変わらないかもしれない。 つい何日か前にこっちに来たばかりのアリスに諭されるなんて…… この子の方がずっと主人公らしい。
「とにかくウチに行って、ミシェルにあなたの口から伝えて。 今日はもう日が暮れるわ…… 明日の朝早くに出ればいいじゃない 」
「…… はい 」
やっと落ち着いてきたアリスをエミリアさんの馬車に乗せ、ソニカをアリアちゃんに任せて、私はマックスに跨がってエミリアさんの馬車の後を追う。 ゆっくり進む馬車についていくが、何かと体を動かしていなければ不安に押し潰されそうになる。
「おねーちゃん、元気出してね 」
並んでソニカを歩かせているアリアちゃんにも慰められてしまった。 アリアちゃんはまだ二人の短剣を持ち帰った意味を理解していない…… マックスとソニカだけが戻ってきて違和感を感じているみたいだけど、二人はもう戻ってこないことをとても言いづらくてまともに顔も見れなかった。
「おや! ショーコじゃないか! 」
フォン・ガルーダの前でミシェルさんが笑顔で出迎えてくれる。 その横には驚いた顔のアーティアさんがいた。
「ミシェルさん…… 」
「なんだい? せっかくまた会えたというのに浮かない顔だねぇ…… ヒカルはどうしたんだい? 」
ミシェルさんの顔を見た途端、涙が溢れて止まらなくなってしまった。
「うっ…… ひくっ…… うぅ…… 」
クラッセさんとバートンさんの事を伝えようにも、言葉が嗚咽に書き消されて全然喋れない。 とにかく落ち着かなければと両手で顔を覆って深呼吸をしていると、正面からギュッとミシェルさんに抱きしめられた。
「…… 辛いことが沢山あったんだねぇ。 もう我慢しなくていいんだよ、ゆっくりでいいから教えておくれ 」
「うぅ…… わあぁ…… 」
母親のような温もりと懐かしく感じる匂いに、私は我慢できずに大声で泣いた。