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イシュタルの大地へ  作者: コーキ
2章 フォン・ガルーダの光奴
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39話

 大広間に通された翔子は、起きてきたアーティアに捻挫の手当てをしてもらっていた。 その横には翔子の肩に手を乗せて、治療をじっと見ている光がいる。


「こんなになるまで我慢してたなんて、なんておバカさんなのかしら 」


「その…… 人目についちゃいけないと思って…… 」


 アーティアは翔子の顔を見てクスッと笑う。


「いや、笑っちゃいけないわね…… ごめんなさい。 あなた達のおかげで大事にならずに済んだのだから 」


「その通りだ。 君達が私を敵扱いしてくれなければ、今頃光の民や私共は王都に連行されていただろう。 礼を言う 」


 アルベルトが頭を下げると、翔子は両手を突き出してプルプルと首を振った。


「いえ! 私達が騒ぎを大きくしたようなものですから…… 逆に迷惑かけてごめんなさい 」


 翔子もまた頭を下げる。 


「あの…… レベッカさんは…… 」


「無事よ。 少し落ち着いたので昨日リエッタからここに搬送して、今は静かに眠ってるわ。 しばらくは動けないでしょうけど 」


「そうですか、良かった…… 」


 翔子が光にレベッカが無事だった事を伝えると、光も満面の笑みを浮かべる。 それを見たアーティアはクスリと笑った。


「あなた達みたいな光の民は初めてだわ。 自分達も危ない思いをしてるのに、他人ばかりを気遣うなんて 」


 苦笑いする翔子に、会話の内容が分からない光は翔子の肩を突っつく。

 

「翔子、手紙を渡さないと。 その為に来たんだろ? 」


 翔子は光から布袋を受け取ると、中から封筒を取り出して両手で丁寧にアルベルトに差し出した。


「ミシェルさんから預かってきました。 貴方に渡しなさいって 」


 アルベルトは無言で封筒を受け取り、その場で手紙を読み始めた。 一通り読み終えてため息を1つ。


「ショウコ、ミシェルは…… いや、フローラは君達を元の世界へ還す為に、私にこの国の王になれと言っている 」


「フローラ…… え? 」


 翔子の顔色が変わった。 フローラという名前に聞き覚えがあったのだ。 アルベルトは翔子の様子を悟って1つ頷く。


「やはり君は知っているのだな。 ミシェルの本当の名はフローラ・フォン・ファーランド。 亡き国王ルーカス・フォン・ファーランドの第二王女だ 」


「え!? 」


「あぅ! 痛い痛い! 」


 王女と聞いて驚いたのはアーティアだった。 包帯を巻いていた手に力が入り、翔子の足をギュッと握る。


「あ! ごめんなさい 」


「驚くのも無理はないな。 7年前、ファーランド国王が殺された時、ただ一人助ける事が出来たのがフローラだ。 名を変え、セリウスという崖の上の村に私が匿った 」


「あ…… 」


 翔子達が崖を登って見つけた放牧場がセリウスだった。 あのボロボロの小屋にミシェルは、数か月間身を隠していたのだとアルベルトは言う。 


「あの…… ミシェルさんがフローラだというのもびっくりなんですけど、それと貴方が王になることと何か関係があ…… 」


  ぐうぅ……


 タイミング良く翔子の腹の虫が盛大に鳴く。 呆気に取られるアーティアと光に翔子は顔を真っ赤にし、アルベルトは豪快に笑い始めた。


「いやすまない。 ろくに食べられなかったのだろう? すぐに食事を用意させよう 」


「…… すいません 」


「君とはゆっくり話がしたいと思っていた。 付き合ってもらえるだろうか? 」


「またギルドに疑われませんか? 」


「いくら疑われようと、私の屋敷に手出しはさせんよ。 ここで屋敷をギルドの好きにさせたら、私は部下達に袋叩きにされてしまう 」


 そう言ってアルベルトはアーティアを見て苦笑いした。 アーティアはニコッと微笑んでアルベルトに答える。


「そんな野蛮な事はしませんよ? せいぜい簀巻きにして庭の木に一週間吊るしておくくらいです 」





 治療が終わって食卓についた翔子達の前には、深夜だというのに様々な料理が次々と用意された。 アルベルトは大事な客人に失礼のないようにと執事に軽く言ったのだが、執事は深夜にも拘わらず招き入れた重要な客人と考えてコック達を叩き起こしたのだ。


「んっまっ! 」


 味はもちろん、量も多く作られる料理を、光と翔子は次々に平らげていく。 二人で8人前くらいは食べただろうか…… 気持ちのいい食べっぷりに、アルベルトもアーティアも目を丸くして驚いていた。


「ごちそうさまでした…… もう無理 」


「俺もはちきれそうだ…… 」


 まん丸に膨らんだ腹を押さえて二人は満足そうに椅子にもたれる。


「…… 君達はこの5日間、何を食べてきたんだ? 」


「ほとんど木の実や水だけでした。 あ、光ちゃんが捕まえたトカゲの丸焼きもあったっけ 」


「ハッハッハ、逞しいな二人とも 」


「ミナミのおかげなんです。 小説に大方の事が書いてありましたから 」


 アルベルトはワイングラスを片手に目を細める。 懐かしむというよりは寂しげな目に翔子は気付いた。


「ミナミと会ったことがあるんですね、アルベルト様は 」


「あぁ、すばらしい女性(ひと)だった 」


 その言葉にアーティアは席を立って部屋を出ていく。 光はきょとんとしていたが、翔子はアーティアが席を立った理由にすぐにピンときていた。


「聞いてもいいですか? ミナミとのご関係 」


「なんのことはない、私が一方的に憧れた女性だよ。 手痛くフラれてしまったがね 」


 ≪イシュタルの空≫にも、アルベルトがミナミの事を最後まで見守っていたと綴られていた。 物語の終盤、ミナミは恋心を寄せるアルベルトの気持ちに気付いていたが、彼に未練が残らないよう別れを告げたのだった。  


「ごめんなさい…… 」


 苦笑いするアルベルトに翔子は気まずくなって頭を下げる。

  

「いや、謝るような事ではないのだがな。 ミナミも私を想ってキツい言葉で私を遠ざけた…… そう思っているのだ 」


「私もそうだと思います。 だって…… 」


「いや、その先は聞かないでおこう。 さて、本題に入ろうか 」


 気持ちを切り替えたアルベルトはキリッとした領主の顔になった。 翔子もそれにつられて背筋を伸ばす。


「確かに私は君達が元の世界へ戻れるであろう方法を知っている。 だが…… 」


 そこでアルベルトの言葉が止まる。 浮かない顔のアルベルトに、翔子は嫌な予感を抱きつつもその先の言葉をじっと待つのだった。

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