46話
「ここを跳ぶのか? 」
昼過ぎに目覚めた光ちゃんにこれからの予定を話し、私達は外円道の真上の崖まで足を運んでいた。 外円道の幅は一番狭い所でも約20メートル。 地面から崖の上までが約10メートル。 アルベルト卿の情報を聞き間違ってしまった。
「俺1人なら跳べそうだけど…… いやキツいか 」
光ちゃんはウーンと唸っている。 下を覗き見ると、検問所らしき建物がすぐ側にあり、そこの通過待ちの馬車が何十台も列を作っていた。 一度外円道に降りてジャンプすれば越えられると光ちゃんは言うが、出来ればここで騒ぎを起こさずに突破したい。 ちょっと危険だけど……
「光ちゃん、私をオモリ代りに使ってよ 」
「…… は? 」
「私をロープに繋いで、ハンマー投げみたいにして向こうに飛ばしてよ。 光ちゃんの力なら向こうに飛ばせるでしょ? 」
「出来るけど、お前の着地はどうするんだよ? コケたら擦り傷どころじゃ済まないぞ? 」
「あぅ…… ん、 そこはきっと光ちゃんが上手く受け止めてくれるかなぁ…… なんて 」
エヘヘと光ちゃんに苦笑いしてみる。 唖然としていた光ちゃんだったが、ため息をひとつついて私に微笑んだ。
「まったく…… 膝擦りむいて泣いても知らねーぞ? 」
光ちゃんは肩からロープを降ろしてリュックごと私の腰にロープの一端を結び始めた。 無謀すぎる作戦だけど、光ちゃんなら上手くやってくれる気がする。
「んじゃ行くぞー! 」
え? もう?
「ちょっと待って! まだ心の準備が…… ふぁ!? 」
不意に体が後ろに引っ張られた。 グルグルと景色が回り、足が地面を離れてロープがお腹に食い込む。
「キャ…… んんん!! 」
もの凄い遠心力! お腹に食い込むロープも痛いが、それよりも世界がグルグル回ってどこに飛んでいくのか分からない恐怖に叫びそうになる。 大声で叫ぶと下の人達に気付かれてしまう…… 両手で口を塞ぎ、ギュッと目を閉じて全てを光ちゃんに任せた。
「んくっ!! 」
お腹に食い込んでいたロープから力が抜けた。 ほどけてしまったのかとびっくりして目を開けると、私は外円道の遥か上空を飛んでいた。 ゴルフボール大に見えていた馬車が米粒くらいに見える…… かなり上空まで飛んだんだなぁ。 一気に外円道を飛び越えて、向こう側の崖の上の地面が真下に見えてきた。 後は落ちるだけ…… でも不思議と怖くはなかった。 だって外円道を跨ぐように飛び越えて、追い付いてくる光ちゃんが見えたから。
「んっだあぁ! 間に合ったぁ!! 」
目一杯腕を伸ばし、空中で私をがっちり受け止めてくれる光ちゃんに私もがっちり抱きつく。
「ナイスキャッチ! 凄いよ光ちゃん! 」
「ハハ…… もうちょい下を狙ったんだけどな、思いの外上に飛んで行って焦った 」
え…… 予想外?
「…… 着地は? 」
「知らね。 なんとかなるだろ? 」
うそ!? 下を見ると、岩肌剥き出しの地面の先に鬱蒼と繁った森が口を開けていた。
「んんん!! 」
キャー! っと叫ばなかった私を誉めてやりたい。 岩肌の地面への衝突は免れたものの、ハンマー投げのように飛んできた私のスピードに落下のスピードが乗り、光ちゃんですらそのスピードを殺すことが出来ずに森へ突っ込む。 根に足を取られて転び、ゴロゴロと転がりながら草の茂みに突っ込み、木に激突しそうになるのをなんとかかわして、水溜まりに突っ込んでやっと止まった。
「…… 死ぬかと思った…… 」
「俺もだ。 怪我してないか? 」
光ちゃんが庇ってくれてたおかげでどこも痛い所はない。 強いて言うならロープが食い込んだお腹くらいだ。
「膝擦りむいたから泣いてやる。 いきなり飛ばすなんて酷いじゃない 」
「ジェットコースターよりスリルあっただろ? 」
ニカっと光ちゃんは笑った。 違う…… 前から楽観的ではあったけど、危ない事をしてこんな風に楽しそうに笑うような人じゃない。
「…… どうしちゃったの? ちゃんと話してよ 」
笑えない…… 私を庇って下になっている光ちゃんを見つめる。 光ちゃんは笑うのを止めてゆっくりと目を閉じた。
「最近ヤバいんだ…… 普通に過ごしててもなんかモヤモヤしててさ、今みたいにスリルあることがしたくなる。 クタクタになるまで走ったり、思いっきり跳んだり…… 力を極力抑えてると、めっちゃ物足りないんだよ 」
「…… ローランの時からって言ってたよね? 」
「アイツを思いっきり吹っ飛ばした時は正直スカッとした。 アルベルト卿の兵士と戦闘訓練をしてた時も楽しくてさ、つい力が入って1人を殺しそうになった 」
「え…… 」
「盾で防いでくれなかったら、多分あの兵士は死んでた。 気が高ぶっちゃってさ、抑えがきかないんだ…… 」
この世界に対する不安、言葉が理解出来ない苛立ち…… ≪イシュタルの空≫を知らない分、きっと私の何倍も不安だったんだろう。 加えて全力を出せない行き場のないストレスが、光ちゃんをずっと追い詰めてたんだ……
「だから暴走したら、置いて逃げろって? 」
「お前を傷つけたくないんだ。 人を殺すとこなんか見せたくな…… 」
「バカ言わないで! どんなことがあっても、アンタを置いて逃げるなんてあり得ないから! 」
思わず怒鳴ってしまった。 光ちゃんは目を丸くして固まってしまっていた。
「アンタが私を助けてくれるように、私がアンタを助けるの! 男だから女を守らなきゃならないなんて思ってるんじゃないでしょうね? そんなの男の勝手な妄想だしなんもカッコよくない! 」
「お前…… 」
「ツラいなら愚痴言ってよ! やりたいこととか嫌なこととか、こんなに側にいるんだから頼ってよ! うぅ…… 」
悔しくて泣けてきた。 自分の事ばかり見てて、光ちゃんの変化に何一つ気付けなかった自分に腹が立ってきて、ボロボロ涙が溢れてくる。
「…… 悪かった。 だから泣くなよ 」
光ちゃんは私の頭に腕を回し、そのまま私を引き寄せてギュッと抱きしめた。
「泣いてないもん 」
「ボロボロじゃんかよ 」
耳元で囁く光ちゃんの声がくすぐったい。 よく考えたら、誰もいない森の中で抱き合う二人…… これはちょっと恥ずかしい。 けど、これで光ちゃんの気が安らぐのならアリかな……
「ん? 」
なんかお尻に硬いものが当たる。 光ちゃんに馬乗りになってる私のお尻の下ってことは……
「大事な話をしてるのに何考えてるのよ、バカ 」
「仕方ねーだろ、お前いい匂いするんだから 」
「…… 変態、エッチ、スケベ 」
「ハハ…… 酷いディスりようだな 」
お尻に当たるものは気になるけど、無理に光ちゃんを引き離さず身を任せた。 にしても私の匂いって…… 恥ずかしい。 まぁ光ちゃんもお年頃だし、男だし…… 興味ない方がおかしいよね。
「ありがとな翔子、モヤモヤがスッキリした。 さ、とっととレーンバードに行ってローレシアの公主様に会いに行こうぜ 」
調子のいい…… でも私の知ってる光ちゃんの雰囲気に戻って良かった。
「その前にどこかで水浴びしないと。 アンタ泥だらけじゃない 」
私は無事だったが、光ちゃんは背中から水溜まりに突っ込んで体半分ドロドロになっていた。 川か湖を探して服と体を洗わないと、仮にもアルベルト卿の使者なのだから相手方に失礼なことは出来ない。 私はポケットから地図を取り出して水源の場所を確認する。
「よかった、この先に湖が一つある。 ちょっと遠回りになるけど、ここ寄っていこう 」
光ちゃんにも地図を見せて、私達はクレーターの外にあるらしいタノーラという湖を目指して歩き始めた。




