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イシュタルの大地へ  作者: コーキ
2章 フォン・ガルーダの光奴
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34話

 緩やかに右にカーブする外円道に沿って進めばトゥーランまで一本道と聞いた光は、人通りのなくなった暗い外円道を、光は月の明かりを浴びながらひたすら走る。 光が走り抜けた後には突風が起きて道端の草木を揺らした。


「うぉ! なんだ! 人間!? 」


 前方に松明を持って歩いていたギルド兵の集団を一気に追い抜き、光は更に加速する。


「現れたぞ! 追ぇー…… 」


 ギルド兵達が息巻いて駆け足になるが、みるみるうちに小さくなっていく光に呆気に取られて立ち止まった。


「なんちゅうスピードだよ 」


「馬より速ぇじゃねーか…… 」


 現実離れしすぎてひきつりながら笑うギルド兵達の後ろから、ワンワンという吠え声が近づいてくる。


「んげ!? あの野郎野犬の群れを連れて来やがった! 」


「応戦しろ! 」


「やっぱり光奴は最悪じゃねーか! 」


 そんなことを口々にしながら、兵士達は飛びかかってくる野犬に向かっていく。 光は勿論そんな状況になっている事など知る筈もなかった。


 


「翔子…… 一本道じゃないぞ…… 」


 光の目の前には二股に分かれる道。 どちらも同じ様な道幅に、どちらも似たような馬車の車輪の跡。


「環状線って言うんだから右だろ! 」


 迷った挙げ句、光は右に曲がる道を選択する。 実はこの光が選んだ道は、トゥーランの手前にあるエトという村に続く道だった。 もちろんエトから西へ向かえば、トゥーランへ通じているが多少遠回りになる。 そんなこととは知らず、光はトゥーランをバイパスする道を迷わず爆走していった。




「…… ここ、トゥーランだよな…… 」


 大きな時計塔がある屋敷が目印だと聞いていた光は、村の外から目を凝らして時計塔を探す。 夜明けが近づいていて徐々に空が明るくなってきているとはいえ、暗い中ではよく分からず光はエトの村に足を踏み入れた。 


「時計塔…… なんてないよな 」


 村の広場まで入ってきた光は、やっと違う村に来てしまったのだと気付く。 慌てて戻ろうとしたが、歩いてきた方向が分からなくなってしまっていた。


「…… ヤベぇ、時間がないのに 」


 周囲を見渡す。 この広場から見える大きな通りは3つ…… そのどれかはきっとトゥーランに続いていると光は考え、空を見上げた。 


  ドン!


 光は空高くジャンプした。 力の使い方にも慣れて空中でも姿勢は安定している。


「あれか! 」


 森の朝焼けをバックに、ピョコっと伸びた黒い影。その影の下には森をくり抜いたように広がる町があった。 光は方角を見据えながら綺麗に着地する。


「うわっ! 光奴じゃぁ!! 」


 どこから見ていたのか、老婆が光を見て奇声をあげた。


「やべっ! 忘れてた! 」


 光奴という単語に光は慌ててその場を逃げ出す。 朝早いこともあって通りに人影はなく、光は難なくエトの村を出ていった。


「マズイな…… 日が登り始めた…… 」


 明るくなってくると人々が活動し始める。 それだけアルベルトに直接会うことも難しくなり、場合によっては兵士を相手にしなければならなくなる。


「翔子と約束したんだ、行くっきゃねーだろ! 」


 光は走りながら叫んで気合いを入れた。





「うん? なんだか外が騒がしいようだが…… 」


 時計塔の側にある西洋風の大きな屋敷のリビングで朝食を摂っていたアルベルトが、外から聞こえる喧騒に眉をひそめた。


「何でしょう? 侵入者でしょうか…… 」


 アルベルトの後ろで、メイドと一緒に立っていた秘書のアーティアが窓の外を見に行った時だった。 壊れそうになるほど勢い良くドアが開いて兵士が転がり込んできた。


「大変ですアルベルト様! スキル持ちの光奴が…… 」


「慌てるな馬鹿者! 落ち着いて話せ 」


 アルベルトは兵士を一喝して側に駆け寄る。


「も、申し訳ありません。 屋敷の敷地内にスキル持ちの光奴が侵入してきて、アルベルト様のお名前を…… 」


「スキル持ちだと!? それは…… 」


「あっ!! 」


 アルベルトが兵士に聞くより速く、アーティアが叫んで窓から離れた。


  ガシャーン!


 テラスに続く大きな窓を突き破って光が転びながら飛び込んできた。 その後から武器を構えた兵士がなだれ込んでくる。


「っ痛ぅ…… って、見つけた! 」


 態勢を立て直した光がアルベルトに近寄ろうとすると、兵士達が二人の間に割って入る。 光はそのまま壁際まで追い詰められていった。


「助けてくれ! レベッカさんが危ないんだ! 」


 光はアルベルトに向かって叫ぶが、アルベルトはおろか兵士達にもその言葉は通じない。 


「こんなことをしてる場合じゃないんだ! レベッカさんが死んじまう!! 」


 光は武器を突き付けられ、取り囲まれて押し倒されてしまった。 光の力なら余裕ではね退けられる筈だが、光は大人しくそれを受け入れてなお叫び続けた。


「アルベルト様、お部屋に退避を 」


 アーティアが短剣を構えてアルベルトを庇うように前に出るが、アルベルトはじっと光の様子を見てその場から動かなかった。


「聞いてくれアルベルト! リエッタっていう村でレベッカさんが瀕死なんだ! 助けてくれ! お願いだ!! 」


「黙れ光奴が! 何を言ってるのかわかんねぇんだよ! 」


 兵士の一人が剣の束で光の顔を殴りつけた。 


「止めよ! 」


 空気が震えるほどの大声を張り上げるアルベルトに、その場の全員が押し黙って固まった。 アルベルトはアーティアを押し退け、兵士達を掻き分けて取り押さえられている光に近付いた。


「アルベルト様! 」


 光から引き離そうとするアーティアをアルベルトはキッと睨み付け、その手を振り解く。


「お願いだアルベルト! レベッカさんを…… 医者をリエッタに向かわせてくれ! 」


「…… その必死な様子、レベッカが危ないのだな? 」


「アルベルト様! その者の言葉が分かるのですか!? 」


 目を見開いて驚くアーティアに、兵士達も一斉にアルベルトを見た。


「いや分からぬ。 だが彼はレベッカを助けろ…… そう言っているような気がするのだ 」


「確かにレベッカの名前を連呼してましたが…… 」


「彼は以前、我々を恐れて逃げた者だ。 それなのに捕まる危険を冒してまで、なぜこの屋敷に飛び込んできたと思う? 」


「ですが…… 」


「彼は豪腕のスキル持ちだ。 暴れれば押さえ込んでいる兵達を吹き飛ばすことなど容易いだろう。 なのにそれもせず必死に何かを訴えている…… 私に助けてくれと言っているようにしか思えないのだ 」


 アルベルトはそう言うと、光を押さえつけていた兵士達に手を離すよう命じる。 兵士達は恐る恐る光から離れ、アルベルトを守るように周りを固めた。


「…… ありがとう(・・・・・) 」


 片言のファーランドの言葉で光がお礼を言うと、兵士達から『オォ……』と驚きの声が上がる。 光はアルベルトを見つめ、自分の腕に注射を射つ真似をしたり、痛がって見せたり、両手を合わせたりしてレベッカの命が危ない事をジェスチャーで懸命に伝えた。


「アルベルト様、ひょっとしてこの者は医者を呼んでくれと…… 」


 しばらく光を観察していたアーティアがアルベルトに耳打ちをする。


「お前もそう思うのだな? 」


 アルベルトはアーティアと顔を見合せて微笑み、兵士達に向かって命じた。


「この者はレベッカの危機を知らせてくれている! 俊足の馬を用意せよ! 」


 アルベルトの一声に、兵士達は戸惑いながらも即座に行動を始めるのだった。

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