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イシュタルの大地へ  作者: コーキ
3章 ファーランド王国の使者
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55話

 アリスとの口喧嘩でわかったこと。 彼女はどうやら、私と同じ翻訳のスキルを持っているらしい。 今までのギルド兵士達の会話の内容も全て分かっていたが、下手に口を開いて余計な事を言わないようにしていたのだそうだ。 この力、私だけじゃなかったんだ…… それになんだかアリスの方が場馴れしてる……


「ゴメン…… パニックになって思ってもないことベラベラ言っちゃった 」


 湯浴み場で男達が慌てて退散した後、アリスはぐしゃぐしゃの泣き顔で私に謝ってきた。 湯浴み場でひとしきり泣いた後、部屋を一つ開けてもらって休ませてもらっている。 アリスの気持ちもわかる…… きっとこれからの不安と緊張で訳が分からなくなってたところに、私の一言がスイッチを入れてしまったんだ。


「私も怒鳴ってごめん。 私がしっかりしなきゃならないのに、こんなんじゃダメだよね 」


「そうじゃないの! このヒステリックで友達いないんだ、私。 だからその…… 」


「見捨てたりしないよ。 心配しなくても私…… ううん、私達はそんなことしない 」


「…… ホントに光君のこと信頼してるんだね、羨ましいな…… 」


 アリスの目がちょっと乙女になってる…… なにこれ、ちょっと光ちゃん!


「失礼します 」


 ドアをノックする音がして、トレイを手にしたギルド兵士とシリウスが部屋に入ってきた。


「お茶を持ってきました。 気分が落ち着きますよ 」


 シリウス自らトレイからコップを手渡してくれる。 部下の兵士は裸を見たことを気にしているのか、私達に愛想笑いをしていた。


「先程は失礼しました。 大きな声がしたので、何も考えずにドアを開けてしまいまして 」


「いえ、粗末なものを見せちゃって…… ごめんなさい 」


「いえいえ、お二方とも真っ白で綺麗なお体です 」


 笑顔でサラっとキザな事を言うシリウスだが、容姿も相まってあまり違和感を感じない。 言葉遣いなんかも上品な感じがするけど、貴族出身なんだろうか。


「あの…… 御者の二人は? 」


「お知り合いの方は残念でした。 賊は始末しましたが、荷物はほとんど盗られてしまったようです 」


「そうですか。 あの…… 」


「どうされますか? 」


 どうするかというのは、遺体の行き先のことだ。 こちらでは王族や貴族以外に葬儀という風習がなく、あるのは関係の深かった人への報告だけ…… 遺体は亡くなったその地で処分されるのが一般的で、薄情なような気もするが遺体を引き取って別れを惜しむということはしないのだ。 現実世界では考えられないことが、こちらに遺族という概念がない以上こちらの流儀に合わせるしかない。


「…… あの…… お願いします 」


 私ではクラッセさんとバートンさんを処分することなんて出来ない。 ギルドであるシリウスに任せるしかなかった。


「わかりました、部下に命じておきましょう。 馬車の処分もこちらで手配しておきます。 あなた方は…… 」

 

「翔子は友達が目の前で亡くなって傷ついてるの! もう少し気を配ってもいいんじゃないの!? 」


 突然アリスがシリウスに食って掛かった。 怒鳴られたシリウスはなぜ怒鳴られたのか分からず驚いている。 バカ! なんでここでスイッチ入るのよ!


「処分なんて言わないで! お葬式をやって弔うのが当たり前じゃない! そんな業務的なもので人の死を…… もご! 」


 慌ててアリスの口を塞ぐが時すでに遅し…… トレイを持っていた部下は呆気に取られ、比較的笑顔だったシリウスも真顔になっていた。


「ショーコ、と言いましたね? あなた…… 」


 マズイ…… ギルドの拠点じゃ逃げ場なんてない……


「彼の恋人だったのですね 」


 …… え?


「愛する者を突然奪われた心中を察することが出来ず、形式ばったことしか言えずに申し訳ありませんでした。 そうですね、別れの時間は必要かもしれません 」


 凄い勘違い…… 貴族っぽく考えるとそうなるんだろうか。


「…… カッコいい…… 」


 ボソッと呟くアリスは顔を真っ赤にして目を潤ませてる。 アリス、光ちゃんが良かったんじゃなかったの?


「少し時間を下さい。 生き返らせることは出来ませんが、せめて顔だけでも綺麗にさせましょう 」


 シリウスがそう言うと、部下は一つ頷いて部屋から出ていく。 ドアが閉まったのを確認すると、シリウスはアリスにウインクして口の前に人差し指を持ってくる。


「あまりそういう話は外部ではされない方がいいですよ。 あなた方が光奴だと周りにバレてしまったら、私はギルドとしてあなた方を捕らえなくてはならなくなります 」


「!? 」


 やっぱりバレてた。 咄嗟にリュックに手を伸ばし、腰ベルトに差していた短剣の柄に手をまわす。


「警戒しないで下さい。 暴れると面倒なことになりますよ? 」


優しい笑顔をくれるシリウスだったが、その目は笑っているようには見えなかった。


「…… 王都に連れて行くんでしょ? 」


 ここで捕まってしまっては今までの事が全て無駄になってしまう。 王都に連れて行かれて何をされるか分からないが、聞いてきた話ではロクな事にはならないだろう。


「馬車を解放しておきましょう。 エルンストに知り合いがいるのならそこへ戻った方がいい 」


 逃がしてくれるの? ギルドなのに?


「…… どうして…… 」


 「私も光奴なんですよ。 正確には、光奴の母から生まれたハーフですが 」


「は、ハーフ!? 」


「翔子ちゃん、どういう事? 」


 やらかしてしまったといった表情のアリスが私の袖を引く。


「ごめん、後で説明するからちょっと黙ってて 」


 袖を引くアリスの手に自分の手を重ねて微笑んでみる。 神妙な顔で首を縦に振り、ビクビクしながらもアリスは素直に従ってくれた。


「驚く事はないと思います。 ファーランドの父と光奴の母が愛し合って私が生まれただけの話です。 不思議ではないでしょう? 」


「そうね、不思議ではないわ。 でもギルドに光奴がいるなんて思いもしなかった 」


「…… ショーコ、なぜかは分かりませんが、あなたは光奴でありながらこの世界にとても詳しいようですね。 少しお話を聞かせて貰ってもいいですか? 」


 コンコンとノックの音がして先程の部下が戻ってきた。 少し緊迫した空気に部下の顔も引き締まるが、シリウスは心配ないと手で制止する。


「恋人の準備が出来ました。 どうぞ 」


 シリウスはそう言うと部下を先導に部屋を出ていく。 捕まえる気はなさそう…… 警戒しないつもりはないが、今はクラッセさんとバートンさんにお別れをしなきゃ。


 「ゴメン翔子ちゃん、アタシまたやっちゃった…… 」


 「…… 大丈夫。 なんとかなるよ 」


 私はアリスの手を引き、シリウスに続いて部屋を出た。

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