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イシュタルの大地へ  作者: コーキ
3章 ファーランド王国の使者
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59話

 ステラに連れられて光がやって来たのは、ムーデイルの中心にある大きめの屋敷だった。アルベルト卿やキール卿のような豪勢なものではないが、この町では一番大きな建物だ。


「さあ入って! 我がレインジア家へようこそ!」


 光は腕を引かれてその屋敷の門をくぐるが、その場で立ち止まってステラの腕を強引に振りほどいた。


「ちょっと待ってくれって! どういう事だなんだか説明してくれないとわかんねぇよ! それに俺はすぐにでもこの国の公主に会わなきゃならないんだ! 」


「…… そうね、勝手に話を進めて悪かったと思うわ 」


 少し緊張した表情のステラは、光に向き直って軽くお辞儀をする。


「結婚して下さい、ヒカル様 」


「…… いきなり結婚とか訳わかんねぇよ 」


「むー! 人が勇気を出してプロポーズしてるのに素っ気ない…… 」


「だから説明してくれって言ってるじゃん 」


 『そうよね』と膨れっ面になったまま、ステラはどうしてこんな状況になったのかを光に話始めた。


「ナラガン・グランバールっていう地球の方の2世がいるのよ。 そいつもあなたと同じようにスキルを持っていてね、私はそいつの婚約者として選ばれたの 」


「選ばれた? 婚約者って自分で選ぶものじゃないのか? 」


「貴族ってそういう訳にはいかないのよ。 特に私の家のようなジリ貧の貴族は、大物貴族に媚びを売らなければこの先どうなるか分からなくてね…… その大物のグランバール家の一人息子が求婚しているという噂を知って、お父様が私を婚約者候補にしたのよ 」


 ステラは後ろ手に俯いて力なく笑った。


「最初は私も乗り気だったわ。 でも実際会ってみれば最悪の男でね…… でもナラガンには気に入られちゃって。 我慢できずに逃げ出したところであなたに出会った、ということよ 」


「ハッキリと嫌だって言えばいいだけなんじゃないのか? 娘の将来を案じない親はいないだろ? 」


「そうでもないわ。 四姉妹の末娘ともなると、家の地位を守る為に利用されるだけ。 息子なら違ったのでしょうけれど、私はお父様に可愛がられて育ったわけではないのよ 」


「大変なんだな。 んで俺にその縁談をぶち壊せと? 」


「してくれたら嬉しいなぁ…… なんて 」


「いや、そうさせる気満々だよな? あれ、ステラのパパさんじゃないのか? 」


 光が指を指した屋敷の正面玄関から、肩を怒らせてズカズカと歩いてくる口ひげを生やした中年男性。 その横には頼りなさそうなヒョロヒョロの白髪の老人執事がいる。 さらにその後ろには、先程のシュベーゼ率いるタキシード姿の男達もゾロゾロとついてきていた。


「何をしているのだステラ! 」


 ステラの目の前まで来たステラの父親マグネル・レインジアは、光とステラの顔を見比べて突然手を振り上げた。


「馬鹿者が! 親の顔に泥を塗るような真似をしおって! 」


 その平手が躊躇なくステラの頬に振り下ろされる。 だがステラは瞬きひとつせず、マグネルの平手打ちを受けようと身構えた。


「なっ! 」


 不意にステラの体が後ろに引かれ、マグネルの平手打ちは空振りに終わる。 平手がステラの頬に当たる直前に、光がステラの体を引いたのだ。 バランスを失ったマグネルはよろけたが老人執事に支えられて転ぶことはなかった。


「よ、避けるとは何事だ! 」


 ヒートアップするマグネルの前に光がステラの前に立つ。


「何を言ってるのか知らんけど、黙って女が殴られるのを黙って見てられるほど人間デキてないんだよ 」


「ヒカル様! 」


 ステラが慌てて光とマグネルとの間に割って入ろうとしたが、光は腕を出してそれを止めた。


「この私に逆らうつもりか小僧! いくら地球の方と言えど許さぬぞ! 」


「なんだ、日本語喋れるんじゃないか 」


「当たり前だ! 貴族として、地球の方の言葉を理解するのは当然のこと。 どこまでこの私を愚弄するつもりだ! 」


 更にヒートアップするマグネルに、光はステラをかばいなから後ずさる。


「バカになんかしてねぇよ。 ただ娘を平気で殴る親はどうなんだと思っただけだ 」


「私はその娘の父親だ! しつけのなっていない娘に手を上げて何が悪いのだ! 」


 その言葉に光はキッと睨み付ける。 マグネルは光の鋭い威嚇に歯を食いしばって黙り込んだ。 


「しつけで手を上げる親はロクな親じゃねぇ。 それは世界が違っても同じことだろうが。 だからステラだって逃げ出したくなるんだよ 」


「ヒカル様…… 」


 光には過去に苦い経験があった。 中学校に上がったばかりの頃、光と近所のお祭りに行った翔子が門限に少し遅れてしまい、ヒステリックな母に帰ってくるなり突然叩かれたのだった。 その時には光は黙っていることしか出来ず、自分が悪いと影で泣いていた翔子を見ていることしか出来なかったのだった。


「生意気を言うな! 大体貴様は誰なのだ!? 」


「誰でもいいだろうが。 少なくてもナラガンって奴よりは惚れられてる男だよ 」


 マグネルの顔が怒りで真っ赤に染まる。 光を鬼のような形相で睨め付け、続けてステラを睨め付ける。 ステラも負けじと睨め返して食ってかかった。


「お父様は私の言い分なんて聞く耳持たなかったじゃない! だから行動で示したのよ! 」


「お前が聞き分けないのだ! ナラガン殿は地位も名誉も力も持っている。 お前の幸せを想ってこその…… 」


「じゃあ俺がそのナラガンって奴に勝てば文句はないんだな? 」


 光の言葉に父親は怒りでブルブルと震え出した。 腰に据えた長剣を抜き、光の顔に突き付ける。


「言わせておけば小僧、いい気になるなよ? 」


 光は剣を突き付けられても動じなかった。 沈黙して睨み合う二人…… そんな中でマグネルの後ろから声をかけたのは、身長が2メートル近くある巨漢のナラガン・グランバールだった。


「まぁまぁお父さん、その者は少し背伸びがしたいのですよ。 私が勝てば何も問題はないのですから、まずは剣を納めましょう 」


「ナラガン殿…… 」


 ズイっとマグネルと光の間に割って入ったナラガンは、光を上から見下ろしてニヤニヤしていた。


「僕のフィアンセを横取りしたこと、たっぷりと後悔させてあげるよ 」


「黙れよ、おデブ(・・・)ちゃん 」 


 光の目の色が変わった。 今の光はタガが外れてしまったのか、翔子の前では見せない挑発的な表情をしている。 まるで別人のようなそのセリフは、明らかに戦闘を楽しんでいるようだった。

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