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イシュタルの大地へ  作者: コーキ
3章 ファーランド王国の使者
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53話

 雨がは強くなる一方で、川辺での雨宿りは危険だと判断した私達はタンドールの町に移動し、民家の軒下で雨宿りをしていた。 移動したのが夜中ということもあり宿は空室がなく、やむを得ず軒先のある路地裏で光ちゃんを待つことにしたのだ。


「大丈夫かな……  」


 光ちゃんが無事戻ってくるか心配で一晩中眠れず、空も明るみ始めてまもなく夜明け。 少しウトウトしながらも、たまに雨に打たれながら通りに出て光ちゃんの姿を探す。 アリスはこんな状況でも軒下に置かれている井戸にもたれ掛かってスヤスヤと眠ってる…… 度胸があるんだか能天気なだけなのか。


「さすがに戻っては来れないか。 ここからレーンバードまで結構あるもんね 」


 タンドールからレーンバードまでは馬を使っても半日はかかる。 いくら光ちゃんといえど、様子見をして往復するとなると丸一日はかかってしまうのだろう。 翔子は軒下に戻り、小雨になった空を見上げる。


「ここ、きっとわからないよね…… 」


 タンドールとは言ったが、この町は3万人を越える大きな町。 鉱石を特産とするマウンベイラの5つの町を統治するタンドールは、ファーランド王国の中でも一番大きな町だということを忘れていた。


「書き置きしてくれば良かった 」


 雨が上がれば元の岩場に戻ろうとは思っていたが、空には未だに分厚そうな灰色の雲が一面に広がっている。 川辺は増水してそうだし、仮に書き置きしたとしても昨日の強い雨ではグシャグシャになっていただろう。


「スマホって便利だったんだなぁ 」


 イシュタルに来て、自分がどれだけスマホに頼っていたかを実感する。 連絡はすぐ取れるし、分からないことがあればグーグル先生が教えてくれるし、地図アプリで現在地も……


「なんて、考えても仕方ないか 」


 電話だって運営する会社がなければ機能しないし、インターネットだってWebサイトがあるわけでもなく、そもそも電気がこの世界には通っていない。


  ぐうぅ……


 色々考えいたらお腹が空いてきた。 こんな時にもちゃんとお腹が空くなんて、まだ井戸にもたれ掛かって寝ているアリスのことを言えたもんじゃない。 リュックの中を漁り、買っておいた一口大のパンをちぎって口に放り込む。


「あれ? 」


 そういえばアルベルト卿から預かった白い封書が見当たらない。 確かにこのリュックの中に入れた筈なのに……


「…… まさか 」


 多分光ちゃんの仕業だ。 パンを持たせるのに自分で選ばせた時に、パンと一緒に封書も持っていったに違いない!


「あのバカ! なんで1人で行こうとするのよ…… 」


 すぐにでも追いかけて行きたいところだが、私達の足では到底光ちゃんに追い付ける筈がない。 とにかくアリスを叩き起こして光ちゃんに連絡を取る方法を考えなきゃ。


「アリス、起きて 」


「んー…… あと5分…… 」


「なに呑気な事言ってるのよ! 」


 外に井戸があるってことは、ここは集合の水場なのだろう。 朝には水を汲みに付近の家から人が出てくる。 こんな袋小路で見つかって光奴とバレると逃げ場がなくなってしまう。


「起きてってば! ここに長居するわけにはいかないのよ 」


「んー…… 」


 目を擦って寝ぼけているアリスの手を引っ張り、明るくなってきた袋小路から出ると、馬車の前でもみ合っている男達が目に入った。


「あ…… あ…… 」


 馬車から引摺り下ろされたんだろうか。 倒れ込んでいる男が1人と、その男に馬乗りになって胸に短剣を突き立てている男。 その周りを数人の男達が取り囲み、倒れた男の下にはドス黒い血溜まりができていた。


「う…… キャー!! 」


 その光景を目の当たりにしたアリスの叫び声が、小雨の降る静まり返った住宅地に響き渡った。 男達はその叫び声に振り返り私達を見据えた。


「バカ! 叫んでどうするのよ! 」


 慌ててアリスの手を引いて走り出す。 後ろを振り向いている余裕はなく、バシャバシャと後ろから迫ってくる数人の足音から必死に逃げることしか出来なかった。 


「なにあれ! 人殺し!? 」


「喋らないで走って! 」


 アリスは私の手を振りほどくと、私を追い抜いて前を走っていく。 運動音痴かと思ってたけどこの子足速い!


「アリス、そこ右曲がって! 」


 十字路を右手に曲がれば、町の中心部方向に向かう筈。 人目のあるところなら奴等も派手な真似はしないだろうと考えた時だった。


「うあっ! 」


 不意にリュックを引っ張られ、体勢を崩して転んでしまった。 膝から水浸しの地面に転がったけど、痛いなんて言ってられない。 立ち上がって逃げなければと四つん這いになり、振り向くと同時にお腹を蹴りあげられた。


「かはっっ!! 」


 息が出来ずにうつ伏せに倒れ込んだところを、背中から押さえ付けられる。


「ちょこまかと逃げやがって! 」 


 あぁ…… 背中から短剣でブスッと刺されて私も殺されるんだ。 とりあえずアリスだけでも逃がせられたからいいかな…… 光ちゃんごめんね、私ここで死んじゃうみたい……


「…… あれ? 」


 ギュッと目を閉じてその瞬間を待ったが、背中に痛みを感じることはなかった。 それどころか私の横に男は崩れ去り、ふと目を開けると目を見開いたままこちらを向いて動かなくなっていた。


「え…… ひっ!? 」


 その男のこめかみには矢が突き刺さり、鼻や目から血を流してビクンビクンと痙攣していた。 間近で見る即死した人間の顔に身体中が硬直してしまう。


「翔子! 」


 逃げたと思ったアリスが戻ってきて抱き起こしてくれる。


「う、うん…… 」


 矢が飛んできたであろう方向を見ると、何人かのギルド兵士が通り過ぎて馬車の方に走り去っていった。 1人だけ弓を持った兵士だけが私の前で立ち止まる。


「大丈夫でしたか? 」


 金髪ロングヘアを頭の後ろでまとめ、色白のエルフみたいなギルド兵士が私の前に屈み込んで手を差しのべてくれる。 


「は、はい、ありがとう…… ございます 」


「間に合って良かった。 大声で叫んでいなかったら、気付かなかったかもしれません。 馬車の方は部下に向かわせているから安心して下さい 」


 紳士的な態度もなんか映画のワンシーンみたいでカッコいいかも…… いやいや照れてる場合じゃない! ギルド兵士には近付かない方がいいんだ。


「一体何があったんです? 」


「いや、あの…… 」


 ギルド兵士は私とアリスを見ながら事情を聞いてきた。 アリスが喋らないかとヒヤヒヤしながらも、そこで馬車の御者が襲われたみたいだと説明する。


「隊長、馬車はエルンストの運び屋の物のようです 」


 戻ってきたギルド兵士の一人が金髪ギルド兵士に報告をした。


「え? それって…… 」


 腰がくだけて力の入らない足を無理矢理動かして、馬車に向かって歩き出す。 アリスが何かを察してくれたのか、スッと肩を貸してくれてヨタヨタと歩くことができた。


「お知り合いですか? 」


 金髪ギルド兵士もさりげなく肩を貸してくれる。 嫌な予感がする…… そういえばなんとなく見たことのあるような馬車と馬だった。 最悪の事態を考えないようにしながら、私はもつれる足を懸命に前に進めた。

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