31話
無理にひざまづいて傷口を開いてしまったレベッカさんをベッドに寝かせ、ミシェルさんの処置を見守る。 部屋にはエミリアさんとアリアちゃんも集まり、光ちゃんとローランさんは部屋の外で壁に寄りかかっていた。 大勢に見られながら話すのは苦手だが、出来るだけ整理しながら≪イシュタルの空≫という小説が現実世界にあることを説明した。
「申し訳ありませんでした。 私の早とちりで騒いでしまって…… 」
「ううん、私が違うとハッキリ言わなかったから。 ごめんなさい 」
「それにしても、ミナミが自伝を書いていたとは驚きだねぇ。 ショーコがこの世界に詳しい訳がやっと分かったよ 」
そう言えばエミリアさんとアリアちゃん以外には話してなかったっけ。
「ミナミが見たままの事を書いていたのなら、この世界は随分と変わってしまったろう? 」
「そうですね…… エミリアさんから聞きました 」
ミシェルさんもレベッカさんもミナミの事を知っている…… ≪イシュタルの空≫には登場していないが、この二人はもしかしたらミナミと交流があったのかもしれない。
「あの…… ミナミと会った事あるんですか? 」
「一度だけお会いしたことがあります。 兵士としてではなく、私もまだ小さい時でしたが 」
「…… いつ頃ですか? 」
「7年前です。 当時は私も泣き虫で、お父様の陰に隠れて泣いていたのを優しく慰めてくれました 」
レベッカさんはうつ伏せのまま目を閉じて微笑む。 ミナミを懐かしむその顔は少し悲しげに見えた。
「7年も経つんですか? 私があの小説を買ったのは2年前…… 」
「ミナミ様がこの世界を去ったのはそのすぐ後でしたから、その本を書き上げるのに時間がかかったのかもしれませんね 」
「レベッカさんはミナミがどうやって現実世界に帰ったのか見てたんですか!? 」
小説では、ファーランド王の前で再び眩い光に包まれたと締めくくられていただけで、方法までは書かれていなかった。 ここでその方法が分かればと胸を膨らませたが、レベッカさんは『申し訳ありません』と目を閉じてしまう。
「…… やっぱり帰りたいかい? 」
ミシェルさんの寂しそうな声が私の背中にかかった。
「…… 」
正直迷っていた。 シエスタで追い回され、水も食糧もまともに口に出来なかった時は心底帰りたいと思ったが、ミシェルさん達に会ってからは居心地がいい。 私1人なら帰らないと答えたかもしれない……
「やっぱり私達のいるべき世界じゃないですから 」
ミシェルさんに当たり障りなく答える。
「…… 懐かしいセリフだねぇ 」
「え? 」
ボソッと呟いたミシェルさんは、私と光ちゃんをギュッと抱きしめた。 いつものいやらしい抱きしめ方ではなく、愛しい人の感触を体に刻み込むような……
「よくお聞き、ショーコ、ヒカル。 アルベルトの所に行きなさい。 彼ならミナミの足取りを知っているから 」
え……
「トゥーランに戻ってアルベルトに話し、王都を目指しなさい。 彼ならきっと力になってくれるよ 」
言い聞かせるように話すミシェルさんの声はとても優しく、そして寂しそうだった。 私はミシェルさんの大きな背中にそっと腕を回した。
「ありがとう、ミシェルさん 」
次の朝、ミシェルさんはアルベルト卿宛に書いた封書を私に渡してきた。
「これをアルベルトに持ってお行き。 これを見せれば、彼も嫌とは言わないだろうさ 」
何が書いてあるんだろう…… いや、それよりもミシェルさんに伝えることがある。
「あの…… もう少しここにいていいですか? まだ鉛筆が完成してないし 」
昨日の夜光ちゃんと相談して、匿ってくれた恩返しをしてからトゥーランに行こうということになった。 恩返しといっても何も出来ない私達は、せめて未完成の鉛筆を作り終わってからと決めたのだ。
「あぁそうだったね。 ワタシもエンピツは楽しみにしてるんだよ 」
「頑張ります 」
いつもと変わらない笑顔をくれるミシェルさんに私も笑顔で答えた。
「ショーコ、ちょっといいかな? 」
倉庫の出入り口からローランさんが顔を出す。 ちょっと困った顔で手招きをしている…… 珍しいな。
「はい、お手伝いですか? 」
「いや、鍛冶屋に預けたエンピツの芯のことなんだけど…… 」
ちょっと言いにくそうにしているってことはあまり良くない知らせなんだ……
「温度が高すぎたみたいで全部燃え尽きてしまったみたいなんだ。 任せてくれと言ったのにごめん…… 」
「ううん、ローランさんが悪い訳じゃないですから。 謝らないで下さい 」
頭を下げるローランさんの肩を持って無理矢理起こさせる。 鉛筆も原料から作るとなると簡単じゃないってことだ、失敗したのならまた挑戦すればいい。
「それでなんだけど、鉛筆作りは僕に任せてくれないかな? 完成品は僕も知ってるから 」
そっか、ローランさんも光奴だったっけ。 名誉挽回、ってことなのかな……
「じゃあお手伝い出来ることがあったら…… 」
「いや、君達は出発してくれて大丈夫だよ。 今ならキール卿の警戒態勢も落ち着いてるし、チャンスだと思うんだ 」
確かに街角に立つ兵士や彷徨くギルドの姿は見なくなった。 ミシェルさん達の事を考えるのなら、私達は早めにここを離れた方がいいのだろう。 でもなんだろう…… なんとなくローランさんに違和感を覚える。
「…… 分かりました、お任せします 」
店に戻り、この事をミシェルさんに伝えると『そうかい』と苦笑いをしていた。 一番納得のいかない顔をしていたのは光ちゃんだ。 要約して話の内容を伝えると、おかしいなと首を捻る。
「まぁ失敗しちゃったのは仕方ないよ。 上手く出来るなんて都合のいいことばっかじゃないもん 」
「…… そうだけどさ 」
それでも怪訝な顔をする光ちゃんを引っ張って、私はフォン・ガルーダのみんなにお別れの挨拶を済ませることにした。




