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イシュタルの大地へ  作者: コーキ
3章 ファーランド王国の使者
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60話

 執事が用意した木の模造刀を素振りしながら、光とナラガンはマグネルの合図を待っていた。 勝敗のルールは簡単で、どちらかが戦闘不能になるか負けを認めるまで戦うというものだ。


「ステラ、アイツって頑丈か? 」


「うん、兵士が10人がかりでも平気な顔してるような奴よ。 殴っても蹴ってもあまり痛くないみたい 」


「それ聞いて安心した 」


 不可解な光の質問にステラは首を傾げる。


「あなたが勝つことを信じているけど、ヤバくなったら私の事は構わず…… 」


 心配になったステラが光の背中に声をかけたが、光は話を途中で遮って親指を立てた。


「まぁ見てろって 」


 光は頭の上に腕を伸ばし、首をコキコキと鳴らして体をほぐす。


「僕を目の前にして随分余裕の態度だね。 調子に乗ってると死ぬよ? 」


「いいから始めようぜ。 あ、言っとくけど俺もあんたと同じスキルを持ってるらしいぜ 」


「せっかちな男だね。 どうしてステラが君に興味を持ったのか分からないよ 」


 ナラガンはやれやれと両手を広げて首を振る。 マグネルはナラガンに合わせて笑った後、『始め!』と大きな声で号令をかけた。


「ほら、どこからでも打ってきていい…… ぶっ!? 」


 ナラガンがそう言った時には、光の右拳が既にナラガンの左頬を捉えていた。 光は模造刀は左手に逆さに構え、捉えたナラガンの左頬を押し出すように右腕を勢い良く振り抜く。


「っせい! 」


 ナラガンの巨体が宙を舞う。 もんどり打って吹き飛んだナラガンは、アプローチの庭木に頭から突っ込み、足だけを庭木から覗かせて動かなくなっていた。


「…… い、一撃? 」


 その場の誰もが目を疑った。 ローレシアの兵士が束になっても敵わない怪力のスキル持ちが、身長差は頭一つ分で体格は半分くらいのスラッとした若者にあっという間にノックアウトされたのだから無理もない。


「ヒカル様! 」


 ステラは光に駆け寄ってその胸に飛び込む。


「凄い凄い! あなたのスキルは無茶苦茶だわ! 」


 大喜びするステラの傍らで、あんぐりと口を開けたまま呆けるマグネル。 執事はすぐにナラガンに駆け寄り、気絶しているナラガンを見て首を横に振る。


「これで文句はないよな? 結婚相手はステラの自由にさせてやれよ、お父様 」


 驚愕の目で光を見るマグネルは口をパクパクとさせるだけで何も言葉を発することが出来なかった。


「これで遠慮なく好きな人を見つけられ…… 」


「私この方と結婚するわお父様! 」


 頬を赤く染めたステラが光に抱きついたままマグネルに向かって断言した。


「は!? 俺はそいつとの婚約をぶち壊す為の出汁だろ? 」


「そんなこと一言も言ってないし、私は初めからあなたと結婚するって言ったじゃない 」


 キラキラした目で光をじっと見つめるステラは、もう周りの事など気にしていない。


「バ、バカ言うな! 俺よりもっといい男がいっぱいいるだろ! 」


「確かにいるけど、私はもうあなたしか見えないわ。 あなたの子供が欲しくなっちゃった! 」


 顔を真っ赤にする光にステラは強引にキスしようとする。


「ふ…… ふざけるな! グランバール家のご子息になんてことをしてくれたのだ! これでは我がレインジア家は…… 」


「そうやって娘を物扱いしてる以上は繁栄なんかしねぇよ、多分 」


 睨め付けるマグネルに光は素っ気なく答えた。


「ではどうすればいいのだ!? 先の娘達が嫁いだ先の貴族は全て力を失ってしまったのだぞ! もうステラにすがるしか未来はないのだ! 」


「お父様…… 」


 ステラの目は哀れみというより軽蔑の色だった。 それは光も同じで、同情はせずため息をひとつ。


「難しい事はわかんねえけど、自分が努力することを考えれよ。 ステラも嫁に行かなくて済んだことだし…… 」


「何を言うのよ。 私はヒカル様、あなたについていくのよ? こんなお父様…… いえ、レインジア家なんて知ったことではないわ 」


 冷たく言い捨てるステラにマグネルは顔を真っ赤にした。


「か、勘当だ! お前など私の娘でも何でもない! 二度とこの屋敷に顔を見せるな! 」


「マグネル様! それはお嬢様に対してあんまりでは…… 」


 シュベーゼが慌てて止めに入ったが、マグネルはそんなことでは収まらなかった。


「ああそう! もう私はここには戻らないわ! レインジアの名も捨ててやる! 」


 涙目になっていたステラも止まらない。 マグネルに啖呵を切って光の手を引き、クルっと踵を返して歩き始める。 その背中にマグネルが吐き捨てるように叫んだ。


「お前達はレインジア家とグランバール家を敵に回したのだ! これから先、ずっとお前達は追われることになるのだからな! 覚えておけ! 」


 ステラはマグネルの言葉に耳も貸さずグイグイと光を引っ張っていく。 溢れそうな涙をグッと堪え、ステラは振り向かずにレインジア家の門をくぐって出ていった。


「ステラ! ちょっと待てって! 」


 門をくぐって少し歩いたところで、光はステラを強引に振り向かせた。 ステラは大粒の涙を溜めて口をへの字に結び、それでも強気に光を見上げる。


「ごめん、こんな事になるなんて思ってなかった。 戻ってちゃんと謝ろう 」


 ステラは光と目を合わせたまま無言で首を横に振る。


「何言ってるんだよ。 帰る家がすぐ後ろにあるんだぞ? ムカつくけど、あのひげ親父とちゃんと話をした方がいい! 」


「嫌…… もうここには戻らないわ。 公主の所に急いで行かなければならないんでしょ? 案内してあげる 」


 ステラの頬に涙が伝う。 困った光が眉をひそめてため息をつくと、ステラの元にシュベーゼが走り寄ってきた。


「お嬢様…… 」


「今までありがとうシュベーゼ。 お父様のこと、よろしくお願いします 」


「本気なのですね…… わかりました 」


 シュベーゼは懐から自分の財布をステラに差し出す。


 「これをお持ち下さい。 少ないですが、しばらくの食事代になります 」


「…… もうレインジアの娘ではないのよ? 私のお守りをしなくていいのよ? 」


「何を仰いますか。 このシュベーゼは、いつ何時でもお嬢様の味方です 」


 シュベーゼはステラに差し出した財布を握らせ、おもむろに光の顔を見る。


「お嬢様の事を頼む。 以前からもお嬢様がマグネル様とケンカされることはあったが、ここまで決心されたのは貴方と出会ったからなのだろう 」


「いや、頼むって言われてもな…… 」


「お嬢様、我々の心は常に貴女と共にあります。 どうか御無理だけはなさらぬよう…… 」


 シュベーゼは一礼してマグネルの元へ戻っていった。 戻った先でシュベーゼはマグネルにガミガミ言われていたが、ステラは何も言わず振り返って光の手を引く。 


「いいのか? 」


「うん、シュベーゼの気持ちを無駄に出来ないもの 」


 ステラはグイっと涙を拭き、懐に財布を大事にしまって前を向いて歩きだしたのだった。


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