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イシュタルの大地へ  作者: コーキ
3章 ファーランド王国の使者
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45話

 トゥーランの町を抜けてすぐに森の中に入り、光ちゃんの背中に乗って獣道をひたすらマウンベイラに向けて進む。


「光ちゃん、ちょっとペース抑えて 」


 足場が悪く、木の根が露出している森の中を疾走する光ちゃんは少し焦っているように見える…… というのも、夜に備えて町に帰ってくる人々が多い中、私達だけ町の外に向かうのはちょっと目立ちすぎた。


 『こんな時間から外に出て大丈夫かい?』と親切なおじさんに声をかけられ、すれ違ったギルド兵には『何処へ行くのか』と呼び止められた。 ヤバいと感じた私達は振り切るように町を飛び出し、追っ手を恐れて出来るだけ早くトゥーランを離れたのだ。  


「時間の見通しが立たない。 夜明け前にはその検問所くらいまで行っておかないと、後がキツくなるだろ? 」


「そうだけど…… 」


 私はポケットから手書きの地図を取り出しておおよその距離を計る。 出来るだけアルベルト卿に見せてもらった地図を真似て書いたが、ある程度の誤差は仕方がない。 目見当でおよそ50キロ…… このペースなら余裕で行けると思うが、自動車のようにずっと走れる訳ではなく、山間部を抜ける事を考えると光ちゃんの気持ちも分からなくはない。 けど……


「焦って怪我したらそれこそキツくなるよ? 」


 私にはその方が心配だった。 光ちゃんの背中に乗っている…… いや、乗らせて貰っているだけの私は、高速移動は光ちゃんに頼るしかない。 怪我でもしたら行程が…… それ以前に光ちゃんに怪我をして欲しくない。


「じゃあペース配分はお前に任せる。 頼むぜ軍師さん! 」


「ぐ…… 軍師って…… 戦いに行く訳じゃないよ? 」


「分かってるよ…… 翔子、頼みがあるんだ 」


 光ちゃんの声のトーンがちょっと下がった。


「うん、何? 」


「もし俺が暴走したら…… その時は迷わず逃げてくれ 」


 …… は?


「そんなことできるわけないじゃん。 暴走したらってどういうこと? 」


「ローランを蹴っ飛ばした時から思ってたことなんだ。 俺…… 歯止めが効かなくなるかもしれないから 」


 何を言ってるのか分からない! 言葉少なに語る光ちゃんの顔がここからじゃ見えない。


「ちょっと止まってよ光ちゃん! ちゃんと目を見て話そうよ! 」


「そんなに堅苦しく考えるなよ。 もしもの話だから 」


 余計よくわかんないよ! ポカッと光ちゃんの頭を叩いて襟首を掴む。


「バカなこと言ってないで足元見て走れ! 後でちゃんと聞かせてもらうからね! 」


 光ちゃんとは保育園の頃からの幼なじみ…… 昔から明るくて楽観的で、気付けば私の側にいてくれた。 暴走したら…… そんな弱気なこと言わないことくらい私にだってわかる。 きっと光ちゃん、気持ちに余裕がないんだ。 どうにも出来ないかもしれないけど、面と向かって話はしなきゃ。


 気が付けば周りを覆う木の高さが低くなり、所々岩肌の地面が目立つようになってきた。 闇夜を照らしていた大きな月はその姿を山に隠そうとしていた。 もう少しで夜明け…… 休憩を挟みながら走り続けていた光ちゃんも、さすがにペースが落ちて疲れを隠せない。


「あ…… 」


 まだまだ先だが、森の奥の方が拓けているように見えた。 きっとあそこから先が崖のようになっていて、そこの下を外円道が走っているのだと予想がついた。


「光ちゃん、外円道が見えたよ! 」


「お、おう…… 」


 光ちゃんはゆっくりペースを落として立ち止まり、私を背中から下ろして大の字に寝転ぶ。 肩で息をし、ちょっと苦しそう…… 私はリュックから革の水筒を出して光ちゃんに手渡す。


「お疲れ様、ホントに夜明け前に外円道まで来れちゃったね。 凄いよ光ちゃん 」


「悪りぃ翔子、ホントに外円道かどうか見てきてくれねぇか? 」


「うん、ゆっくり休んでて。 ちょっと見てくる 」


 もう一歩も動けないといった様子の光ちゃんの横にリュックを置き、残り50メートルほどの登り坂を駆け上がる。 


「うわぁ…… 凄い眺め…… 」


 登りきった先には、月面のようなクレーターが広がっていた。 私達がいるのはその盛り上がった丘の上になり、マウンベイラ側からこちらに登ってくるのは不可能と思うくらいの急斜面になっていた。 外円道は私から見て少し左で、盆地の中央に向かって真っ直ぐ延びている。 その盆地の中央に広がっている町がアベルコ卿が統治するタンドールだ。


「これは知らなかったな…… 」


 ミナミは王都経由で移動していた為、外円道を通ることはあまりなかった。 マウンベイラから王都に、あるいは王都からマウンベイラに向かうには長いトンネルを抜けたと小説にあったが、それは山越えを回避するトンネルではなくクレーターの壁に開けられた通路だったというわけだ。 


「あの先がレーンバードか…… 」


 地図と照らし合わせ、そのタンドールから放射状に伸びる道の一つがクレーターの外に続くトンネルに繋がっているらしい。 そのトンネルを抜けた先に、ローレシア公国とファーランド王国を隔てる国境の村レーンバードがある。 まだ暗くてよく見えないが、日が登ればここからでもレーンバードが見えるかもしれない。


「うーん…… 」


 そのトンネルは、私達のいる場所とはタンドールを挟んでちょうど反対側。 タンドールを突っ切って進むのが最短ルートになるが、アルベルト卿の情報ではタンドールは今ギルドの支配下にある。 強行突破するにはリスクが高いし、光ちゃんにも無理はさせたくない。


「飛び越えられるかな…… 」


 少し戻る形になるが、クレーターの崖に沿って歩けば外円道の真上に行き着く。  外円道はクレーターの一部を切り崩して作られていて、そこに検問所があるらしい。 アルベルト卿の話では外円道の幅は10メートルくらい…… あれ?クレーターの高さが10メートルだっけ? どちらにせよ光ちゃんなら一気に跳べると思うし、危険も少ない筈。 ひとまず光ちゃんの元に戻る。


「光ちゃ…… 」


 大の字になってピクリとも動かない光ちゃんはそのまま眠っていた。 ゴツゴツした硬い地面なのに、大口を開けて眠ってる。


「ホント、どこでも寝れちゃうんだから…… 」


 私を背負って50キロを走ったんだもん、そりゃ疲れたよね。 私は光ちゃんの頭を膝に乗せ、タオルを湿らせて光ちゃんの汚れた顔を拭く。


「ありがとう、光ちゃん。 無理ばっかりさせてゴメンね…… 」


 普段照れくさくて言いづらい言葉を、寝顔に言うのは卑怯かな…… 顔を拭き終わった後、光ちゃんのゴワゴワになった髪を手櫛でとかし頭を撫でる。


「ちょっと痩せた? のかな 」


 じっと光ちゃんの顔を見ていると、なんとなく頬が痩けているように見えた。 元々こんな感じだったような気もするし、膝枕している角度によるせいなのかもしれないけど。 もしかしたらこちらのご飯が、私達には合わないのかもしれないし……


「これが終わったら必ず帰ろうね、光ちゃん 」 


 私は明るくなってきた空を見上げる。 イシュタルと日本…… ひょっとしたらこの空のどこかで繋がっているのかもしれない。 現実的ではないし、科学的に証明されることはないだろうけど、そう考えると少し気が楽になったような気がした。

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