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イシュタルの大地へ  作者: コーキ
3章 ファーランド王国の使者
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52話

「雨の中ご苦労さんだったね 」


「いえ、吊り橋も復旧しましたので…… 勿体ないお言葉です 」


 頭を下げてひざまずこうとしたアーティアを、ミシェルは咄嗟に肩を掴んで阻止した。


「アルベルトに聞いたんだね? やめておくれ 」


「え…… ですが姫様! 」


「フローラはあの時に死んだんだよ。 私はミシェル、フォン・ガルーダの女将なんだから 」


 やんわりとしたミシェルの笑顔に、アーティアはどう接していいのか分からず困った顔をする。


「ショーコとヒカルは元気でやってるかい? 無事に、自分達の世界へ帰れる方法を見つけられたんだろうかねえ? 」


「ショウコ達にはローレシア公国に向かってもらってます 」


「アルベルトはまた大胆な計画を立てたもんだねぇ…… 」


 腰に手を当て、ミシェルはアリアが淹れたお茶を一口すすって大きくため息をつく。


「封書の内容を私は存じませんが、アルベルト様はこの国を変える決心をされたようです 」


「そうさね、ワタシに国王になれと言ってきたよ 」


 ミシェルの手にはアルベルトからの封書が握られていた。


「貴族同士の争いを懸念してるんだろうねぇ 」


「…… どういうことでしょう? 」


「簡単なことだよ。 一貴族のアルベルトが打倒バルドルを唱えれば、他の貴族が反逆者だと声を上げて争いになる。 そこでファーランド家の血を継ぐワタシを表に立たせて、手を出させなくするつもりなのさ。 第二王女のワタシが生きていたと国民が知れば、国民はワタシが国王になることを望むだろう? それだけお父様…… ルーカス国王は支持されていたからねぇ 」


「もちろんです。 ルーカス国王は素晴らしいお方でしたから 」


「だけどバルドルにとっては、ワタシは邪魔な存在。 あらぬ噂をたててまでもワタシを殺しに来るだろう。 その対抗勢力をローレシアに求めた、ということじゃないかい? 」


 ミシェルはアルベルトの封書をアーティアに向けてテーブルに置いた。 


「拝見します 」


 アーティアは封書を手に取り、中の書面に目を通す。 書面には簡単な挨拶と、シエスタに身を移して欲しいという内容に加えて、フローラとして国民の光になって欲しいという言葉が綴られていた。


「…… 相変わらず文書には不器用な方です…… 」


 ハハハと気持ち良く笑うミシェルに、アーティアもつられてクスクスと笑った。


「彼は根っからの剣士だから仕方ないさ。 下手くそなりに一生懸命書いたのだろう? 気持ちは伝わったよ 」


「それではシエスタにおいでになられ…… 」


「少し時間をくれないかい? ワタシには可愛い子供達がいるんもんでね、ワタシの一存では決められないのさ 」


 そう言うとミシェルは倉庫の出入口に目を向けた。


「ほら、そんなところで盗み聞きしてないで入っておいで 」


 出入口から罰が悪そうに入ってきたのはアリアとエミリアだった。


「ごめんなさい、盗み聞きするつもりはなかったんだけど…… 」


「いいんだよ、おいでアリア 」


 アリアはスカートをつまんで広げ、膝を折ってアーティアに挨拶する。 エミリアの手を引き、恐る恐るミシェルの前に立った。


「アリア、お前はこの町が好きかい? 」


「…… よくわかんない。 王都とかタンドールよりは好きだけど 」


「じゃあトゥーランはどうだい? 」


「トゥーランは好き! 」


 『そうかい』とミシェルは微笑んでアリアの頭を撫でてエミリアを見る。


「…… 私はミシェルについていく。 どこに行ったってみんながいるならいいから 」


「戻って来ることは出来ないよ? 」


「らしくないんじゃないの? いつもみたいに『なんとかなるよ!』って胸を張ればいいじゃない 」


 ニコッとするエミリアにミシェルはフフッと微笑んだ。


「でもまさかミシェルがファーランドの王族様だったなんてね。 懐が深くて凄いなぁってずっと思ってたけど、なんか今更ながら納得したわ 」


「そうでもないよ。 王族なんて器の小さい者ばかり…… ルーカス国王と一部の者を除いて、他は皆自分の立場を守りたいだけだったよ。 そんなファーランド家がまた国を背負うような事をしていいのか…… 」


 苦笑いするミシェルに、アーティアとエミリアは顔を見合わせる。


「バートン達が戻って来るまでちょっと難しい話をしようかね。 アリア、お茶を淹れてくれるかい? 」




 ファーランド家が王位に就いたのは今から120年前の事。 イシュタル大陸は元はローレシア王国(・・)が大陸全土を統治していて、国王ザローパ・エル・ローレシアが瓢箪のくびれ部分に王城を構えていた。 ローレシア王城から北側の大地を富民層、南側を貧民層として王城を中心に分け隔て、北の富民層の為に南の貧民層が働くという国家だった。


 富民達はお互いの裕福さを自慢しあい、自らの財力を高める為に貧民達を虐げるようになった。 それは国王ザローパをも巻き込み、貧民達のその日の食糧さえも奪うような圧政に変わっていく。 それを食い止めようと立ち上がったのがハンス・フォン・ファーランドという一貴族だった。


「ワタシのひいお祖父様でね、それはそれはいい男だったらしいんだよ 」


 うっとりするミシェルとは反対にアーティアとエミリアはげんなりし、アリアはなんだか分からないといった表情をミシェルに向ける。


「あの…… 初代ファーランド国王はイケメンだったと…… 」


「全然難しくない…… 」


「まぁお聞き。 ハンス・フォン・ファーランドは有志を募ってローレシア王城へと攻め込んだのさ。 城を乗っ取り、北の大地と南の大地を行き来出来ないようにローレシア王城を大陸から切り離した。 それがファーランド王国の始まりなのさ 」


「それがどうしてファーランド家がダメだって話になるの? 」


「そうです。 貧民達を救って新しい国を創った…… ファーランド家は救世主の筈です 」


「なぜファーランドが討たれたのか考えたことはあるかい? 」


 ミシェルの問いに二人は押し黙ってしまった。 ミシェルはお茶をすすってため息をひとつ。


「そう…… 三世代続いたファーランドもまた、ローレシアと同じことをしていたんだよ 」


 アーティアとエミリアは揃って目を見開いた。 


「いや、そんなことはないでしょ! ファーランド国王は国民に嫌われてもいなかったし、圧政なんてしてなかった! 」


「それは資源が豊富なこの南の大地に助けられていたからさ。 何も貧困だけが圧政じゃないんだよ 」


「まさか…… 光の民…… 」


 呆然とするアーティアにミシェルは優しく微笑む。 もう一口お茶をすすって再び大きくため息をついた。


「勘がいいね、その通りだよ 」


「え? それってどういう事? 」


「…… 貴族達の間で、所有している光の民達の優劣を競うような祭りがファーランド王城で行われていたんです。 ルーカス国王もその1人…… 表向きは保護という名目でしたが、そういう事だったのかと 」


 愕然とするアーティアにエミリアも言葉を失った。 迷える光の民を保護していたというのは偽善で、力の誇示の為に光の民は王城に集められていたのだった。


「火の無い所に煙は立たぬ、ということだよ。 ミナミが突然自分の世界へ戻ると言い出したのもそれが原因だったんじゃないのかねぇ…… 」


 ミシェルは窓から雨模様の空を見る。 帰りの遅れているバートンとクラッセを案じてなのか眉をひそめ、アーティアとエミリアはその横顔をじっと見つめることしかできないでいた。

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