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イシュタルの大地へ  作者: コーキ
3章 ファーランド王国の使者
52/159

51話

「こんな時に雨かよ…… 」


 レーンバードに入った光は、上着のフードを深く被って村の中を歩く。 ファーランドには傘の風習はなく、動物の革をなめして作った重たいカッパが雨具になる。 光も周りに見習って傘の代用を探さず、フードだけを被ってやり過ごしていた。


 光は一通り村を探索し、城壁がよく見える家の軒下に落ち着く。 村から城壁までは少し距離が離れていて、村と城壁の間を行き来する人はいない。 不用意にこれ以上城壁に近づくと、ギルド兵に不振に思われる可能性がありそうだ。


「…… 人が多いな 」


 夜になったというのに、城壁の周りにはギルド兵が絶えず歩き回っている。 城門のような入口には大きな鉄格子が下ろされ、その中では松明を持った兵士が規則的に巡回していた。


「正面突破は無理か…… 」


 光はその場を離れ、城壁の左側に回り込む。 村と城壁の間は整地されただだっ広い土の平地。 身を隠せる木や岩が何もなく、見付からずに城壁に近づくのは不可能に近い。 城壁の上の壁垣には点々と明かりが灯り、やはり松明を持った兵士が巡回をしていた。


「…… 行ってみるか 」


 この雨が逆に好都合だと判断した光は、雨の中へ飛び出した。 やや強い雨足は土の平地を黒く染め、雨雲は月の光を遮って闇夜を作り出す。 出来るだけ姿勢を低くし、地を這うように平地を駆け抜け、見事城壁の下まで辿り着いた。 光は城壁に張り付き、息を整えながら上を見上げる。 そそり立つ壁はほぼ垂直で、城壁の頂上まではおおよそ20メートルほど。 光ならなんとかジャンプで届きそうな高さだが、ここからでは上の様子がよく見えない。 様子を窺おうと上を見ながら城壁から少し離れた時、鉄格子の門の方から話し声が聞こえた。


「ヤベ…… 」


 光に近づいてくる松明の明かりが一つ。 


 「…… ったく! こんな巡回意味ねぇってんだよ 」


 ついさっきまで光が立っていた場所を、1人のギルド兵が愚痴を言いながら通過していった。


「…… ふぅ 」


 光は咄嗟にジャンプし、城壁の中間辺りに片手でぶら下がっていた。 ロッククライミングのように城壁のちょっとした出っ張りに指を引っ掛け、じっと堪えてギルド兵をやり過ごす。 再び上を見て、明かりのない場所を選んで登り始めた。


「もうちょい…… 」


 雨で濡れた城壁に足や手を滑らせながらも光は城壁の上まで登り、ゆっくりと壁垣から顔を出して様子を窺った時だった。


「あ…… 」


「あー…… あ 」


 大口を開けて大きなパンにかじりつこうとしていたギルド兵の1人とバッタリ目が合った。 隠し持っていたパンを任務中にこっそり食べようとしていたギルド兵は、あり得ない場所から顔を出した光を前に固まっていた。


「ど…… どうも 」


「わー!! 」


 ギルド兵は両手を上げて驚き、叫び声をあげた。 光は同時に壁垣に飛び出し、一気に反対側へと飛び降りる。 ギルド兵が放り投げたパンを空中でキャッチし、口に咥えてローレシア側の城壁に向かって走り出した。


「し、侵入者だー! 」


 その叫び声に城壁の上のギルド兵達が騒ぎ始めるが、光の姿は既に城壁から見えない程まで離れていた。 ファーランド側の城壁の壁垣は松明の数が徐々に増えて列を作っている。


「何事だ! 」


 城壁の警備を取り仕切っていたギルド兵長が壁垣に顔を出した。


「な、何者かがここから飛び出てきてそっちへ! 」


 兵士はあたふたと身振り手振りで説明するが、兵士長は白けた目で兵士を睨め付けて城壁の下を覗き込む。


「バカを言うな。 梯子もロープもないのに、どうやってこの壁を登るのだ? 」


「本当なんですよ! ニョキっと出てきてパアッと飛んでピューッと落ちていって! 」


「誰にそんな芸当が出来るのだ? 大騒ぎしおって! 」


 城壁の反対側も覗き込んだ兵士長はフンと鼻を鳴らす。


「この高さから落ちたのなら下で死んでるだろ。 朝になったら確認しとけ! 」


 そう言って兵士長は壁垣を降りていった。


「良かったな、見張り中にパン喰ってたのがバレなくて 」


 仲間の兵士にケラケラと笑われる兵士は、ポカンと口を開けたままローレシア側の城壁を見ていた。


  

「やべーな、戻れないぞこれは 」


 光はローレシア側の城壁まで一気に突っ走る。 大きなくぼみのような岩肌の大地は走りづらく、中央は雨によって池のような水溜まりが出来ていた。


「悪いな翔子。 やっぱこういう所にお前を連れて来たくはないんだよ…… っと! 」


 近づいてくるローレシア側の城壁はファーランド側より高く、壁には入口らしきものは見当たらない。 光は城壁に張り付き、見張りがいない事を確認すると、城壁から少し離れて登れそうな所を探す。


「この壁…… 反り返ってるのか? 」


 ローレシア側の城壁は上に行くに従ってこちらに覆い被さるように傾いていた。 人の手で造られたようなものではなく、自然の断崖絶壁をそのまま利用した防御壁のようだった。 壁面には足場になりそうな凹凸はあるが、雨で岩肌が濡れて滑り易い上に、こちらに向かって角度がついているのでは登るに登れない。


「うーん…… 」


 上を見上げ、雨に打たれながら光はややしばらく考える。 持ち物は翔子が渡した小さなリュックと10メートル弱のロープ。 それと護身用にと、レベッカに持たされた短剣だけ。 リュックの中身は、自分で突っ込んだパンと翔子がタンドールで買ったタオルや革の水筒だった。


「上手くいくかな…… 」


 光は革の水筒にロープを結び、鎖分銅のように振り回した。


 「何かに引っかかればラッキー…… だ! 」


 ロープを振り回したまま光は力いっぱいジャンプした。 やはり城壁の上までは届かず、光はそこから振り回していたロープを上に向かって放り投げる。 ロープは何かにうまく引っかかり、光の体はそれによって空中で止まった。


「ふぅ…… なんかサスケをやってる気分になってきた 」


 ロープを手繰ってよじ登った光は、恐る恐る壁垣に手をかけて顔を覗かせる。


「…… なんだこれ…… 」


 城壁だと思っていた崖の上は、草が生い茂る平坦な地面だった。 光が投げたロープは落下防止の鉄製の柵に巻き付いていた。 闇夜で辺りがよく分からないが、松明の明かりや人の気配は全くない。


「…… ふ…… ぇっくしょん! 」


 豪快にくしゃみを光は慌てて口を押さえるが、くしゃみをした後に押さえても意味がない。 周りを注意深く見渡すが、やはり人の気配はなかった。 それでも急いでロープを回収して、柵沿いにその場をそそくさと離れる。


「雨降ったのが良かったのか悪かったのか…… ンックション! 」


 光は足を踏み外さないよう柵に手をかけながら、月明かりのない暗闇を雨宿りが出来そうな場所を探して歩いた。

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