44話
「これでよし 」
翔子は昨日兵士達に薪を灰にしてもらったものに水を混ぜ、よくかき混ぜてバケツ2杯分を作った。 雨のあたらない小屋の隅に起き、明日の朝に上澄みだけを取り分けておいて貰うよう兵士にお願いした。 かまどで焼いた貝殻は粉末にしておくようコックに伝え、すり潰したオリーバの果汁は分離した油分を取り分けて瓶詰めにしてもらった。
「よく石鹸の作り方なんて知ってたな 」
「趣味で手作り石鹸をちょっとね。 古代の石鹸はこうだったとか、作り方とか色々調べたことがあるだけ。 うまく出来るかは分からないわよ 」
「石鹸の誕生! なんて伝説になったりして 」
「ならないわよ。 海がないからゼリーみたいなカリウム石鹸しか作れないし、泡立ちだってあまり良くないと思う。 それでもこっちの世界で使ってるあの液体よりはマシなんじゃないかと思って…… ね 」
翔子は手を洗い、光の手を取って屋敷に戻る。
「ショウコ、言われた物を用意したが…… ホントにこれだけで良いのか? 」
アルベルトが屋敷に戻ってきた翔子に、大きめのリュックを一つを不安な表情で手渡す。
「はい、食糧が少しあればなんとかなっちゃいますから 」
「食糧と言ったって2日分しかないではないか。 レーンバードまでは馬を使ったって5日はかかるのだぞ? 」
「山道だけど、光ちゃんなら3日あればきっと着けます。 それに荷物が大きくなれば邪魔になりますし…… 足りなければ現地で調達します 」
翔子が頼んでおいたのは、腹持ちのいいパンと干し肉、それと長い一本のロープとタオル2本だった。
「決して無理はするな。 無理だと判断したら迷わず戻って来るのだぞ 」
「はい 」
正面玄関からではなく、裏口から抜け出すように翔子と光は出発した。 レベッカは見送りに出ることはなく、二階の窓から遠くなっていく二人を見つめる。
「顔くらい見せれば良かったのに 」
窓に両手をついて、二人が見えなくなるまで見つめ続けるレベッカに、アーティアが後ろから声を掛ける。 レベッカは振り向いてアーティアに微笑む。
「見送りに出れば、無理にでもついて行きたくなってしまいますから 」
「頑固な貴女ならそうすると思っていたけれど 」
「ショウコ様は私に、待つことが重要な役目と仰いました。 主の帰りを待つ想いが力になると…… 私の怪我を気遣ってそう仰られたのだと思いますが、私はその言葉を信じます 」
「ショウコの笑顔って、何故か信じてみたくなってしまうのよね 」
「…… 疑ってらっしゃったのですか? 」
アーティアは真顔になるレベッカに苦笑いした。
「最初はね。 どんなスキル持ちなのかと警戒していたけれど、あの子の笑顔を見たらそんなこと吹き飛んでしまったわ 」
アーティアはレベッカと並んで、二人が向かったアベルコ領のマウンベイラ方向を見つめる。
「多分アルベルト様も、ショウコの笑顔に心を決めたんじゃないかしら…… 悔しいわ 」
「…… 悔しいという顔ではありませんよ、アーティア様 」
レベッカに言われ、アーティアはフフッと笑う。 清々しい笑顔のアーティアは、ファイルを胸に抱えてレベッカの寝室を出ていった。
「お呼びですか? 」
メイドからアルベルト様が呼んでいると連絡を受けたアーティアは、アルベルトの執務室に顔を出した。
「これをフォン・ガルーダに届けてくれ 」
アルベルトは1通の白い封筒をアーティアの目の前に差し出した。 宛名等はなく封だけはしっかりされた封筒を見て、アーティアはこれが機密文書である事を予感する。
「…… ショウコ達の報告を待たなくても宜しいんですか? 」
アーティアは文書の内容に見当をつけてアルベルトに尋ねる。 アルベルトは翔子から受け取った鉛筆を眺め、そしてアーティアの目を見て頷いた。
「彼女達ならきっとやってくれるさ。 いざという時に万全の体制を整えておきたい 」
「かしこまりました 」
スッと部屋を出ていくアーティアを見届け、アルベルトは壁に掛けてあった一本の剣を手に取る。 鞘には綺麗な装飾が入り、柄には宝石が嵌められた実戦向きではない剣。 それはかつてアルベルトがミナミに贈ろうと作らせたものだった。
「ミナミ、君がショウコとヒカルを私の元へ送ってくれたのだろうな…… 」
夕焼けを浴びてキラキラと輝くその剣を見つめ、アルベルトはギュッと鞘を握りしめるのだった。




