35話
光からリエッタという言葉を聞き、アルベルトは二人の護衛兵士とアーティアと共に屋敷を飛び出した。 だが、正面玄関には騒ぎを聞き付けたギルドの人間が群がり、アルベルトの進路を塞ぐ。
「ギルドが我が屋敷に何用だ? ネブール 」
シエスタを取り締まるギルドの団長ネブールはアルベルトの前に立ち、そのひょろ長い顔で薄笑いを浮かべた。
「光奴が現れたとエトの町から通報がありましてね。 貴殿の屋敷も朝から大騒ぎだったとか 」
「…… 私の部下は暴れ者ばかりだからな、痴話喧嘩でもしていたのだろう 」
アルベルトとネブールは睨み合う。 アルベルトの目力に気圧されたのか、ネブール薄笑いを止めてフッと目線を反らした。
「どちらにお出掛けで? 」
「単なる散歩だ。 ついでに領民の様子でも見てこようかと思ってな 」
「…… お手伝いしましょうか? 」
「いや結構。 我が領地のことでギルドの手を煩わせることもあるまい 」
アルベルトは話を切り上げ、ギルド兵を押し退けるように馬を走らせる。
「フン、何を隠しているのか知らんが…… おい、後をつけろ 」
遠ざかっていくアルベルト達を見据え、ネブールは部下に指示を出した。
アルベルトを先頭にアーティアが続き、その後ろを護衛兵が続く。 その護衛の片方のペースが遅れてどんどん引き離される。
「こら、走れって! うわっ! 」
護衛兵の格好をした光がポンポンと馬の腹を蹴って走れと促すが、言うことの聞かない馬は光を振り落として走り去ってしまった。 仕方なく光は自分で走ってアルベルトの後を追う。
「なっ! 」
外円道を通行する誰もが声を上げて驚き、その間を縫うように光はすり抜けていく。
「ヤバいか!? 」
光はあっという間にアルベルトに追い付き、前に出て外円道の先を指差した。
「先にリエッタに行ってるから! 」
そう言うと光は脇の森へと消えていった。 呆気に取られるアルベルトとアーティアと護衛兵。
「なんだありゃ…… 無茶苦茶な脚力だ 」
「…… 馬に追い付ける人なんて初めて見ました…… 」
「私もだ。 だがなぜわざわざ走りにくい森の中になど…… 」
アルベルトは周りを見てハッと気付き、馬上で笑い出した。 何がなんだか分からないといったアーティアと護衛兵に、アルベルトは振り向いて笑顔で馬の手綱を引く。
「急ごう。 彼は彼なりに、我らの事も考えてくれているようだ。 遅れを取ってはなるまい 」
光がわざわざ走りにくい森へ入っていった理由。 それは自分が人目に付きにくくする事と、一領主が光奴と結託していたと噂されないようにする為のものだった。
「はっ! 」
二人の返事にアルベルトは手綱を叩き、馬がバテてしまわない限界までスピードを上げる。 彼等は光と競うようにリエッタを目指した。
ベッドにうつ伏せになって苦しそうに呻き声をあげているレベッカの手を握り、翔子はレベッカの額の汗を拭う。 泣いてはならないと歯を食いしばって堪えていた翔子だが、目尻にはくっきりと涙の乾いた白い痕が残っていた。
「大丈夫じゃよ、剣士の体は鍛えられておるからの。 これからが山場じゃが、この子は領主が認めるほどの剣士じゃ。 きっと乗り越えてくれることじゃろ 」
「え? おじ…… バラムさんはレベッカさんを知ってるんですか? 」
「こんなに小さな頃から知っとるよ 」
レベッカの治療にあたったバラムは、豆粒を摘まむように指先を合わせて翔子に見せる。
「フフ…… それじゃ卵より小さいですよ 」
「フォッホホ! そうじゃの! 盛りすぎたわい 」
顔を見合せて笑う二人の横から、家の主のマルベスが口を挟んできた。
「そろそろ何があったのか説明してくんねえか? 領主付きのレギン公の御令嬢が、こんな大怪我してるのはただ事じゃねぇ。 それにお前さんのその服、フォン・ガルーダのものだろう? 」
腕を組み、椅子にもたれ掛かって睨むマルベスに少しビビりながらも、翔子は口を開いた。
「…… 仲間だと思ってた人に襲われたんです。 私を助ける為にレベッカさんは吹き飛ばされてしまって…… 」
「フォン・ガルーダと言えばミシェルの店じゃの? 」
「あそこは身寄りのない連中を引き取って…… って、まぁそれはとりあえず置いといてだ。 なんでお前さんは襲われなければならんかったんだ? 」
「…… 光奴、なんです。 私達 」
翔子はしばらくの沈黙の後に光奴だと打ち明けた。 目をギュッと閉じて俯く翔子にマルベスが静かにため息をついた。
「こんなに流暢に会話するのに、光奴って言われてもなぁ…… この娘、光奴に見えるか? バラムじいさん 」
「フム…… もしかしてお嬢さんは、この前この辺でアルベルトが探しておった者かの? 」
翔子の肩がビクッと跳ねた。 肩をすぼめ、体を丸めて強張らせる翔子にマルベスとバラムは顔を見合わせる。
「まさか外円道の吊り橋を落としたのもお前さんの仕業か? 」
マルベスの低い声に翔子は益々体を丸める。 ここで捕まってギルドに引き渡されても、レベッカが助かるなら構わない…… そう考えて怯えていた翔子に、二人の大きな笑い声が降りかかった。
「…… え? 」
「やるねぇ! あの吊り橋はミナミって奴も落としやがったんだよ。 修理するのにミナミがベソかきながらやってたのを思い出すぜぇ 」
「フォッホホ! そう言えばアル坊も一緒になって泣いとったかの! 」
予想外の二人の反応に、翔子はポカンと口を開けて二人を見る。
「いやすまんすまん、光奴だからって怯えることはねぇよ。 この村の奥には領主様が匿っている光の民が何人も住んでるからな 」
「…… へ? 」
二人の会話に、翔子は口を半開きにして唖然とするしかなかったのだった。




